第53話 意思確認

 本日は生徒会の役員会議。


 アレンが書類を見ながら生徒会メンバーに投げかけた。


「今年は生徒会でも何かやって欲しいと生徒達からの要望がある」


 思い出した。乙女ゲームでは生徒会は執事喫茶をしていた。だからきっとそうなるのだろうと傍観していた。


 ステファンが挙手をして発言する。


「劇はどうですか?」


「良いですね!」


「今年は殿下方がいるので絶対人入りますよ」


 その他の生徒会メンバーも次々に賛同していく。ほら、あっさり決まった。って、あれ?


「劇? 執事喫茶じゃなくて?」


「なんだそれは?」


 思わず呟いた俺の発言にアレンが反応して、聞き返してきた。


「いえ、なんでも……」


 別にゲームと違ったってもうどうでも良い。俺のせいで破滅へと向かっていると言うのに、呑気に文化祭を楽しんでいる場合ではない。


 そんなことを考えているとは微塵も知らないステファンが嬉しそうな顔で言った。


「クライヴ、劇やりたかったんだろう? クラスでは出来なかったが生徒会でやろう」


「そうだったな。とても残念そうにしていたもんな」


 クリステルまで気遣ってくる始末。


 何故だろう。無性に泣きたくなってきた。この何気ないひと時がなくなるなんて耐えられない。


「そんなにやりたかったのか。じゃあクライヴが主役で決定だな」


「は?」


 感傷に浸っているところをアレンにぶち破られた。


 俺は劇がやりたいんじゃなくてお化け屋敷をしたくなかっただけだ。誰が好き好んでこんなハイスペックイケメン集団を差し置いて主役を務めるやつがいる。


「俺は別に……」


「遠慮するな。演目は何が良い? そうだ『ロミーとジュリエッタ』はどうだ。もちろんロミーの方をやらせてやろう。いや、お前は何気に可愛いところがあるからな、ジュリエッタにしよう」


 断ろうとしても、アレンのマシンガントークが有無を言わせない。これが、ステファンとクリステルであれば全く悪気のない良心から来る発言な気がする。


 だが、発言しているのはアレンだ。絶対に面白がっているだけに違いない。周りの生徒会メンバーも、うんうんと微笑ましい顔で頷いており、あれよあれよと決まっていく。


 結局俺はジュリエッタ、クリステルがロミー役に決まった。皆さんお察しの通り、この演目は『ロミオとジュリエット』内容もそのまんまだ。


「良かったな」


 ステファンが隣で爽やかな笑顔を見せた。悪気がないのが一番タチが悪い。文句の一つも言えなくなってしまう。


 だが、やると決まった以上は全力で役になりきろう。こう見えて俺は真面目だから。


◇◇◇◇


 帰りの馬車に乗るなり、フィオナが聞いてきた。


「お義兄様、ジュリエッタをなさるのは本当ですの?」


「うん、観にこなくて良いから」


 好きな相手にそんな恥ずかしい姿は見られたくない。そう思って言ったら、フィオナが悲しそうな顔をして言った。


「何故です? わたくしの事が嫌いになったのですか?」


「大好きに決まってるだろ。でも、男が女装なんて、そんな格好悪いところを好きな女の子に見られたくない」


「まぁ、お義兄様ったら」


 フィオナが頬を染めている。可愛いなと思っているとフィオナが言った。


「お義兄様、それでもわたくしは観に行きますわよ」


「え? なんで……」


「だって、お義兄様が女性の格好をするなんて一生に一度かもしれませんわ。そんな稀少なお姿をわたくしは、この目にしかと焼きつけようと思っております」


 いやいやいや、かろうじて体型や顔の作りはゴリゴリの正に男って感じではないため、見れなくはないと思う。だが、そんなキラキラした目で言われるような姿では絶対にない。


「じゃあ、後ろの方でこっそりと見てくれ」


「いいえ、一番前の真ん中を取りますわ!」


「そ、そうか……」


 フィオナの張り切り様に、返す言葉も無くなってきた。


 そんなことより、フィオナに確認しておきたいことがあった。


「フィオナ」


「はい、どうなさいました?」


 俺が真剣な面持ちでフィオナを呼ぶと、フィオナも背筋を正した。


「万が一、この平和な日常を壊す奴がいたら俺はそいつをぶっ飛ばしたい。その時に、フィオナの力が必要だって言ったらどうする?」


「もちろん、お義兄様と一緒に戦いますわ」


 フィオナは怪訝な顔を見せるが、深くは聞いてこない。その代わり、勘の良いフィオナは俺にこう聞き返す。


「お義兄様との幸せな時間を壊す人は誰であれ、容赦は致しません。わたくしは何をすればよろしいのですか?」


「俺と一緒に魔力強化して欲しい。この冬は重点的に。ただ、この戦いは酷く恐ろしい物になると思う。怪我だけじゃすまないかもしれない。嫌と言うなら断ってくれて構わない」


 そう、魔族と人間の戦争にフィオナは必須。学年末ということは、残り五ヶ月あるかないかだ。一日でも早く力を強化していかないと間に合わない。


 だが、本人の意思を無視するわけにもいかない。フィオナがどう返事をするかなんて、今まで共に生きてきたのだから容易に想像はつく。


 それでもほんの少しだけ、フィオナに戦わない選択肢を選んで欲しいと思っている自分がいる。


 フィオナの顔をじっと見ていると、ゆっくり口が開かれた。


「分かりました」


 フィオナの言葉はどこか意志のこもった力強い物に感じられた。


 俺はとうとうフィオナを戦争に巻き込んでしまった。辛い立ち回りをさせるようになるかもしれない。でも、もう後戻りはできない。


「一緒に頑張ろう」

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