第52話 裏設定

 資材室に閉じ込められた俺とエリクは外が暗くなる頃にフィオナとステファンによって助けられた。


 いつもなら俺がフィオナを迎えに行って一緒に帰るのだが、中々迎えに来ないので二年生の教室まで来てくれたらしい。ステファンとフィオナが合流し、探し回ってくれたおかげで無事に脱出できた。


 でもまさかエリクが俺と同じ転生者だったとは。しかも乙女ゲームをやり込んでいたらしい――。


『やはりな。お前転生者だろ? お前のせいで人類滅亡まっしぐらだ』


『は?』


 人類滅亡? 俺のせい? 頭の中が“?”でいっぱいだ。


『正確にはアリスとお前のせいやな』


『あれ、関西弁?』


『前世は関西人やねん』


 関西弁になったことでエリクの雰囲気がガラリと変わった。これが女子ならギャップ萌えで惚れているところだ。


 エリクは長くなるからと、椅子に座るよう促してきた。


『初めはフィオナが転生者やと思っとってん。乙女ゲームとは婚約者がちゃうし、雰囲気も全然ちゃうやろ。何より義兄のお前と仲が良い。


 まぁ、僕はお前と違うて正真正銘のモブや。乙女ゲームなんてどうでも良い思うてな、傍観してたんや。


 アリスが誰かを攻略対象に選べばハッピーやろうが、バッドやろうがエンディングはどうでもええ。


 だが、どうや。アリスは誰も攻略せんとお前に夢中やないか』


『でも、今はクリステルとエンドを……』


『あれはエンドを迎えたんちゃうで。敵に捕まっただけや』


 血の気が引いていく気がした。


『え、じゃあ悪魔の協力者って……クリステル?』


『近からず遠からずってとこやな。正確にはその協力者によって洗脳、いやマインドコントロールされとる状態や。


 “アリスの聖女の力は害悪だ、抑え込め”みたいな感じにな。


 おそらく、今頃アリスにも催眠をかけとんちゃうかな。


 せやから、本人達は悪魔の味方についとる自覚もないし、それが悪いことやとは微塵も思っとらん。そうするのが当たり前やから』


 でも、何故? 


 クリステルを攻略すれば普通にハッピーエンドのはずだ。そんなややこしい設定は聞いていない。


 エリクは俺の考えはお見通しのようだ。再び話し出す。


『あの乙女ゲームには裏設定があるんや。誰も攻略対象に選ばず、曖昧な返事で誤魔化しとったら裏ルートに入るって言うな。


 正規のルートで攻略すれば、攻略対象との愛によって聖女の力は無限大に。悪魔は侵略を諦める。クリステルも聖女の力にあてられ、マインドコントロールは解ける。


 仮にバッドになったとしてもな、アリスは修道院送りになる程度。一人で逞しく生きようと決めたアリスは聖女の力を極め、悪魔は侵略を諦めるって設定や』


『なるほど、奥が深いんだな』


『感心しとる場合やないで。裏ルートではフィオナがヒロインや』


 え……。


『攻略対象と協力し、悪魔の侵略を防げれば晴れてハッピーエンド。反対に負ければデッドエンド』


『人類滅亡……』


『せや。しかもこれが中々に難しい。何度も途中でセーブしてそこからやり直してを繰り返して僕もようやくクリアしてん』


 セーブが出来ない現実世界では到底勝てる相手ではないということか。


 エリクが呆れた顔をこちらに向け、溜め息混じりに言った。


『せやから、お前とアリスが余計なことをしてくれたおかげでこの世は終わりや』


『ごめん……』


『でもな、一つだけ嬉しい知らせがあんで』


 期待を込めてエリクの次の発言を待つ。


『幸いなことにな、フィオナはアレンを既に攻略しとる。アレンとのコンビが一番強いんや』


 え!? それってまたしてもピンチじゃ……。


『何や問題でもあるんか?』


 ——エリクに本当のことを言おうとした所で、フィオナとステファンが来た。その為、エリクには俺とフィオナの関係を言えず終いになっている。


「どうしよ……」


「また考え事ですか、ご主人様」


 俺が頭を抱えているとフィンが声をかけてきた。


「ご主人様は悩みが絶えませんね」


「もし、自分のせいで人類が滅亡するかもってなったらどうする?」


 フィンは悩む素振りもなく応えた。


「ご主人様が生きていればそれで良いです。他は気にしません」


「聞いた俺が悪かった」


 確かに、フィオナを連れて逃げるという手段もある。だが、分かっていて両親や友人、その他大勢の人を見捨てる訳にもいかない。


 とりあえずまた明日、エリクと話をしてみよう。


◇◇◇◇


 そして翌日、案の定、俺はエリクに叱られた。


「はぁ……どないすんねん。どん詰まりやないか」


「ごめん」


 俺はひたすらエリクに謝るしか出来なかった。


「年度末辺りに侵略されるはずや、それまでに作戦考えよか」


「ありがとう。でもどうしてそんなに乙女ゲームに詳しいんだ? あれって女子がやるもんだろ?」


 エリクが固まった。どうしたのだろうか? 見た目は男だけど、中身は実は女の子ってオチかな。


「実はな……スフィアが好きやねん」


「は?」


「せやから、スフィアが可愛すぎて……小さいんやで、ごっつ小さいんやけどな、後ろの方にちょいちょい出てくるんや! それを見るためにやっとったら、いつの間にか乙女ゲーム全制覇してもうてたわ」


 はははと笑うエリクだが、顔が耳まで真っ赤になっている。可愛いところもあるんだなと微笑ましく見ていたら、噂のスフィアがきた。


「あら、クライヴ様どうしてこんなところに?」


「ああ、文化祭の準備をな」


 ここは昨日閉じ込められた資材室。二人きりで話すには丁度良い。何しているのか聞かれてもすぐに言い訳が出来るから。


「私もですわ。あら、そちらはオーティス様ではありませんか」


「スフィア知っているのか?」


「もちろんですわ。よく贈り物を頂くんです。いつも可愛らしいものをありがとうございます」


 スフィアが淑女スマイルをエリクに向けると、エリクは悩殺されたようだ。隣で悶えている。


 スフィアが目当ての物を見つけると、笑顔で挨拶をして出て行った。


「エリクも、ちゃっかりこの世界楽しんでたんだな」


「ええやろ別に。僕はスフィアの為に絶対ハッピーエンドに導いたる」


 眼鏡をクイッとあげる仕草がいつもより二割り増し格好よく見えた気がした。

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