第49話 催眠
※アリス視点です※
私、アリスは現在王城に招かれている。
「ご苦労であった。来てもらって悪いね、アリス」
「いえ、賭けはクリステル様の勝ちですので」
そう、体育祭での私をかけての勝負は、クライヴの途中棄権でクリステルが勝利した。なので、今日から私はクリステルの側室候補になった。
でも、スフィアと別れるって言っていなかった? 側室ってどういうこと? これじゃ、ただの愛人ではないか。
待遇に不満を感じているとクリステルが勘違いしたのか、私に聞いてきた。
「そんなにあいつが好きか?」
「はい。正直、そう簡単には忘れられません」
契約は絶対だ。クライヴの事は諦めるしかないが、そう簡単に心の整理はつかない。それほど惹かれていたのだと改めて実感した。
だが、納得いかないことが一つある。クライヴとフィオナの事だ。
——競技を中断してグラウンドを背に向けたクライヴは、校舎の屋上から落ちてくる何かに向かって飛んだ。そう、空を飛んだのだ。
皆が唖然とその光景を見ていたが、私はすぐさまクライヴの飛んだ方に向かって走った。
クライヴは既に地上に降り立っており、誰かと話をしていた。
『でも、お義兄様は————フィオナが好きですよね』
フィオナ? さっき落ちてきたのはフィオナだったの?
少し距離があったので、声が聞こえにくく状況が把握できない。茂みに隠れながら、もう少し近づいてみることにした。
『————、お義兄様のそばにいられません』
『嫉妬に狂ったってフィオナはフィオナだ。どのフィオナも全部愛している』
え……!?
クライヴとフィオナがキスをした。あれはお互い愛しあっているキスだ。
頭が真っ白になった。
ここは乙女ゲームの世界。ヒロインの私を中心に世界が動いていると勘違いしていた。
それぞれに生い立ちがあり、感情もある。YES、NOの選択肢で決まっていくゲームとは違う現実世界だということを痛感した。
クリステルとクライヴが私を賭けて勝負してくれているのだと思った。だが、それが大きな勘違いだったのだ。クライヴにとったら私は足枷でしかなかった。
目の前の二人を見ていると、勘違いをした私を嘲笑っているようにすら見える。
ああ、そうか。私はヒロインでも、あの二人からしたら悪役でしかなかったということか。
今まで感じたことのない、ドス黒いこの感情はなんだろうか……。
二人の仲をズタズタに切り裂きたくなる。自分のものにならないのなら、いっそ殺してしまいたい。そんな感情で胸をいっぱいにしながら、その場を後にした——。
「アリス、愛しているよ。君は私のものだ」
クリステルが私の頬に触れながら愛を囁いてくる。じっとクリステルと見つめあっていると、その蜂蜜色の瞳に吸い込まれそうになる。
「私だけを見てくれ。余計なことは考えなくて良い」
なんだか、頭がぼーっとしてきた。そのまま眠ってしまいそうだ。
ゆっくりと、クリステルの膝の上に寝かされ、撫でるように指で髪を梳かれる。
抵抗したい、そんな気持ちとは裏腹に何故か抵抗できなかった。そのまま私は意識を手放した——。
「催眠は成功だな。これで私達の味方だ」
◇◇◇◇
いつもと変わらない日常。学園に通って、隣にはアルノルドがいる。クリステルの側室候補になったが、王城に招かれてお茶をして帰るだけ。
「アリス、なんでクリステル殿下と賭けなんてしたんだ」
隣ではアルノルドが怒っている。
「しょうがないでしょう。勝てると思ったのよ。勝ったら諦めてくれると思って」
「アリスが好きで殿下の元へ行くなら、泣く泣く僕だって諦めるよ。だけど、嫌なんだろ?」
「嫌よ。誰が好き好んであんなこじらせ超絶イケメ……」
「こじらせ?」
きょとんとした顔でアルノルドに見つめられた。
「アルノルドの方が良いってことよ」
「本当に!? どうにかして殿下がアリスを諦めてくれないか考えるから!」
契約を交わしたので恐らく覆すのは難しいだろう。そんなことは、この無邪気なアルノルドには言えるわけもない。
二学期に入ってからは、スフィアとフィオナとは距離が出来てしまった。フィオナの好きな人を奪おうとし、クリステルの側室候補にもなってしまった。当然の報いよね。
授業を受けて、アルノルドとお喋りをする。何ら変わらない日常。そのはずなのに、何か違和感を覚える。
この違和感はなんだろうか……。
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