第47話 体育祭①

 二学期が始まって早一ヶ月。本日はいよいよ体育祭。


 種目は短距離走にリレー、騎馬戦等、日本とほぼ変わりない。唯一違うとすれば、騎馬戦の馬が本物の馬というくらいだ。


 体育祭のルールが去年と多少変わった。今まではクラス対抗で競技をしていた。今回もそれは変わらないが、個人のポイント制が導入された。


 各種目一位は三点、二位は二点、三位は一点といった形で個人にポイントがつく。


 皆の得点をクラスで足して、一番点数の高いクラスが優勝という形。クラス毎に勝敗も決まるし、個人での勝敗も決まる。なんとも使い勝手の良いポイント制。


 クリステルが体育祭実行委員を承諾したのも、このルールを採用して欲しかったかららしい。俺との勝敗がはっきり分かるように。


 わざわざクリステルが実行委員にならなくても王子の一声で導入されていたと俺は思うが、敢えて口には出さなかった。


「アークライト、絶対に負けないからな」


「臨むところだ」


 クリステルが戦線布告してきた。その様子を少し離れたところでアリスが期待の眼差しを向けている気がするが、気のせいだと思いたい。


 フィオナには、勝負のことはなんとかバレずにきている。そのまま無事に終わることを願うだけだ。


 先日、勝っても負けても不利な俺に、アレンは提案した。


『たった一つだけ、どちらも回避する方法がある。それは、“引き分け”だ』


 その手があったか!


 勝ち負けばかり気にしていた俺は感心した。だが、引き分け程難しいものはない。ましてやクリステルだ。油断すればあっという間に負ける。三種目目までは全力で、四種目目で微調整だ。


◇◇◇◇


「中々やるな」


「お前もな」


 俺とクリステルはそれぞれ三種目目までの競技を終えて、自分の持ち点を確認し合っている。


 俺は八点を取り、クリステルはチーム戦で他の奴に足を引っ張られたことで七点だった。


「残るは騎馬戦だけだな」


 騎馬戦だけポイントの付け方が違い、倒した数だけ自分の持ち点となる。


 引き分けにするには、クリステルが何点取ったか確認しながらの対戦になる。


「アリス、絶対に勝ってみせるから見ていてくれ」


 クリステルはそこにはいないアリスに向かって意気込んでいる。そんな所にステファンが慌ててやってきた。


「クライヴ、大変だ。フィオナが知ってしまった」


「何を?」


「クリステル殿下との勝負のことだ」


「なんだって……フィオナは今どこにいる!?」


 慌ててフィオナを探しに行こうとすると、アナウンスがかかった。


『次は二年生による騎馬戦です。出場する生徒は集まって下さい』


 アナウンスを無視してフィオナを探しに行こうとする俺をステファンが止めた。


「クライヴ、お前は競技に行け。今、アレン殿下とスフィアが探してくれているから。僕達に任せておけ」


「でも……」


「途中棄権は負けと一緒だ。終わってからフィオナの元へ行っても間に合うはずだ」


「分かった。じゃあフィンを使え。すぐに居場所が見つかるはずだ」


 俺はフィンを呼び出し、フィオナのことはステファン達に任せることにした。


「良き友人だな」


 クリステルがボソッと呟いたので、俺はクリステルの胸ぐらを掴んで言った。


「お前のせいだろうが! お前がこんな勝負しなければ……」


 一発殴ってやりたかったが、踏みとどまった。殴ったところで状況は変わらない。俺はクリステルに言った。


「騎馬戦で勝敗を決めよう」


◇◇◇◇


「フィオナ、良い子だからこっちに来るんだ」


「嫌ですわ。わたくしは、わたくしはもう……」


 フィオナとアレン、スフィアは屋上にいる。フィオナは今にも身を投げ出しそうな勢いだ。


「クライヴはお前のことしか考えていない」


「フィオナ様、クライヴ様は仕方なかったのです。何も知らずにサインしてしまって……」


 アレンとスフィアは説得を試みる。だが、フィオナは動かない。


「でも、わたくしには何の相談もありませんでしたわ。皆さん知っていたのでしょう?」

 

「フィオナが大切だからこそ伝えていなかったのだ」


「大切なら隠し事なんて致しませんわ」


 フィオナは涙を流しながら屋上の縁までゆっくり移動する。


「フィオナ! 早まるな」


 遅れてステファンとフィンが現れた。


「クライヴはフィオナがいないとダメなんだ。毎日毎日フィオナの話が出ない日はない。それくらいかけがえのない存在なのだ」


「ですが、ここにお義兄様はいらっしゃらないではありませんか」


「もう少ししたら来るから、信じて待とう」


 フィオナは屋上から下を見渡し、そこに義兄がいるのを目視した。騎馬戦の真っ最中だった。


「やはり、わたくしよりもアリスなんですわ……」


 フィオナの周りに雫の様な水が無数に浮かび上がった。魔力暴走寸前だ。


 フィオナはアレンをキッと睨みつけた。


「アレン様! わたくしを魔法で縛りつけたらこの学園ごと沈めますわよ」


 アレンがフィオナを闇魔法で押さえ込もうと、ゆっくりと黒いモヤのようなものをフィオナの周りに漂わせていたのをフィオナは気付いていた。アレンは諦めて魔力を霧散させた。


「皆様、わたくしはこれ以上嫉妬で醜くなりたくないのです」


 フィオナがゆっくりと皆に向けて、いや、自分自身に言い聞かせるように語り出した。


「お義兄様にこんなわたくしを見せたくない。純真で可愛くてお淑やかなフィオナのまま、お義兄様の心に在り続けてほしい。だからわたくしは――」


 フィオナは淑女の笑みを浮かべ、身を投げた。

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