第43話 デート

 婚約破棄しに行ったのに、厄介な事に巻き込まれてしまった。いや、既に巻き込まれていたのか。


 だが、俺が命を狙われているなら、フィオナはこのまま俺とくっついていたら尚のこと危ない。どうするべきか……。


「お義兄様?」


「ん? なんだいフィオナ」


「楽しくないですか?」


「ごめん、怖い顔してた? とても楽しいよ」


 考え事をしてしまうと俺は無表情になってしまう。悪い癖だ。


 そして今、俺はフィオナと王都に来ている。今度こそ二人きりで。


 俺はふと気が付いた。女心が全く分からないことに。そんな男がフィオナの心を癒そうだなんて何十年かかっても無理だ。


 なので、とりあえず夏祭りのリベンジにデートを申し込んだ。最近は殆ど笑わなくなったフィオナだが、少しだけ微笑んだような気がした。


「あそこ入ってみよう。フィオナが大好きなフルーツたっぷりのスイーツがあるらしい」


「はい」


 スフィアに聞いて女の子が喜びそうな店を教えてもらっていたのだ。

 

 中は賑わっており、女性の客が多かった。フィオナはフルーツたっぷりのパンケーキ、俺はいちごのケーキを頼んだ。


「上手いか?」


「はい」


 フィオナに笑顔はないが、淡々と食べている。見ていると幼い頃を思い出す。


「これも上手いぞ。ほら、あーん」


「お義兄様……」


「あ、ごめん」


 ついつい子供みたいに、あーんしてしまった。淑女はこんなはしたない事はしないんだった。


「はむっ」


 行き場の無くなったケーキをフィオナがぱくっと食べた。小さい口でケーキを頬張るフィオナを見ているとついつい顔が緩んでしまう。


 すると、背後から声をかけられた。


「なに気持ち悪い顔しているんですの?」


 この聞き覚えのある声は……。


「悪役トリオAじゃないか。BとCはどうした?」


「なんですの? そのヘンテコなあだ名は」


 まさかこんなところで出会すなんて思ってもみなかった。悪役トリオ……今は一人だから悪役Aで良いか。悪役Aをフィオナがじっと見つめている。


「フィオナ、クラスは知らないがフィオナと同じ一年生の悪役Aだ」


「だからそんな名前ではありません! それより、そこにいるお方はフィオナ様ではございませんか!」


 悪役Aが目をキラキラさせてフィオナを見ている。


「知り合いだったのか」


「滅相もございませんわ。私なんかが恐れ多い。このお方は一年生の間では男女問わずスフィア様と並んで絶大な人気なのです。知らない人はモグリですわ」


「フィオナ、お前すごいんだな」


 俺とは大違いだ。悪役Aが俺にピシッと人差し指をさしてきた。


「あなた、フィオナ様を呼び捨てにしたり、お前呼びしたりなんなんですの? 図々しいにも程がありましてよ」


「お前、人に指をさすなと教わらなかったのか。そんなんだから赤点とるんだ」


「あ、あの時は少々ミスが多かっただけですわ」


「ふふ、お義兄様ったら」


 フィオナが笑った! 俺と悪役Aの何気ない攻防を聞いて笑ったのか? 悪役のくせにやるじゃないか!


「こちらにフィオナ様のお兄様がいらっしゃるのですか! 是非その御尊顔を拝見してみたいですわ」


「……」


 言い出しにくい。そんな期待の眼差しで探すものではないぞ。しかし、何故フィオナと姓が一緒なのに気付かないんだ。


「それより、お前は何しに来たんだ?」


「あ、そうそう、アリス・ウェルトンが先日こちらでクリステル様と密会していたのですわ。再び現れるのではと、たまにこうやって偵察に来ているのです」


「クリステルとアリスが?」


 フィオナの表情が強張ったような気がした。


「何やら言い争いになっていたと聞きましたが、スフィア様を差し置いて夏休みにこっそり密会だなんてありえませんわ」


 きっと夏休みのばったりイベントが起こったのだろう。だが、ばったり会って言い争いになるものだろうか。


 そんなことよりフィオナが変だ。さっきから一点を凝視して動かなくなった。


「いつもご苦労だな。じゃあ、俺たちは行くから」


 フィオナの手を引いて足早に外に出た。そして、人気の少ない広場のベンチに腰を下ろした。


「二人の楽しい時間に邪魔が入ったな」


「ええ」


「フィオナ? さっきの令嬢は気に入らないか?」


「いえ、何とも思いませんでした」


 俺と話しているのが女性でも嫉妬心は芽生えなかった。てことは、やはり……。


「アリスが駄目なのか?」


「……!?」


 フィオナの顔が再び険しくなった。何となく分かってはいたが、アリスへの嫉妬をどうにかしないとこの問題は解決しないのだろう。


 悪役令嬢にしない為に寵愛してきたのに、これでは悪役令嬢まっしぐらではないか。


 俺は断罪なんてしないが、知らない間にフィオナが犯罪者になっていたら俺は悔やんでも悔やみきれない。


「フィオナ、しばらく学園を休もう」


 俺の言葉に反応し、フィオナがガバッと顔を上げて俺に言った。


「嫌ですわ。わたくしの知らない間にアリスとお義兄様が会っているなんて……」


「俺はアリスの事を何とも思っていないし、二人で会ったりもしない」


「ですが……」


 学園を休むことは根本的な解決にはなっていないが、今の状態で二人を会わせては夏祭りの二の舞だ。


 フィオナの頬を優しく撫でながら、青い瞳をじっと見つめた。

 

「俺はそんなに信用ならないか?」


「そんなことは……」


「じゃあ、どうすればその不安は軽くなる?」

 

 フィオナが目線を逸らして言った。


「わたくしの事好きですか? 愛しておりますか?」


「ああ、大好きだよ。愛している」


「それは義妹に対する愛ですわ。わたくしを抱けますか?」

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