第40話 告白

 アリスはフィオナとの一件は皆には言わないで欲しいと言う為、ステファン達にはアリスが攫われた件を簡単に説明して解散となった。


 フィオナの目に輝きは戻っていない。表情もない。例えるなら“無”だ。何の感情も表に出ていない。


 祭りに来た時からフィオナの様子はおかしかった。そのことについては、ステファンは俺のせいだとも言っていた。


 このまま帰ってはいけない、二人でゆっくり話をした方が良いと俺の本能が言っている。


「フィオナ、寄り道して帰ろう」


 俺とフィオナは祭り会場を後にした後、花火が見えそうな高台までやって来た。


 帰ってから話をしても良いが、ルイやメイド達がいるので、どうしても二人きりという訳にはいかない。


「風が気持ちいいな」


「そうですわね」


 返事はするが、フィオナは無のままだ。このままだと、あっけなく壊れてしまいそうだ。いや、既に壊れているのかもしれない。


 俺は言葉を選びながらゆっくりと話すことにした。


「フィオナ、聞いて欲しい」


「はい」


「今日もステファンに怒られた。フィオナが傷付いてるって」


「はい」


「だけど、何故か分からないんだ。言葉にしてくれないと。鈍くてごめん」


「はい」


「言って欲しい。何でフィオナが今こうなっているのか」


「……」


 遠くの方で花火が上がる音がした。それを眺めながら俺は言葉を紡いでいく。


「俺はフィオナが大好きだ。笑った顔も怒った顔も悲しい顔も全部愛おしい」


「……」


「失いたくないんだ。どうしたらお前を失わずにいられる?」


「……」


 ああ……もう俺には心を開いてくれないかもしれない。笑顔も見られないかもしれない。そう思うと胸が締め付けられるように苦しい。


 どこでボタンを掛け間違えたのだろうか。


 そうか、俺は始めからフィオナに関わるべきではなかったのかも知れない。前世の記憶を思い出した時からやり直したい。


 もうあの頃の笑顔は見られないかもしれない。そんな資格もないのかもしれない。だけど、だけどせめて……。


「せめて成人になるまでは義兄として見守らせて欲しい。それからはアレンに引き継ぐから。俺はフィオナの隣にいちゃダメか?」


「……」


「これ、欲しかったんだろう?」


「お義兄様、これ……」


 射的でフィオナが欲しがっていたクマのぬいぐるみ。皆と解散する直前に少しだけ席を外し、俺は店主に頼み込んで譲ってもらっていた。


「俺はこんなことしかしてやれない。駄目な義兄でごめん。それに……」


 フィオナの赤く腫れた頬を優しく触る。


「引っ叩いてごめん……。痛かったよな。辛かったよな」


 フィオナの顔がクシャッと歪んだ。


「おにぃさま。おに……ぃ……ひっく……おにぃ、さま……痛かったです。とても」


「ごめん」


「体も心も痛くて痛くて……ひっく……しょうがないのです。お義兄様の事を考えると……どうしようもなく辛い……苦しい……」


 フィオナは俺に抱きつき、わんわん泣き出した。小さい頃、フィオナが泣いた時にやっていたように背中をトントン叩く。


 ここに来てどのくらい時間が経っただろうか。五分しか経っていないような気もするし、三十分くらい経ったような気もする。


 涙も落ち着いた頃、花火も佳境に入ったようで、最初の頃より派手な演出になっている。


 フィオナが口を開き、ポツリポツリと言葉を紡いでいく。


「お義兄様、わたくしはお義兄様が大好きなのです」


「俺も大好きだ」


「夏祭りも二人きりが良かった」


「そうか、ごめん」


「お義兄様は『俺から絶対に離れちゃ駄目』と仰いました」


「言ったな」


「なのに、わたくしの手を離してアリスの元へ行きました」


「……ごめん」


「アリスの事は嫌いではありません。ですが、ずっとお義兄様をとられるような気がしておりました……」


「そうか」


「アリスがお義兄様と抱き合っている姿を見た瞬間、わたくしはわたくしで無くなりました。いえ、あれが本当のわたくしなのでしょう」


「……」


「わたくしは、最低です。このままでは誰のことも、お義兄様のことも、自分自身も好きではなくなってしまいます」


「俺はどうしたら良い?」


「わたくしは……」


「うん」


 フィオナの瞳からは再び涙が溢れる。次の言葉が出るまで背中をトントンと撫でながら待った。


「わたくしの……わたくしのそばから離れないで下さい」


「分かった」


「どこへも行かないで下さい」


「うん」


「ずっと一緒にいて下さい」


「うん」


 フィオナがゆっくりと顔をあげると、綺麗な青い瞳が俺を捉えた。瞳には光が戻っていた。


「お義兄様、愛しています」


 フィオナの唇が俺のそれを塞いだ。俺は目を瞑って受け入れた。

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