第39話 悪役令嬢フィオナ
フィオナ達を置いて、俺はアリスを探している。
屋台から離れた閑散とした場所から何やら揉める声がする。俺はその声の方に向かい、物影から覗いた。
「こいつは上玉だ」
「きゃっ、やめてよ! 私こんなイベント知らないわよ!」
「何をごちゃごちゃと、じっとしやがれ」
アリス! あれは人攫いか?
祭りに乗じて人攫いとは下劣な。相手は三人か。フィンを呼んでも良いが、あいつ顔に似合わず容赦ないからな。切羽詰まったら呼ぶことにしよう。
「おい、俺の連れに何してるんだ!」
「クラ……アークライト先輩!」
俺が出た事で男たちの動きが一瞬止まり、口々に話し出した。
「なんだ? このクソガキ」
「こいつ顔は地味だが、どこかの貴族だぜ。一緒に攫っていくか」
「そうだな。やれ」
二人が一斉に斬り掛かってきた。
なんてこった。勢い良く出たのは良いが、今日は祭りだったので剣を所持していない。すかさず剣を避け、風の鎧を纏う。
体術は出来ないことはないが、剣相手には不利だ。そうなると、魔法を使うしかないが、ダンジョンや野外活動の時とは違って辺りにはチラホラ住宅もある。被害は出したくない。
「どうした? 威勢だけか?」
考える時間が欲しい為、時間稼ぎに質問してみた。
「何故アリスを狙う」
「知らねーよ。頼まれただけだからな」
「頼まれた?」
「おい、バカ!」
計画的な人攫いってことか。捕まえて吐かせるしかないな。
やったことはないけれど、氷で剣とか作れるかな。イメージだ……どうせなら格好良いのが良いな。
「出来た! うわ、冷たッ!」
良い感じのは出来たが冷たすぎて長時間は無理だ。自分の魔法なのに、凍傷をおこしかねない。
「そんなんで俺達に敵うと思うなよ」
「やってみないと分からないだろ」
思い切り斬りかかってみた。が、あっさり氷の剣は折れてしまった。見た目の割にショボすぎる……。
「やっぱハッタリじゃねぇか」
「さっさと捕まえるぞ」
男二人が再度斬りかかってくるので、氷のシールドで防いだ。どうしたものか……。
あ、そうだ!
「いつもこき使われてるから、こういう時くらい助けてもらってもバチ当たんねぇだろ」
俺はピアスを触りながら念じると……ポンッと音がした。
「お、やっと呼んでくれたと思ったらどういう状況だ?」
シャツのボタンが外れ、いつもの整った髪は無造作にはねており、艶やかな漆黒の髪は濡れている。何とも色っぽいアレンが出てきた。
「こっちが聞きたいですよ。なんて格好して出て来るんですか」
「仕方ないだろ。風呂上がりなんだから」
男達もアレンが出てきたことに驚いたのか、その見た目に魅了されたのかは分からないが動きが止まっている。
「こいつら倒せば良いのか?」
アレンが男達を一瞥すると、男達は一瞬ビクッと震えた。
「はい。周りに被害が出ずに倒そうと思ったのですが、良い案が思いつかず」
「まぁ、俺を呼んだのは正解だな」
アレンからは黒いモヤが出てきて、そのモヤは男達の周りを漂っている。
「なんだ? 何ともないぜ」
「このガキもどうせ威勢だけだぜ」
「ん!? なんだこれは」
黒いモヤが触手のようなものへと変わり、男三人を一斉に締め上げた。同時にアリスは解放され、俺の元へ駆けてきた。
「うわっ、気持ち悪りぃ」
「やめろ」
「うぎゃッ!」
そばで見ていると凄い光景だ。闇の帝王が降臨したかのようだ。アレンは絶対に敵に回したくないと切に思った。
「クライヴ、こいつらどうする?」
「アリスを故意に狙っていたんです。情報を聞き出した方が良いかと」
「そうか。じゃあ、このまま地下牢にぶち込んで拷問でもするか」
しれっと怖い事を言うアレン。本当にしそうで怖い。
「衛兵とか呼んだ方が良いのでは?」
「んー、逃げられても面倒だ。このまま連れてくわ。じゃあな」
爽やかに笑って、アレンと男三人がヒュッと消えた。
闇属性だけが使えると言われている転移魔法だろう。だからこのピアスもアレンを呼ぶことが出来るのか。
俺は最強の使い魔ならぬ、最強の使い王子を手に入れたのかも知れない――。
「あの、ありがとうございました!」
アレンに気を取られて、アリスのことをすっかり忘れていた。
「いや、結局俺は何もしてない。礼を言うならアレン様に言った方が良い」
「いえ、アレン様にも勿論言います。でも、先輩が来てくれなかったら私は今頃……」
怖かったのだろう、アリスが抱きついてきたので、俺は無言でアリスの背中をトントンと撫でた。
アリスが少しだけ離れ、一呼吸置いてから俺に言った。
「アークライト先輩、好きです」
コポッ……。
その瞬間、アリスは水に飲まれた。
「え……? アリス!?」
水球の中にアリスが閉じ込められ、目の前で溺れている。どこだ、どこからの攻撃だ? まだ敵が残っていたのか?
周囲を見渡すと……。
「フィオナ!? そこは危ない! 離れろ!」
フィオナは動かない。むしろ、こちらをじっと見ている。その瞳には輝きがなく、何も映していないようにすら見える。
アリスとフィオナを交互に見つめ、俺はハッとした。
「まさか、フィオナがやっているのか……?」
俺はフィオナに駆け寄り、必死に声を荒げた。
「止めろ! フィオナ! お願いだから、どうしてこんなことしてるんだ! フィオナ!」
バチンッ! 俺はフィオナを引っ叩いた。
「お、お義兄様……? わたくし……」
アリスを包んでいた水球は地面にパチャッと音を立てて流れていく。アリスも地面に投げ出された。苦しそうにしているが、生きている。
「良かった……」
フィオナが人殺しにならなくて良かった。本当に良かった。
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