第38話 夏祭り
トントントン。
「フィオナ、準備出来た?」
「もう少々お待ち下さい」
今日は夏祭り。フィオナの部屋の前で支度が出来るのを待っているところだ。
「お待たせ致しました」
「フィオナ……」
いつものことながら、可愛すぎて言葉に詰まる。
夏祭りということで、服装がいつもと違う。大きな牡丹が刺繍された和モダンなドレス。
世界観は中世ヨーロッパ使用なのに、和が取り入れられていたり、何ともふわふわとした都合の良い設定になっている。
お祭り自体も日本の縁日とあまり変わらない。食べ物はさすがに違うが、パッと見の外観は一緒だ。
「可愛いですよ。お嬢様」
「ルイには聞いていないといつも言っているでしょう」
はははと笑って困った顔をするルイ。いつもの光景だ。
「フィオナ、今日も一段と可愛いよ。俺から絶対に離れちゃ駄目だからな」
「分かりましたわ。お義兄様にくっついていますわ」
早速フィオナが俺の腕に絡みつく。
「お嬢様、ほどほどにですよ」
「じゃあフィンもお留守番頼む」
「はい。行ってらっしゃいませ」
毎年ルイが護衛としてついていたが、俺が呼べば使い魔のフィンが来るので、何かあればフィンを呼ぶことになっている。
フィンにGPSのような魔道具を持たせている為、後にルイもやってくる仕組みだ。
◇◇◇◇
到着すると、辺りは既に賑わっていた。
「クライヴ、遅かったな」
「ああ、待たせたな。皆揃ってるな」
待っていたのはステファン、スフィア、アリス、アルノルドだ。
「え……お義兄様? 皆さんご一緒なのですか?」
「ああ、大勢の方が楽しいと思って……フィオナ?」
フィオナは俯いてしまい、顔が見えない。
「いえ……大丈夫です。皆さんご機嫌よう」
フィオナは顔を上げ、いつもの淑女の笑みを浮かべて皆にそう言った。それを見ていた俺にステファンが耳打ちしてきた。
「フィオナに僕たちが来ること言っていなかったのではないだろうな?」
「うーん、言ったような言わなかったような……」
「言っていないな」
俺はまた何か失敗したのだろうか。この中に苦手な奴でもいるのか?
「後で謝っておくのだな。ああ見えてフィオナは傷つきやすい」
「分かった。フィオナのことよく分かってるんだな」
ステファンの方が義兄の俺よりフィオナの事をよく分かっている。それが少し悔しかった。
このモヤッとした気持ちはなんだろうか……。
「さぁ、先輩方も行きましょう!」
無邪気なアルノルドに声をかけられ、我に返る。
気を取り直して、今日の俺のミッションはアリスと行動を共にすることで、クリステルと二人きりにさせないということ。
なので、今日ここにクリステルは呼んでいない。それに、この人数でアリスと行動を共にすれば大丈夫だろう。
「私、お祭り大好きなんです。誘って下さってありがとうございます!」
アリスが振り返ってお礼を言ったので、それを聞いたアルノルドが不思議そうな顔をした。
「あれ? アリスは人混み嫌いじゃなかったっけ」
「え、そ、そうだったかしら?」
「だから毎年、僕と少し離れたところから花火見てたじゃん」
あははと、アリスは笑って誤魔化した。アルノルドに秘密でもありそうだ。
俺の横では、フィオナとスフィアがお喋りしている。
「スフィア様、あれ可愛いですわね」
「そうですわね。でも射的は中々難しいですね……。お兄様、こういうのはお兄様の出番ですよ」
スフィアに呼ばれたステファンが出店を覗いた。
「おお、あれはフィオナにぴったりだ。寝巻き姿のフィオナが持てば、思わず抱きしめたくなる代物だ」
「どれだ?」
思わず俺も出店を覗き込んだ。そこには、小さなクマのぬいぐるみがちょこんと置いてあった。
フィオナの寝巻き姿にクマのぬいぐるみを想像してみた……。
「確かにあれは、ぎゅーっとしたくなるな」
そう思わず呟けば、フィオナがハッとした顔をし、ステファンの手を取って言った。
「ステファン様、是非あれをわたくしの為にとって下さいませ。わたくしの為に!」
「あ、ああ、任せておくが良い」
フィオナの必死の迫力にステファンが押されている。それにしても、そんなにあのクマのぬいぐるみが気に入ったのか。最近大人びてきたなと思っていたが、まだまだ子供な部分があるんだな。
そんな事をしみじみ思っていると、ステファンが弾をクマに命中させた。
「あ! あー、惜しいですわ。もう一回ですわよ!」
——それから十分。
「フィオナ、諦めよう」
「嫌ですわ。あれが欲しいんですの」
クマのぬいぐるみは取れず、フィオナは駄々をこねている。
「今度、お義兄ちゃんが違うの買ってあげるから。ね?」
幼児をあやすように宥めていると、アルノルドから声をかけられた。
「あの、アリス見ませんでしたか?」
「アリス? いないのか?」
まずい、目を離した隙にクリステルと会っているんじゃ……。
「俺、ちょっと探してくる! みんなは祭り楽しんでて」
フィオナから手を離し、俺はすぐに駆け出した。
「待て、クライヴ……」
「お義兄様……」
――この時、俺はフィオナの手を離すべきではなかった。
フィオナの中の何かが壊れた。そこからドロドロとドス黒い感情が渦巻いた。フィオナは奥歯を噛み締め、心の中で呟いた。
『お義兄様は誰にも渡しませんわ』
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