第27話 早速ピンチ!


「クライヴ様、食材は何がよろしいですかね」


「まぁ、こういった時は適当にカレー……いや、野菜とか肉が入ったスープとかが定番だよな」


 スフィアと俺は森に入って食材を探す為に歩いている。


「でしたら、猪でも狩って参りましょうか」


「そうだな。猪鍋とか美味そうだよな……え? イノシシ? あのイノシシですか」


「はい。私、得意なんですのよ」


「はは、あ、そう……」


 スフィアは華奢で虫の一匹も殺せないような顔をしているのに、見た目に似合わずってやつだな。


「あ、お兄様ですわ。ウェルトンさんと一緒なのですね」


 ステファンとアリスも食材探しに来たようだ。何やら話し込んでいる。


「これなんて見た目は歪だが良いアクセントになる。だが、奇抜な色は危険だから注意が必要だぞ。これは凄い、こんなに大きくて太いのは初めて見た。これを入れたらさぞかし皆悦に浸るはずだ」


「そ、そうなんですね。知りませんでした」


 ステファンはあんなに熱心に何を話しているのだろう。やや卑猥な発言に聞こえたのは気のせいか。


 アリスは相槌を打ってはいるが、若干引き気味にも見える。


「はぁ……まったく、お兄様ったら。クライヴ様、暫しお待ちを」


「お、おう」


 スフィアの姉貴スイッチが入ったという事は、あまり宜しくない話題なのだろう。


「お兄様! ウェルトンさんが困っていますわ。御令嬢にキノコの知識を熱弁するものではありません」


「おお、スフィアではないか! クライヴも一緒か。ウェルトン嬢、紹介しよう。妹のスフィアと親友のクライヴだ」


「お兄様、私とウェルトンさんは同じクラスです。私の紹介はいりません」


「そうか、そうか。すまなかった」


 ステファンとスフィアは相変わらずだな。スフィアの方がお姉さんだ。


 どうでも良いが、いつの間にか俺は、ステファンの友人枠から親友枠へと格上げされている。


「お前、キノコのうんちく披露するより、いつもの美辞麗句を並べて歩けよ」


「それは先程終えたのだ」


「だ、大丈夫ですよ、私は。キノコ好きですし」


 アリスは顔を引き攣らせてそう言った。


「まったく……お兄様、今から私とクライヴ様は猪を狩に行くのですが、ご一緒致しますか?」


「猪! 良いな。このキノコとも相性が良いぞ」


 こうして、俺達は四人で猪狩りをすることになった。


◇◇◇◇


「獣道、ありましたわ! この大きさは間違いありません。行ってみましょう」


 スフィアを先頭にステファン、アリス、俺の順で続く。


「ウェルトン嬢、道が険しいから足元には気をつけるのだぞ」


「はい。大丈夫です」


 ステファンがアリスに注意喚起する姿は頼もしい。キノコのうんちくを話す姿とは大違いだ。


 それにしても本当に険しいな。足元は崖みたいに急な斜面になっており、落ちたらひとたまりもなさそうだ。


 と思っていた矢先、アリスの足場が崩れ落ちた。


「キャッ!」


「え? アリス!?」


 俺は咄嗟にアリスの手を掴むが、重力には逆らえず二人一緒に真っ逆さまに落ちていく。


 俺は宙でアリスを抱きしめる形に体勢を整えた。


 俺は死ぬのだろうか。こんな呆気なく。


 走馬灯が流れ始め、フィオナの笑顔ばかりが浮かぶ。


「死にたくない……」


 そんな思いから、俺は風魔法を思い切り下に向けて放った。


 ——ドンッ!


「いッ……」


 漫画のようにフワッとは着地出来ず、背中に強い衝撃がきた。俺が下敷きになったのでアリスは無事だったが、気を失っているようだ。


 ついつい、フィオナにするようにアリスの頭をポンポン撫でてから、俺はゆっくり起き上がる。アリスを抱き抱え、上を見上げるが、斜面が急すぎて上れそうにない。


「ひとまず休むとこを探すか」


◇◇◇◇


 しばらく歩いた所に洞窟があった。


 アリスをゆっくり寝かせた。


 寝かせておいてなんだが、地べたに女の子を寝かせるのはどうなんだ? 


 しかし、下に敷けそうな物が何もない。


「せめて頭だけでも……」


 枕代わりに上着を脱いで、アリスの頭の下に入れた。


「はぁー、どうするかな」


 アリスを見ていてふと気がついた。こういうピンチって、攻略対象の誰かとやるイベントじゃないのか?


 ピンチを潜り抜けて親密になっていく一大イベントっぽい。ステファンとやる予定だったのを俺が邪魔したのか? でも、あの時は咄嗟のことだったし不可抗力だ。


 自問自答していると、アリスが覚醒したようだ。ゆっくりと起き上がった。


「分かるか? 痛いところはないか?」


「はい。ここは……?」


「さっき足場が崩れて下に落ちたんだ。上に行けそうもないし、とりあえず近場の洞窟に入ってみた」


 アリスは思い出したようで、必死に謝ってくる。


「すみません、私のせいで。私がもっとしっかり注意していれば」


「誰のせいでもないよ。とりあえずみんなの所に帰ることを考えよう。痛ッ……」


 立ちあがろうとすると、背中に激痛が走った。


「どこか怪我されたんですか? 見せて下さい!」


「これくらい、平気平気」


 笑ってごまかすが、アリスが問答無用で服を脱がせてきた。


「いや、え、俺こういうのは初めてで」


 つい訳のわからないことを口走ってしまい、アリスもハッと我に返り頬を赤く染めている。可愛すぎる。


「い、いえ、私治癒魔法が使えるんです」


「あ、そっか。ごめん」


 そうだった。アリスはこの世界では珍しい聖属性。よくある聖女ポジだ。


「宜しくお願いします」


 背中を見せると、うわぁ、と声が聞こえたので酷いアザになっていたのだろう。


 俺の体は光に包まれ温かい気分になってくる。癖になりそうだ。


「ひとまずこれで大丈夫だと思います」


「ありがとう。凄いな、擦り傷も全て治ってる」


「へへ、自慢できるのはこれくらいしかありませんから」


 誇らしげに言うアリスはフィオナとはまた違った可愛らしさがある。


「元気になったし、とりあえず外に出てみるか。ウェルトンさん」


「アリス」


「え?」


「アリスと呼んで下さい。さっき呼んでくれましたよね、先輩」


 さっき呼んだかな……? ああ、呼んだかも。落ちる瞬間。


「でも、あれは咄嗟のことだったし……」


 俺なんかがヒロインを名前呼びなんて畏れ多い。


「嫌……なんですか?」


「ッ……!」

 

 ピンクの瞳をうるうるさせて、上目遣いで見られる。なんなんだこの可愛さは。


 フィオナといい、アリスといい、みんな自分が可愛いことを分かって計算してやっているのか? それならあざと過ぎる。


「嫌ではないです……アリス」


 俺は観念した。俺ごときがアリスを名前呼びしようが、クリステル達の方が百倍良い男だからな。何の影響もないさ。


「じゃあ、行きましょう先輩」


 軽快な足取りで洞窟から出るアリス。だが、洞窟を出たところで立ち止まった。


「どうした。アリス?」


 アリスは言葉が出ないようで、何かを指さす。俺もすぐにアリスの元まで行き、その先を見た。


 なんだあれは……!?

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