第25話 嵐の前の静けさ

 あれから二週間。


「最近何か変わったことは起きてないか? ステファン」


「変わったことか……。王都に新しい喫茶店が出来たらしいな。コーヒーに可愛いネコの絵を描いてくれると聞いた。一緒に行くか?」


「そうだな」


 至極平和だ。フィオナの入学の日に意気込んでいたのがアホらしい程に。


 実は、クリステルとステファンも生徒会に入会した。成績はトップだし、身分も高いので自動的に。


 その為、攻略対象三人と行動を共にする時間が多いのだが、何も起こらない。


 知らないところで何かあるかもしれないと思い、さり気なく探りを入れてみても思った答えは返って来ない。


「おい、クライヴ。お茶が熱すぎる」


「畏まりました。アレン様」


 パキパキ!


 アレンは姑のごとく俺にいちゃもんを付けてくるので、コーヒーを凍らせてやった。


「馬鹿か。飲めないじゃないか」


「アレン様が熱いと仰ったので」


「加減を知れ」


「兄上、アークライトをこき使いすぎですよ。これで飲めるでしょう」


 クリステルが俺を庇い、炎魔法でコーヒーを温め直す。こういった流れが、生徒会ではお決まりになってきている。


「アークライト、イレーナ先生が私たちクラス委員をお呼びだ。職員室へ行くぞ」


「分かった。では、アレン様失礼致します」


「チッ。裏切り者め……」


 小声でアレンが何か言っているが無視して生徒会室から出た。


 ちなみに、俺がアレンに対して殿下呼びをやめたことを知ったクリステルは——。


『兄上だけ狡いじゃないですか!』


『関係ないだろう。婚約者フィオナの兄だ。俺にとっても義兄にあたる』


『では、同級生でクラスメイト、友人である私には呼び捨てで敬語もなしだ』


『いえ……そんな訳には』


『命令だ』


 と言うわけで、意味のわからない兄弟喧嘩に巻き込まれ、クリステルに至っては敬語すら使わせてもらえなくなった。クリステルは俺のことを姓で呼ぶのに、意味が分からない。


 そんなことは、さて置き……。


「イレーナ先生、用件なんだろう」


 イレーナ先生になら、毎日でも呼び出してもらいたい。二人きりの特別授業とかしてくれないかな。


「何ニヤけてるんだ? 恐らく来月の野外活動についてだと思うが……アークライト、ちょっと待っていてくれ」


「どうした?」


 クリステルは何かを見つけたのか、職員室とは反対の方へ歩いて行った。俺もその後を追いかける。


「大丈夫か」


「あ、あ、大丈夫です! 職員室に持って行こうとしたら落としてしまって。すぐに片付けますので」


 クリステルが話しかけた相手はアリスだった。


「拾うの手伝おう、二人の方が早い」


 ニカッと白い歯を見せて笑うクリステルは格好良い。このスチルが欲しい女子は沢山いることだろう。


「い、いえ、本当に大丈夫ですから!」


「遠慮をしなくて良い」


 頑なに断るアリスに、やや強引にプリントを拾い出すクリステル。そばで見ているとやや滑稽だ。


 だが、王子と男爵令嬢では身分の差がありすぎる。一国の王子を跪かせてプリントを拾わせるなんて恐れ多い行為だ。現実ではこの方が自然なのかもしれない。


 その光景を俺は何もせずに見ている。だって、攻略対象とのイベントを邪魔するのは無粋というものだ。


 俺はアレンルートの悪役令息であって、他は一旦傍観することに決めている。


「ありがとうございました」


「いや、どうってことはないさ。君には前にも会ったな。名を聞いても良いか? 私はクリステル・フランセーンだ」


「存じております。私はアリス、アリス・ウェルトンにございます」


 クリステルが爽やかに自己紹介し、アリスも小さくカーテシーをする。


「アリスか。良い名だ」


「ありがとうございます」


「では、またな」


「失礼致します」


 クリステルとアリスは別れの挨拶をして歩き出した。


 同時に歩き出すものだから、二人仲良く並んで歩いているように見える。だって、目的地は同じ職員室だ。良い感じに締めくくったように見えたのに、やや気まずい空気が流れている。


 ……天然なのかな。


「あ、クリステル君こっちこっち!」


 そんな空気を壊してくれたのは、イレーナ先生。ナイス、イレーナ先生!


「クライヴ君も、待ってたよ」


 何事もなかったかのようにアリスはイレーナ先生に会釈して職員室に入って行った。


 俺とクリステルはイレーナ先生と面談室に入り、先生と向き合う形で座った。


「今日来てもらったのは、野外活動についてなの」


「やはりそうでしたか」


 毎年恒例の野外活動。


 半自給自足生活を送ることで、自ら考え判断する力を培い、時に仲間と協力し合い学生間での親睦を深める。言わゆるサバイバルキャンプだ。


「いつもは学年ごとでやってたんだけど、今年は三学年合同でやってみようってなったの」


 さすが乙女ゲーム。攻略対象とのイベントを発生させるために都合の良い設定になっている。


「さすがに全校生徒が集まれば凄い数になるから、クラス別に分かれて場所も違うけどね。で、所在の確認とかも簡単に出来るように今回は班を作ろうと思うの」


 俺は提案した。


「班はくじで良いと思います」


 だってここは乙女ゲーム。俺が何か細工をしなくても都合の良いように采配してくれるはず。

 

「そうね。クラス委員にお願いするのは申し訳ないんだけど、初めての事だから色々手伝って欲しいの」


「喜んで」


「分かりました」


 こうして、俺とクリステルは野外活動の準備にかり出されることになった。

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