第二章 乙女ゲーム本編スタート

第20話 ヒロイン登場

「お義兄様、どうかしら」


 フィオナが学園の制服を着てクルリと回った。ふわっと広がるプリーツスカートに胸元の大きなリボンが何とも愛らしい。


 見慣れているはずの制服のはずなのに、何故だかフィオナが着ると別物に見える。これは反則だ。


「似合っていませんか?」


「う……!」


 首をこてんと傾け、上目遣いをするフィオナは数百倍可愛くなる。


 駄目だ。目が、目がやられる……。


 あざといのか天然なのか分からないが、ついつい押し倒したくなる程の可愛さだ。


「フィオナお嬢様。とてもお似合いですよ」


 言葉が出なくなった俺の代わりにルイが代弁してくれた。


「ルイには聞いておりませんわ」


 フィオナは子どものようにぷくっと頬を膨らませ、そっぽを向いた。


 うぐっ……。

 

 トドメをさされてしまった。


「フ、フィオナ、ついつい攫ってしまいたくなる程に愛らしいよ。他の男の前ではそんな顔絶対にしないでくれ」


「まぁ! では、お義兄様の前でだけ致しますわね」


 何故『俺の前だけ』宣言をしているのだ。俺にキュン死にしろと言うことか……。


 トントントン。


「失礼するよ。フィフィ準備は出来たか?」


「お義父様! お母様!」


 父と継母がフィオナの晴れ姿を見に部屋に入ってきた。


「あんなに小さかったフィフィが……。立派になったんだな。うぅ……」


「あなた大袈裟よ。フィオナ、おにいちゃんの言うこと良く聞いてね。周りの人に迷惑かけないのよ」


「はい!」


 それにしても、両親の温度差が違い過ぎる。父はまるでフィオナがこれから嫁ぐかのごとく泣きじゃくっている。反対に継母は、幼児が初めてのおつかいに行く時のような扱いだ。


 おかげで冷静な判断ができるようになってきた俺は、キュンキュン地獄から脱することが出来た。


「さぁさ、お二人共早く行かないと遅れますよ」


「そうだった。行こうフィオナ」


「はい。お義兄様」


 ルイに促され、フィオナと馬車に乗りこんだ。ちなみに、使い魔のフィンは学園に連れて行けないのでルイと留守番をしてもらっている。


 これから乙女ゲームの本編が始まるのかと思うと胸の辺りが騒がしくなってきた。アリスは確か、この世界でも珍しいピンク色の髪だったはず。学園に着いたらすぐに分かるだろう。


 もう一人の攻略対象はアルノルド。髪は茶色で普通だが、こちらも見れば分かるだろう。なんせ攻略対象だ、物凄いイケメンに違いない。


 表情が険しくなっていたのか、フィオナが心配そうに聞いてきた。


「お義兄様? 大丈夫ですの?」


「ああ、何でもない。ありがとう」


「そうそう、アレン様の秘書になるというお話は、お変わりないのですか?」


「ああ、そのつもりだ。授業以外は多分アレン殿下の近くにいるはずだ」


「昼食は、わたくしもご一緒してよろしいですか」


「お前が来てくれるなら心強いな」


 いつものように頭をポンポンと撫でてやると、フィオナは嬉しそうにしている。


 そのままフィオナと些細な話しをしていると、学園に到着した。


「ここが学園なのですね。楽しみですわ」


「新入生はまず体育館に集まるんだ」


「それでは一旦お別れですわね。お義兄様、また後ほど」


 フィオナは小さく手を振って体育館の方へ歩き出した。が、すぐに手を引いて連れ戻した。


「お義兄様? 忘れ物ですか」


「いや、体育館まで送っていく」


 フィオナに対する周りの男共の視線が怖い。下心丸出しだ。これは、アレンの婚約者だと早く周知させなければ……。


「ご機嫌よう。フィオナ様、体育館までご一緒しませんこと?」


 声をかけてきたのはスフィア・レイヴェルス公爵令嬢。ステファンの妹で、第二王子クリステルの婚約者。フィオナとは友人関係だ。


 フィオナは満面の笑みで応えた。


「スフィア様! ご機嫌よう。是非ご一緒させて頂きますわ」


「これはこれは、フィーではないか。太陽の下で見るその銀白の髪はまるで川のせせらぎの如く美しい。それに、制服姿はいつもと違って初々しいではないか」


「スティーヴ様もご機嫌よう」


 相変らずだなステファン。そんなことより……。


「外では愛称呼びはお互いにやめた方が良いぞ」


「妹なのだから良いではないか。なぁ? フィー」


「俺の義妹だ。決してお前のではない」


「クライヴ様の仰る通りですよ、お兄様。フィオナ様はアレン殿下の婚約者。アレン殿下のお耳に入ればどうなるか……」


 スフィアは相変わらずしっかりしている。ステファンもスフィアの言う事なら聞くらしい。愛称の件も素直に聞き入れた。


「では、そろそろ時間だ。スフィアもフィオナも行ってくると良い」


「はい。お兄様、クライヴ様、こちらで失礼致します」


◇◇◇◇


 フィオナ達と別れた俺とステファンは、二年生のクラスを確認しに掲示板までやってきた。


「クライヴやったぞ! 同じクラスだ」


「うわ、まじか……」


 ステファンは変なやつだが、決して嫌いなわけではない。一年生ではクラスは別々だった。度々ステファンが遊びに来るのだが、周りの視線が痛い。


 ステファンも攻略対象。それはもう顔が良い。泣きぼくろが色気を引き立たせ、女子からはクリステルと並ぶ程に人気だ。


『何故あんなのがステファン様の隣にいるの』


『魅力が下がるからあっちに行って頂戴』


 と、女子に罵られ、引き立て役Bにもしてもらえない有様。


『公爵子息に向かって何だあの態度は』


 と、男子からも難癖をつけられる。出来れば学園内では関わりたくない相手だ。


「クリステル殿下も一緒のクラスだ」


「キャラが濃いな……」


 だが、考えてみたら悪いことだけではない。攻略対象達の近くにいることは状況が把握し易い。ポジティブシンキングだ!


「あ、お嬢さん落としましたよ」 


 ステファンが御令嬢の落とし物を拾ったようだ。俺も振り返ってみる。振り返った瞬間、言葉を失った。


「……!」


「ありがとうございます」


 ぺこぺこと頭を下げる御令嬢。その髪は正にピンク!

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