第10話 魔法特訓②
数時間後。
「はぁ、はぁ……何故だ」
息を切らせながら、俺は地面に跪いた。そんな俺の背中をステファンがポンポンと優しく叩いた。
「休憩しよう。魔力切れ寸前だ」
あれから何度も試したが、一度も成功していない。
地面を凍らせようと下の方に意識を持っていったり、時には可愛いウサギや犬など、色々と想像を膨らませるのだが、どうしてか霙しか降らない。
「俺の才能はやはり皆無だな……」
「そんなことはない。湖を氷漬けにしたのはクライヴだ」
「元気を出してください。これだけ積もれば甘味料をかければ美味しくいただけそうですわよ」
フィオナ、なんてフォローの仕方だ。ツッコミどころ満載ではないか。
「クライヴ様、みなさま一旦お昼に致しましょう。準備は整っております」
いつの間にやら、ルイがパラソルの下に昼食の準備をしてくれていた。出来た執事だ。
ステファンも俺の背中を再びポンポン叩きながら優しい言葉をかけてくれる。
「他にも原因があるのだろう。空腹では良い考えも思い浮かばないしな、食事しながら一緒に考えよう」
「ありがとう」
フィオナもルイもステファンも、俺の周りには良いやつばかりで俺には勿体ない。
◇◇◇◇
パラソルの下、俺はサンドウィッチを頬張りながらステファンに聞いてみた。
「どうして俺は魔法が上手く使えないんだと思う?」
「二種類の属性があるということは、氷と風のそれぞれの魔力が体内に存在することになる」
「そうだな」
「本来、人は一種類の魔力しか有さないんだ。僕やフィーのように。そして、僕らはその魔力を全身に巡らせて放出するんだ」
「それで?」
「前例がないので、これは仮説でしかないのだが……クライヴの場合、魔力を全身に巡らせる過程で、それぞれの魔力が反発しあって効果を発揮できないでいるのかもしれない」
それって、一生魔法使えないじゃん。
あれ……? まてよ。
「でも、お前の魔力流してもらった時は出来たぞ」
「僕は水、クライヴは氷。元々は同じ水だ、相性は良い。きっと風よりも氷が優位になって成功したのだろう」
「そういうもんか」
「この仮説が正しければ、使いたい方の魔力を優位に立たせ、もう一方の魔力の抑え込みに成功すれば使えるようになるはずだ」
「魔法って奥が深いのですね」
「今まで発動さえしなかった風も吹かせてみたいな」
そう呟けば、ステファンが俺に言った。
「回復したら試してみるか? 何回もは無理だがな」
「おう!」
◇◇◇◇
「よし! 回復したぞー!」
昼食後、軽く昼寝をしたら元気になった。俺、子どもみたいだな。
特訓を再開したいところだか、一つ問題がある。氷の時のように風の原理が俺には分からない。そこで俺はステファンに質問した。
「風はどうしたら吹かせられるんだ? 物質とか関係なさそうじゃん」
「良い質問だ! 高気圧と低気圧は知っているかい?」
「なんとなく」
「気圧の高い高気圧から低い低気圧へ、空気が押し出されることで風が吹くんだ」
「へー。知らなかった」
ステファンは何でも知っている。さすが公爵子息。誰よりも努力しているのだろう。
「クライヴは直感でするより、物理的に頭の中で構築する方が上手くいくタイプだからな、これでやってみたまえ」
「おう!」
目を閉じて、気圧をイメージ。高い方から低い方へ、高い方から低い方へ……。
「ウィンド」
ヒュー……。
「出ましたわ! お義兄様、風がひゅって!」
魔法で具現化された風は、すきま風くらいのショボいものだった。だけど、七歳の頃から今まで一度も出せなかった風が出た。感涙しそう。
「フィオナー!」
「お義兄さまー!」
嬉しさのあまり、フィオナと抱き合った。
ルイも少し離れた所から、涙を流しながら音の出ない拍手をしている。
「一回で成功するとは、やるではないか! さすが僕の教え子だ!」
ニカッと爽やかに笑うステファンに惚れなおしそうだ。惚れたことは一度としてないけれど。
この勢いで魔法を自分の物にしていきたい。挙手をして、ステファンに質問する。
「はい、師匠! もっと使いこなせるようになりたいのですが、片方の魔力を抑え込むにはどんなことをしたら良いと思いますか?」
「うーむ……魔力を使う時に、今どちらの魔力が優勢か等は分かるのかい?」
「まだなんとも」
「そうか、試しにだが——」
◇◇◇◇
我が家の庭園の芝生で俺は座禅を組んでいる。
決して勉強や剣術をサボっている訳では決してない。いわゆる修行の一環だ。
『湖を氷漬けにした時の魔力循環の感覚は覚えているだろう? 魔力を放出せずに、一方の魔力を優位にしたまま、あの時のような魔力循環を維持し続けるのはどうだろうか』
と、ステファンに提案された。
『なるほど、理屈よりも体に覚えさせるってわけだな』
『そういうことだ。クライヴは氷魔法の方が得意だから、とりあえずそちらから出来るようにしていこう』
——という訳で、今精神統一中だ。
これが中々に難しい。少しでも他のことを考えると乱れてしまう。こういう時は座禅に限る。前世の修学旅行で座禅を初めて体験してからというもの、ハマってしまった。
邪魔されたくないので、誰も声をかけないように言っている。
「クライヴ様!」
「声をかけるなと言っただろ」
気が散ったことで、魔力が霧散してしまった。
「ですが、早目にお耳に入れた方が宜しいかと」
「なんだ? ルイ」
ルイが俺の邪魔をするような出来事とは、よっぽどのことなのだろう。
「明日、第一王子のアレン殿下がこちらに足を運ぶそうです」
「は?」
言っている意味が理解できない。
「アレン殿下が来るのです」
何度聞いても頭の中が“?”でいっぱいだ。
「何をしに来るんだ?」
「名目上、お茶会に参加したことへの御礼となっておりますが」
そんなことを王族がするものではない。ましてや、表舞台に中々出てこないとされているアレンだ。何を企んでいる……?
「明日はクライヴ様の御両親も同席なさるそうです」
「わかった、準備しておく」
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