第9話 魔法特訓①

 

 今日は久々の休日、フィオナと執事のルイを連れて湖でピクニックだ!


 天気も良いし、フィオナは今日も愛らしい。


「フィーはいつ見ても素敵だな。一日中見ていても飽きない。今夜僕のベッドで一晩中睨めっこでもしようではないか」


「そして何故お前がいるんだ! フィオナから離れろ」


 美辞麗句を並べてフィオナを困らせているのはステファンだ。


「良いではないか。せっかく出来た友人に向かって失礼ではないか」


「失礼なのはどっちだ!」


「良いではないですか。お昼は多めに持ってきたので、レイヴェルス公爵子息様の分もありますよ」


 ルイはにっこり笑顔でお茶を差し出した。


「わたくしがお誘いしましたの。実はスティーヴ様って魔法がお上手なんですって」 


「まさかの愛称呼び!?」


「この間屋敷に来た時に許したではないか」


 いや、そうだけど……まぁ、良いか。いちいち相手にしていたら疲れるだけだ。


 ちなみに先に言っておくが、俺より身分の高いステファンに敬語を使わないのは、こいつが自分から言ってきたからだ——。


『友人なのだから畏まった話し方はやめてくれないか。ありのままのクライヴで頼む』


 と、まぁそういうことだ。


「で、俺がお前に魔法を教われと、そういうことか?」


「そうだ。僕のことを師匠と呼んでくれたまえ」


「誰が呼ぶか」


「でもお義兄様、あと半年もしたら学園が始まるでしょう? 伸び悩んでいるお義兄様の力に少しでもなれたらと考えたのです」


 確かに、学園に入ってから困るのは俺だ。


 アレンから聞いた話によると、俺はどうやら“魔力属性二つ持ちの天才”と名が知れ渡っているようだ。


 理由は分からないが、アレンは俺に対して良い感情は持っていないとみた。あの様子では、本気で全校生徒の前で、お披露目会という名の拷問が始まりそうだ。


 何より、フィオナが入学した時に、落ちこぼれの義兄がイジメられている姿を見られたくない!


 こいつに教わるのは癪だが背に腹はかえられない。


「よろしく頼む。自慢じゃないがこの分野において、俺は一筋縄ではいかないぞ。何人も指導者が変わったが、どうにも出来なかった落ちこぼれだからな!」


「威張ることではないが、苦労しているのだな」


「お義兄様、スティーヴ様頑張ってくださいませ」


「良き友人を持ちましたね」


 こうして、フィオナやルイに見守られながら魔法の特訓を始めることになった。


◇◇◇◇


「まず、どのくらい出来るのか確認しておこう」


「おう!」


 集中、集中……氷をイメージして……コロンッ。


「どうだ!」


 笑いたければ笑うが良い。既に何十回も経験済みだ、もう傷ついたりなんかしないもんね。


「……」


 ステファンは顎に手を当てて考え込んでいる。


 どうして何も言わないんだ。ほら、傷ついたりしないから笑えって。傷ついたりなんて……やっぱり超ツライ。泣きたくなってきた。


「根本的なイメージの問題だろうな。すぐに出来るようになるさ」


「笑わないのか?」


「笑うわけないだろう。友人が頑張っているのだ」


 くそ! 実は凄く良いやつだったのか。ステファンは神なのか、本当は神だったのか? 今までアホだと思って散々罵って悪かったよ。


「師匠。俺はお前についていくぜ!」


「ついに僕の凄さが分かったのかな」


「ふふ、お義兄様ったら」


 ステファンは師匠と呼ばれたのが嬉しかったようだ。得意げな顔で改めて俺の方へ向きなおった。


「でだ、クライヴは普通に氷をイメージしているだけなのだろう?」


「そうだけど。イメージが大事って何度も言われてきたから」


「だから上手くいかないんだ。普通氷は何からどうやって出来るか知っているかい?」


「水が一定の温度を下回った時」


「正解。では、魔法から作られるその水はどこから来ると思う?」


 そんなこと考えたことも無かった。どこから……。


「勝手に出来るんじゃないのか?」


「この世界の物質量は魔法では増やせないんだ。次々と増え過ぎたらこの世界は維持できなくなるからね」


「なるほど。てことは……この世界にある物質を使って氷を作るイメージをすれば良いってことか」


「そういうことだ」


 おおー! これはいけるかもしれない。


「フィオナもそうやって水柱とか出してたんだな、すごいな」


「いいえ、わたくしは理屈とかよく分からないので、何となくでやっておりましたわ」


「そ、そうか……」


 確かに周りの指導者も『ぐぬぬ、ですよ』『こう、バーって感じで』って感覚でやってたな。やはり俺が変なのだろうか。


「まぁ、人それぞれ、深く考えるな」


「そうだな」


 変なやつだが、魔法に関してはステファンが一番まともな気がしてきた。ステファンに教わることで、皆無だと思っていた魔法の才能を開花出来るのではないかと俺は期待した。


 魔法が具現化される理屈は分かった。ただ、それを実践できるかが問題だ。


「通常、空気中の水分子を集めて具現化するのだが今日は初めてだからな、この湖の水を使おう」


「おう!」


 意気込んでいると、ステファンが向かい合う形で俺の両手を握ってきた。


「なッ、なんだ!?」


 つい思い切り手を振り払ってしまい、悲しい顔をされた。


 俺が悪いのか? 男からいきなり手を握られたら振り払うだろう。


「僕の魔力をクライヴに流して、魔力の循環を良くしておこうと思ったのだ。その方が習得が早いのだぞ」


「そういう事は先に説明してくれ!」


 一瞬バラを想像してしまった。仕切り直してステファンに頭を下げた。


「よろしく頼む」


「師匠に任せなさい!」


 目を瞑って両手を繋ぐ。手の平からゆっくりと全身に魔力が流れ込んでくるのが分かった。


 あー、こういうのマンガで見たことある。本当にやるんだな。


 どうせやるならフィオナみたいな可愛い女の子が良かったな。今なら何でも出来そうな気がしてきた。何なら歌を歌いながら氷のお城が作れそうだ。


 湖に手をかざし、湖の水を一気に冷やすイメージで……。


「氷結」


 パキパキパキパキパキパキ!


 ——なんか凄い音したんだけど。


「クライヴ!」


「クライヴ様!」


「お、お義兄様! 見てください! 湖が!」


「そんなに大きな声出さなくても聞こえて……ん? んな、アホなー!」


 ゆっくりと目を開けば、そこには信じられない光景が——湖全体が氷に覆われているのだ。叩いてみてもスケートリンクのようにカチカチだ。


「これほどとは。やはり、クライヴは天才なのだろうな」


「いやいやいや、今のってお前の魔力のおかげだろ」


 今まで小さな氷ひとつで苦労していたのに、ステファンの力借りたらこんなことが出来るなんて。ステファンは凄いやつだと感心していたら、ステファンに言われた。


「僕はほんの少し魔力循環の手伝いをしただけだ。クライヴの実力だな」


「お義兄様さすがですわ」


 そこまで言われると照れるな。


 フィオナがふと疑問に感じたようで、俺に言った。


「お義兄様、さっきの『氷結』ってなんですの?」


「自分の中でどうしたいか言葉に出した方がいける気がして」


 そう俺が応えれば、ステファンも頷いて言った。


「それは一理あるな。言葉には魂が宿ると言われているから」


 それにやっぱ魔法と言ったら呪文だよ。男のロマンだ!


「クライヴ、今度は一人でやってみようか。湖の水は全部凍ってしまったので、空気中の水分子を氷にするイメージで」


「お、おう!」


 目を閉じて、さっきの魔力の流れを思い出す。なんだかいけそうな気がしてきた。両手を前にかざして魔力を放出する。


「氷結」


 ピシャピシャピシャ——。


 ピシャ? 氷ってこんな音したっけ?


 目を開けるとそこには、雪と雨が混じった霙のようなものが降っていた。


「……」


「これは何ですの?」


「温度設定の問題かなぁ。それにしても、斬新じゃないか! 雨のように降らせるとは」


 ステファンは感心しているが、降らせようとはしていない。普通にその辺に大きな氷の塊を創り出そうとしただけだ。氷が降ってきたら普通に痛いからな。


 ステファンだけならともかく、俺はフィオナがいるのにそんな怪我をするかもしれない魔法なんて使うものか。


 それにしても一人でやると上手くいかないもんだな。


「もう一回挑戦だ!」

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