第11話 婚約の申し込み

 翌日。


「お義兄様、わたくし大丈夫かしら? 変じゃない?」


「ああ、お前は世界一美しいよ」


「まぁ」


 緊張していたフィオナが、頬をピンク色に染めた。


「アレン殿下がご到着されました」


 侍従の一人がそう言うと、屋敷の門が開いた。そして、王家の馬車からゆっくりと黒髪のスラリとした美少年が現れた。


「ようこそお越しくださいました。当主のアーサー・アークライトにございます」


 父に倣い、俺と継母、フィオナもお辞儀とカーテシーを行い出迎える。頭を下げているとアレンが言った。


「面を上げよ。出迎えご苦労。本日は茶会の礼と……話があって来たのだ」


「では、こちらへ」


 屋敷のサロンへ案内し、アレンと向き合う形で、父、継母、フィオナ、俺は席についた。


 緊張した面持ちで父がアレンに問うた。


「殿下、お話しと言うのは……」


「ああ、単刀直入に言う。そこのフィオナ嬢に婚約を申し込みたい」


 アレンの発言に皆口々に、驚嘆の声を上げた。


「なんと!」


「あら、まぁ!」


「え? わたくし?」


 俺も驚いた。クリステルの婚約者にならずに済んだと安堵していた矢先にこれだ。


 どうにもこのゲームはフィオナを悪役令嬢に仕立て上げたいらしい。


 さて、どうするか……。


「恐れながら殿下、義妹をどうして婚約者に?」


「茶会でのフィオナ嬢の様子を拝見したが、見目麗しく、気品もあり、恥じらう姿も愛らしい。これぞ淑女。アークライト伯爵の娘ということは見聞も広いのであろう。是非私の妃にしたい」


「左様でございますか。ですが、義妹はまだ外の世界を知らない、子ども同然です。ご決断するには早いかと」


「これから知っていけば良い。私が何でも見せてあげよう。伯爵はどうお考えですかな?」


 アレンが父に話を振ったので、父が応えた。


「身に余るお話しですが、私は娘の意見を尊重したいと考えております」


 父頑張れ! 父もフィオナ大好きだからな。心の中は荒れ狂っているに違いない。


「伯爵、少々娘さんと二人きりで話がしたいのですが宜しいですか?」


「ちょっ…‥殿下であろうと結婚前の淑女と二人きりになるのは如何なものかと」


 俺は必死で抗議したが、それを制止したのはフィオナだった。


「わたくし、アレン殿下と話して参りますわ。わたくしの気持ちをしっかりと伝えて来ますのでお義父様もお義兄様もご安心下さい」


「フィオナ……何か変なことをされたらすぐ叫ぶんだぞ」


 不本意ながらも、俺と両親は隣の部屋に待機することになった。



◇◇◇◇


 隣の部屋に移った俺たちは口々に話し出した。


「父上は良いのかよー、フィオナを殿下と二人きりにして」


「良いわけないだろう! 私の可愛いフィフィに妙なことをしたら殿下であろうと許さんぞ!」


 父は屋敷内ではフィオナの事をフィフィと呼び、溺愛している。


「ふふ、あなた達はフィオナが大好きよねぇ」


「当たり前だ! うるうるの瞳で初めてパパと呼ばれた日の事は一生忘れん! お前は忘れたみたいだがな、クライヴ」


 何故か自分の息子に対してマウントを取ってくる父。そのドヤ顔はやめてくれ。


「俺なんて風邪引いた時にフィオナに『あーん』してもらったんだから」


「なっ!? クライヴてめぇ抜け駆けしやがって。私も今すぐに風邪を引く!」


「馬鹿は風邪引かねーんだぞ」


「父親に向かってその態度はなんだ!」


「あなた、馬鹿かどうかは置いておいて、わたくしと結婚してから一度も風邪を引いたところを見たことがありませんわよ」


「そ、そうか?」


 継母は少し天然なのだろうか。フォローなのか援護射撃しているのか分からないことが良くある。


 最初こそ緊張したり畏まっていたが、今では父と俺は軽口を叩き合う仲だ。


 時に喧嘩に発展し、それをにこやかに見守る継母にオロオロとしているフィオナ。意外と家族仲は良好だ。


「それにしても大丈夫だろうか。フィフィがアレン殿下と婚約すると言ったらどうしたら良いのだ」


「父上はどうして反対なんだ? アレン殿下と婚約したら伯爵家は安泰だろう。政略結婚には最高の相手じゃないか」


「それはそうだが……王城に行くことになるのだぞ」


 当たり前だ。相手は王子なのだから。王城に何かあるのだろうか。


 父が真剣な表情になったので、俺もつられて背筋がのびる。


「現国王陛下はな、娘が欲しいのだ」


「は?」


「第二王子が誕生してから次の子は授からんでな。常日頃から娘が欲しいと言っておるのだ」


 それで何故結婚を反対するのだろうか。


 父が続けて言った。


「きっとフィフィは歓迎され寵愛されることだろう。そうしたら、あの陛下に我が物顔で自慢されるのだぞ! 腹立たしいにも程がある」


 父は陛下と仲悪いのかな。仕事中は大丈夫なのか心配になる。


 継母が心配そうに困った顔で言った。


「冷遇される家に嫁ぐよりは良いわよ。安心だわ。ただ、王位継承権争いに巻き込まれるのは厄介よね」


「え? 次期王はクリステル殿下ではないのですか」


 ゲームでは、ハッピー、グッド、バッド、トゥルー等様々なエンドがある。


 俺は後輩からクリステルルートを熱心に語られたので、このルートのことは何となく覚えている。クリステルルートのどのエンドでもクリステルが王になっていたし、派閥争いは聞いたことがない。


 転生してからも第二王子がいずれ王位を継ぐのだろうと噂されていた。だから、どのルートでも自動的に王になるのはクリステルなのだと勝手に思い込んでいたが違うのだろうか。


「そりゃ、王位継承権第一位はクリステル殿下だがな。陛下はどちらにもチャンスを与えておるのだよ。その中でも妃選びは重要だ」


「将来は公務を協力して行うようになるしな」


「そうだ。民からも信頼されなければならないし、外聞も大切だ。フィフィは丁度良いのだろうな」


「なんか駒扱いされているみたいで嫌だな」


「そうね。でもそれが貴族令嬢というものよ」


 継母も一度目の結婚では、家の繁栄の為に政略結婚したらしい。元夫はフィオナが産まれてすぐに、馬車の事故に遭い亡くなったが、色々苦労してきたんだろうな。


 俺の父とは、まさかの恋愛結婚だそうだ。父の一目惚れで、父曰くビビビと来たらしい。まぁ、超絶美人だからな。


 押しに押しまくった結果、結婚までこぎつけたと言っていた。そのおかげでフィオナと義兄妹になれたので父には感謝だ。


「でもね、アレン殿下と婚約するということは、せっかく出来た友人と敵対関係になるということでしょう? 不本意よね」


 そうだった。クリステル殿下の婚約者はスフィアだ。


 将来的にはどちらかの王に従い、協力関係になるのだろうが、王位が継承されるまでは敵対関係になるということだ。


 初めて出来た友人と敵対なんて辛すぎる。


 相手が王子でなければ、すぐにでも退場してもらうところだが。


 フィオナ、今何を話しているのだろうか——。

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