罠
そういうわけでクルトがとった作戦は非常に簡単でわかりやすいものだった。
人の言葉を理解し、手が生えたことで道具すら扱えるようになったスライムをカステーン大公爵の館に忍び込ませる。ただそれだけである。
証拠自体の在り処はわかっているが、それを使われた際のカステーン大公爵の切り札を使われること。これが一番の問題だったのだから。
その点、軟体のスライムだと気づかれずにカステーン大公爵まで近づくことができる上に隙を見てその切り札を奪うことすら可能であろう。
もし万が一のことがあったとしてもスライムはどこにでもいる魔物である。
このことからクルトへ追及することはまずできないのだ。
クルトが不敵に微笑んでいるとユナが不思議そうに首をかしげる。
「何か楽しいことでもあったの?」
「いや、ようやく一番の悩みの種が消えてくれそうだなって思ってな」
「クルト様にも悩みがあったんだね」
「どういう意味だよ?」
「私たちにもしっかりアドバイスをくれるから悩みなんてないのだと思ったよ」
「そんなことあるはずないだろ。俺も常に悩んで最適解は選べないかもしれないけど、それでも後悔しない道を選んでるんだ」
「なるほど! 後悔しない道だね。うん、それなら私もやりたいことがあるかも」
ユナがようやく自分の進むべき道を見定めたようだった。
「私、料理屋さんがしたいかも」
「あのな、人には向き不向きというものがあるんだ」
「さっきと言ってること、変わってない? 後悔しない道を選べって」
「ここで全力で止めないと未来の俺が後悔するからな」
「何を言っているのかわからないよ? 私、料理を作るのは好きだから」
「作るのが好きと食べられるものを作ることは似てるようでまるで別だ」
あれだけの大惨事を生み出したこと、もう忘れてしまったのだろうか?
そもそもユナがまともに料理をしている姿なんて今までろくに見たことがなかった。
「そ、そんなことないよ。こう見えても私の料理は本当はおいしいんだからね。明日には使い慣れた食材で料理を作ってあげるからまっててね」
いや、いらない。
そうクルトが言おうとしたのだが、それよりも早くユナは走り去っていったのだった。
◇◇◇
――終わった……。俺の命が……。
あれだけ気合の入れているユナを止めることは誰にもできないし、なぜか料理を作るはずなのに街の外へと駆け出して行ってしまうし、でどれだけ好意的に見たとしてもうまくいく光景が想像できない。
失敗する光景ならいくらでも想像がつくのに……。
「あの、どうかされましたか? 確かに勇者様が料理をされるのはあまりないことかもしれませんが、まったくのゼロというわけではなくてですね。例えば上級勇者であるバルド様なんて自分が料理をする時間を作りたいがために勇者の任を受けたとか」
ほかの勇者の中にはしっかりと料理を作れるものもいるようだった。
でも、それがユナには当てはまらない。
――そういえばメリアはユナの料理を食べていなかったんだな。
一度でも食べたことのある人間ならそんなことはとても言えないだろう。
でも冷静に考えてみるとメリアこそ適任かもしれない。
聖女で炊き出し等もよく行っているはずだ。
イルマと違いさぼったりとかはしていないだろう。
それならばまともに料理を作れる可能性がある。
「メリア、もしかしてお前って食える料理が作れるか?」
「食べられない料理なんて初めて聞きましたよ?」
メリアが不思議そうに聞き返してくる。
「そう思うのならユナについてやってくれないか? 時々でいいから」
「そのくらいでいいのでしたら、畑の合間に確認させていただきますね」
メリアが快く引き受けてくれたことで、クルトは肩の荷が一つ降りていた。
ただ、それもあくまでユナの真実を知るまでの間だろうが――。
◇◇◇
翌日、メリアは青白い顔をしてクルトの前へとやってきた。
「……あれは食べ物ではないです」
「本人がいうには料理らしいぞ」
「あれは農家のみなさんへの冒涜です……」
ひどい言われようではあるがそれも実際に食したが故の言葉だった。
当然ながらクルトもその意見に賛成である。
「俺たちだとろくに料理をしたことがないからな。そこで料理経験に豊富なメリアに頼んだわけだ」
「私、炊き出しで切ったりすることはしてましたけど、普通の料理しか作ったことないですからね」
「その普通の料理を作れるように――」
「あきらめることも大事なんですね」
悟ったような表情を見せてくる。
さすがにこの状態では何を言っても仕方ないだろう。
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