農業聖女の苦難

 王都にある教会。

 突然神官長に呼ばれた聖女メリアは不思議そうな表情を浮かべていた。



「アントナー領の調査……ですか?」

「いえ、浄化です。この領地に魔王の痕跡があるようなので人々を救ってあげてください」

「その言い方だとまるで死が救済のように思いますが?」



 メリアの言葉に神官長は答えずに笑みを浮かべる。

 断定せずに仕草のみで肯定する。間違いがあれば何も言ってないというのは上に立つものの上等手段である。


 そして、教会に使える聖女。

 それも見習いの次に立場は弱いメリアには断る術はない。


 そもそも聖女とは聖魔法に特化した少女が選ばれるもので、魔族に特化した能力を持ち、勇者と共に魔王討伐を目指すのである。


 ただ、メリアは確かに聖魔法を使えるが回復魔法の適性は低く、せいぜい軽い擦り傷を治す程度のものである。

 それよりも作物の成長を促進することに聖魔法を使う方がずっと得意であった。


 そもそも勇者の神託は聖女なら誰でも与えられるものではない。

 教会で必死に祈り、奉公活動に従事したものだけがその神託を得ることができるとも言われている。


 しかし、奉公活動の辛さから適当に勇者認定する者が後を経たずに数多もの偽勇者が誕生してしまった。

 勇者を任命した聖女には使命があるために奉公活動が免除されるのだ。


 これが聖女より立場が上の神託聖女であった。

 本当に神託を得られるのは真なる聖女ただ一人なのだが――。


 それでも教会の権威が落ちないのは過去に真なる勇者が大聖女、賢者、剣神と共に魔王を倒したという逸話が残っているからだった。


 真に危機が迫った際には、本当の力を持つ彼らが現れると信じられているのだ。


 ただ、いつ現れるともしれない人物に金を垂れ流すわけにもいかず、勇者認定されたばかりの見習い勇者には碌な装備や金も与えられなくなってしまった。


 見習い勇者のユナが碌に金も持たずに木の棒だけで旅をしていたのはそれが理由でもあった。



「すでに見習い勇者すらもその毒牙にかかって消息がわからなくなっている。誰かが行かねばならんのだ!」

「……わかりました。勇者様の消息を探して参ります」



 メリアはため息混じりに頷く。

 勇者は自身の腕を磨くために奔放の旅に出る。

 そして、勇者の力が覚醒し、真に聖なる力が必要になった際に真なる聖女の前に現れる。というのが言い伝えである。


 実態は有能な力を持つ勇者なら最初から聖女は旅に同行して粉をかけておく。

 そうでない勇者は放逐される。


 もちろん勇者自身はそのことを気づいていない。

 自身を勇者だと信じて疑わずに旅に出て、その道中で命を落とすのだ。

 稀に生き延びてそれなりに力を付けるものもいるが、それでも真なる勇者には至らない。


 ある意味勇者の任命は処刑宣告にも等しいのだが、そのことに大多数の聖女たちは気づいていない。

 見ないようにしていると言っても過言ではなかった。


 メリアはそのことを疑問に思っている聖女の一人である。

 だからこそ歴はそれなりに長いにも関わらずに神託聖女とならずにただの聖女として奉公活動に勤しんでいるのだ。

 本人の回復適性が低く、自身が真なる聖女でない、と認識していることも大きいだろうが。


 ある意味教会の上層部はそれを疎ましく思ったのかもしれない。



――これってどうみてもその領地を滅ぼせって命令ですよね?



 やりたくない仕事ではあるが、ここで断ってしまうと聖女の立場を追われてるかもしれない。

 ただ追われるだけならいいのだが、追放された聖女の行く末は決まって、盗賊に襲われて全裸で川に流されていました、的な結果になることが大多数である。


 生き延びたとしても恐怖のあまり碌に口も聞けなくなっている。


 神官長からの依頼はある意味拒絶不可能の依頼でもあったのだ。



「大丈夫ですよ。あなた一人では厳しいと思って、優秀な方々をお呼びしていますから」

「えっ?」



 神官長が笑顔を見せるとその後ろから男たち三人が現れる。

 教会には相応しくない武器を手にした者たちで、メリアのことをなめ回すように見てくる。



「おい、話が違うだろ? こんなちんちくりんを連れ回すなんて!」

「ちんちく……!?」



 突然吐かれた暴言にメリアは驚きのあまり声を詰まらせる。



「話していた相手はアントナー領にいる方々ですよ。メリアは曲がりなりにも聖女ですから手出しは厳禁です。もちろん聖女じゃなくなった場合はかまいませんが」

「……そういうことか。わかった。金はたんまり貰ったんだ。この仕事、引き受けよう」

「あ、あの、神官長。この方々は?」



 嫌な予感しかしない相手ではあったが、恐る恐る神官長に確認をする。



「この方々は勇者様パーティーですよ。最近、魔族の領地を一角落としたという」

「ひっひっひっ、あれは楽しかったな。もっと悲鳴を聞きたいぜ」



 どうみてもその表情は盗賊のそれである。

 しかし、教会が勇者として認めている以上、その行為は全て正当化されているのだろう。



「えっと、私一人で行くというのはダメなのですか?」



 身の危険すら感じる面々であったので、そう提案してみるが神官長は首を横に振って笑顔で答える。



「これはあなたの身を守るためなのですよ。聖女様のお身体は何よりも大事でありますので」



 神官長の笑みが急に嫌らしいものに感じられたのだった――。



 その笑みを見てメリアは理解する。

 自分は人柱にされてしまったのだと……。




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