危機的状況

 食事のあと、クルトたちはユナの仕事を探して領内を回ることにした。



「貧しいながらも皆、協力して働いてくれてるんだ」



 まだまだ領主としては信用されていないが、それでもクルトが声を掛けるとぎこちないながらも話してくれるようになっていた。


 ちょうど畑に農家のカミルがいたので、声を掛けてみる。



「何か困ったことはないか?」

「これはクルト様。それが最近たまに魔物が畑を荒らしまして……」

「……わかった。なにか対策を取れないか考えてみよう」



 護衛兵が全員居なくなった影響はこんなところにまで出ているようだった。

 そもそも通行費を取るのならある程度、街道の安全を保証すべきである。


 しかし、そこまで手が回らずにそれどころか領民の生活に直結し、更に税収にも関わる畑にまで被害が出ている。


――これは早急に動かないといけないな。


 そう考えているとユナが自身の胸を叩いていた。



「よし、ここは私の出番だね。サクッと魔物を倒してくるよ。あいたっ」



 突然とんでもないことを言い出したので、クルトは慌ててユナの頭を小突いていた。



「できそうもないことを言うな」

「で、できるよ!? こう見えても私は勇者……見習いなんだから」

「しょせん見習いなんだろう? 魔物は倒したことがあるのか?」

「うっ……。の、脳内でなら……」

「余計なことは言わない。やめておけ。お前にまだこの辺りの魔物は無理だ」



 おそらくはレベル1であろうユナ。

 倒せる魔物はおそらく王都周辺の魔物くらいだろう。

 更に仲間がいて初めて倒せるくらいだ。


 やりこみで一人旅をするような人もいるが、それはかなり特殊な例で相当レベルをあげてからストーリーを進めることとなる。


 間違っても木の棒を持って初期レベルで一人旅をするものではない。


 死んだら終わりの現実でそこまで縛りプレーをする理由がまるでなかった。



「とりあえず傭兵に依頼ができないか、ニクラスに聞くしかないな」

「で、でも、依頼をするだけのお金が――」



 カミルが不安げに言ってくる。



「それはお前が気にする必要はない。領地の安全を確保するのは領主の仕事だ。俺が兵の仕事を傭兵に頼むのだから金は俺持ちに決まってるだろう?」

「い、いいのですか? この畑は私の畑なので……」

「その分、美味い作物を作ってくれ」

「わかりました! 丹精込めて作らせていただきます」



 カミルが最後に満面の笑みを向けてくる。




◇◇◇




 先ほどのカミルの頼みを果たすためにクルトたちは傭兵協会の支部へとやってきた。


 いつ倒壊してもおかしくないボロボロの建物は閑古鳥が鳴いており、禄に掃除もできていないのか扉を開けた瞬間に埃が襲いかかってくる。



「んっ、誰だ?」



 傭兵協会のニクラスはテーブルに足を乗せ、昼間にも関わらずに酒を煽っている。

 しかし、扉が開いた瞬間に鋭い視線を向けてくる。



「ここは……さすがにすぐには変わらないか」

「クルトか。さすがによそから移動してくるにも日にちがかかる。更にまともに依頼がないこんなところに来てくれる物好きが果たして何人居るか……」

「そうか……。依頼のことで相談したかったのだが――」

「そういうことなら早く言え」



 ニクラスが足を降ろすと真面目な表情を見せてくる。



「それで依頼はなんだ? ドブ掃除か? ネズミ退治か? 薬草採取か? まさか捜し物とかか?」



――それって最下位ランクの依頼じゃないか?



 傭兵になったばかりの見習いが依頼の感覚を掴むためにやる依頼と言われており、基本的に掲示板の残されているものである。


 ゲーム内だとそういった依頼があることは説明されたが、実際に依頼として受けられるのは討伐依頼からだった。



――まさかそんな依頼が望まれるとは……。



 ニクラスの予想外の反応にクルトは困惑していた。



「今日の依頼は違うものなんだが、そういったものも依頼した方がいいのか?」

「そうだな。傭兵は依頼がないと生きていけない。確実にその日過ごせる恒常依頼があると安心して来やすくなるんだ」

「わかったよ。そういうものも考えてみる」

「それで、そういったものじゃないとなるとどんな依頼をしようとしたんだ?」

「カミルの畑を襲う魔物の調査と討伐を頼みたかったんだ」



 ニクラスがため息を吐くとたばこに火をつけていた。



「さすがにそのクラスの依頼は受けてくれる奴がいないだろうな」

「……よそからも厳しそうか?」

「金次第だが、今までの悪評があるからな。通常の倍出しても受けてくれるかどうかだな」

「悪評……か」

「とりあえず魔物相手なら罠を仕掛けて様子見するのがいいだろうな。それよりもお前に良くない情報を教えておこう」

「……あまり聞きたくないな」

「そう言うな。これも対策が必要なことだからな」



 トラブルが起きすぎて嫌になってくる。

 ため息を吐いたクルト。



「それで何があった?」

「盗賊たちにもこの領地に兵がいないことを知られた。いずれ金目のものを狙って襲ってくるぞ」

「はぁ……、まぁそうなるよな」

「それと別に教会がアントナー領の領主は魔族と契約した裏切りものだと発表した。勇者と聖女を複数派遣するらしいぞ」

「なるほどな……」



――おそらくこれはカステーン大公爵の策略だろうな。



 彼の子飼いを全て追い払ったことで目障りに思われてしまったのだろう。



――俺の方も動く必要がありそうだな。



 ただ、そのためには今回の攻勢を防ぐ必要がある。



「……手が足りない」

「わかっている。一応俺の方でも何人か心当たりを聞いている。お前の方でも聞ける奴がいたら聞いてくれ」



――俺が聞ける相手……か。イルマくらいしかいなさそうなのだが。

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