薬草料理
さすがにこの領地へくるまで歩きっぱなしだったらしく、今日のところはゆっくり休んでもらうこととなった。
館に部屋を用意してそこに泊まってもらうこととなった。
「わーっ、ふかふかのベッドだー。やわらかーい」
嬉しそうにベッドで飛び跳ねるところを見るとただの子供にしか見えない。
「別にいたって普通のベッドだぞ?」
「今まで土の上に葉っぱを敷いただけだったから……」
苦笑を浮かべながら言うユナ。
まともに食事を取ることもできないほどなのだから、ほとんど野宿をしていたのだろう。
木の棒しか持っていない女勇者がよくそれで無事に旅ができていたと感心してしまう。
よほど運がよかったのだろう。
「とりあえず今日からはここがお前の部屋だから好きに使うと良い。明日からはどんな仕事ができそうか一緒に考えるぞ」
「うん、ありがとう。頑張るね」
◇◇◇
翌朝、いつものようにクルトは爆発音で目が覚めていた。
ただ、普段ならもっと心地よい音なのだが、今日はなぜかすぐ近くで鈍い音が響いていた。
「な、なんだ!? なにが起きたんだ!?」
慌てて飛び起きるクルト。
するとどこかすぐ近くから焦げくさい臭いが漂っている。
「か、火事か!?」
慌てて廊下に飛び出すとどうやらこの臭いは厨房の方から漂っているようだった。
「大丈夫か!?」
厨房へ向かうとそこにいたのは、困った顔をした料理人たちと料理をしているユナだった。
そして、この臭いはユナが作っている料理から漂っているようだった。
「あっ、クルト。おはよう」
「……な、なにをしてるんだ?」
「見ての通りだよ?」
「誰か毒殺でもするつもりか?」
「あははっ、朝から冗談が上手いね。どこからどう見ても料理だよ。もう少しでできるから待っててね」
――もしかしてこれって俺が食うのか?
料理人に助けを求める視線を送るが、彼はそっと目を背けていた。
どうやらクルトを助けてくれる人はここにはいないようだった。
「せめて食えるものを出してくれよ……」
「大丈夫だよ。私も食べるから」
「それは大丈夫と言えるものなのか?」
「毒じゃないってわかるよ?」
――毒じゃなくてもマズいものはマズいんだが?
せめて今だけ変な臭いがしてるけど、食べてみたら美味いということを期待するしかなかった。
しかし、そんな期待は一瞬で打ち砕かれる。
他ならぬユナによって――。
「できたよ。ほらっ、ちゃんと食べられそうでしょ」
目の前に置かれた料理は熱々のスープと思われる何かだった。
緑色をしている上に臭さはそのままでぐつぐつと煮えたぎっている。皿に盛られているはずなのに。
更に液体のはずなのに妙にドロドロとしているし、他に具材が入っていない。
「食える……のか?」
スプーンで実際に突いてみるが、どうにも食欲がわかない。
「もう、ちゃんと食べられるよ」
「しかしな……」
クルトが渋っていると珍しくイルマが食堂に現れる。
「あっ、ちょうどご飯の時間なんだ。ボクももらって良い?」
「俺は良いから食うと良い」
目の前に置かれた皿をイルマの方へと送り込む。
するとイルマは全く気にすることなく毒とも思える料理を即口にしていた。
「これは中々刺激的な料理だね。舌がピリピリ痺れて中々おいし……がはっ」
イルマがそのまま意識を失っていた。
「お、おい、大丈夫か!? や、やっぱり毒じゃないか!?」
「そんなことないよ? こんなにおいしいのに……」
ユナは一人、気にすることなく毒スープを飲んでいた。
「しっかりと薬草たっぷり入れたから体にはいいんだよ」
「こ、これは薬草じゃなくてただの雑草……」
辛うじて意識を取り戻したイルマが呟く。
「体にはいいんだよ?」
「とりあえずユナは料理禁止な。ユナが良くても周りに被害が及びかねない」
「えっ?」
驚きの表情を浮かべるユナだったが、イルマへの被害を考えると当然と言えるものだった。
◇◇◇
カステーン大公爵は教会へと足を運んでいた。
その表情は険しいものだった。
それもそのはずでたかがアントナー子爵に何度も煮え湯を飲まされているのだ。
直接の影響はないもののここまで足蹴にされたのは初めての出来事だった。
教会では神官長が出迎える。
「これはこれはバルミット大公爵様。わざわざ来ていただかなくてもこちらから出向かせていただきますのに」
「いや、いい。
カステーン大公爵が言っているのは誰にも言えないような秘密の話をするための隠し部屋のことだった。
「ではこちらへ来てください。すぐに案内しますね」
神官長が先に歩いていく。
そして、本棚に見える隠し扉を開くと少しほこりっぽい隠し部屋が現れる。
明かりをつけたあと、一つだけポツンと置かれたテーブルに向かい合うように座る。
「それでどうかされたのですか?」
「……アントナー子爵が魔族に誑かされている可能性がある。調べてくれ」
具体的なことは何一つ言っていないが、ようは魔族に加担した罪を裁くために聖女や勇者を派遣して、アントナー領を滅ぼしてくれ、と依頼しているのだ。
それを聞いた神官長は少し迷った様子で
「最近、教会も金銭が少なくあまり人員を割けなくて……」
「これでいいんだろ?」
カステーン大公爵は袋いっぱいに詰まった金貨を神官長に渡す。
「おぉ、これほどの寄付を。これだけ徳を積んでいただけるのなら神はバルミット大公爵様に微笑むでしょう」
神官長はにっこりと微笑み、その袋を懐にしまっていた。
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