領民会談

「ほ、本当に税率が下がるのですか? 見かけだけじゃなくて?」



 信じられない、といった口調で聞いてくる農家のカミル。


 そんな疑惑を持つのも当然である。

 何せ70%になったときも「税が高い分、しっかり生活を保証する」とか言っていたのだ。


 当然ながらそんな言葉は守られることがなかった。


 それどころかアントナー領から出て行こうとすると膨大な税が課せられるようになったのだ。


 それのせいで領地から出ることもできずにまともな生活が送れないほどの税を取られるようになったのだ。

 しかもそれが全て領主の私腹を肥やすために使われているとなると領民たちの怒りはもっともな話である。


 街の出入りに膨大な税がかかるために行商がほとんど立ち寄らなくなり、結果的に領内の商会長であるベンヤミンが領主のために大量の商品を仕入れることとなった。


 ある意味、クルトの両親から賄賂金を受け取っていた人物とも言える。


 そんなベンヤミンはヨルダンの怒りを窘め、新しく領主となったクルトのことを見定めようとしていた。


 以前の領主同様に自分を儲けさせてくれる人物なのかどうか――。


 一方のヨルダンは増税により一番被害を負った人物であった。

 まともな素材が仕入れられなくなった上に、それを取りに行くために街の外へ行こうとすると通行税を課せられる。

 しかも毎年膨大な額の人頭税を払わないといけない上に施設使用料としても更に莫大な金額を払わされていたようだ。


 もちろんそんな金は持っていないがために隠れて取りに行く必要があるのだが、それを取り締まるためだけに護衛兵が巡回していたのだ。


 たくさんの職人が捕まり、犯罪奴隷として売られていった。

 その結果、まともに残されたのはヨルダンただ一人。


 この領地でもっとも貴族に恨みを持っている人物である。

 たとえ代替わりしようと貴族はしょせん貴族。


 もしこの場にクルトと二人きりであったなら間違いなく彼に飛びかかっていただろう。

 だからこそクルトの減税という言葉を一番信じられないのも彼であった。


 そのことをすぐさま見抜いたクルトはまず彼を説得するところから始めるのだった。



「どうせまた言葉遊びで税という名前を使わずに金を取ってくるんだろ?」

「いや、そういう面倒なものはなしだ。一律40%。これには人頭税や地代、施設使用料、教会税など今まで分かれていた税を全て含んだ金額だ」

「ほ、本当にその金額で良いのですか?」



 カミルが信じられなさそうに聞いてくる。



「もちろんだ。むしろ今まで苦労を掛けさせて済まなかったな」

「い、いえ、そ、そんな……。私たちこそ突っかかるような真似をしてしまい申し訳ありません……」



 カミルはすぐに信じたようだったが、ヨルダンはまだ腕を組み、クルトに鋭い視線でにらみつけていた。



「これからに関してはそれでいい。しかし、今までのことはどうなるんだ?」

「お、おい、ヨルダン!?  今までのことはクルト様とは関係ない……」

「いや、こいつの両親がしでかしたことだ! そのせいでいったい何人の職人が犠牲になったと思ってるんだ!」



 ヨルダンは声を震わせながら叫ぶ。



「奴隷として売られた……だったな?」

「あぁ、そうだ。そいつらのことはどうするんだ!」

「済まない、としか言えないな。俺がもう少し早く領主の地位に就ければよかったのだが……。過ぎたことは変えられないからこそ、一つだけ約束する。売られていった職人が見つかればこの領地へ戻れるように尽力する。今はこれだけしか約束できない」



 一応国の法律として犯罪奴隷だとしても、人としての最低限の生活を保障することが義務づけられている。


 しかし、これはあってないようなものだ。

 貴族の中には奴隷を弄ぶことを趣味としている奴もいる。


 だからこそクルトは断言することはできなかった。


 ただ、ヨルダンは目を瞑り、震える手を握りしめ、一言呟いた。



「もしその職人がまだ奴隷商に高額で売られていたとしたらどうするつもりだ?」

「買い戻す。額は問わない」



 今ならば特に良い装備カステーン大公爵のプレゼントがあるために懐にはまだ余裕がある。

 無駄遣いをするつもりはなかったが、これはクルトが領民から信用されるために必要な金でもあった。



「わかった。全てを信じることはできないが、あんたなら信じる……、いや、信じたいと思った。今までの無礼、すまない。気に障ったのならこの老骨、いくらでも罰してくれ」

「気にするな。お前にはこれから頑張ってもらわないといけないからな」



 軽く肩を叩くとヨルダンは顔を伏せ、目を腕で覆い隠していた。




◇◇◇




「クルト様、私めの場合はどのようになるのでしょうか?」



 改めて聞いてきたのは傭兵協会のニクラスだった。

 自由人たる傭兵は通行税や依頼料の一部を税として支払っていた。


 その通行税がとんでもない額になっているために今ではニクラスは閑古鳥が鳴く建物で酒を飲むだけの毎日であったが――。



「そこは商人と同じだな。通行税自体はなくせない。ただ、その額を減らすことで対応しよう」



 本当ならなしにしても良いくらいなのだが、それもやはり周囲の貴族たちの反発を受けかねない。

 少額でもいいが完全に廃止するわけにはいかなかったのだ。



「一人あたり銀貨一枚で様子を見ることにする。今までの封鎖的な状況からより活性化していきたいからな」

「かしこまりました。その旨を傭兵協会の本部にも通達させていただきます」



 一礼をしてあっさり引き下がる。

 少しだけ面倒そうな表情を浮かべたのは、これから待ち受けているであろう忙しい日々を想像したからだった。



「あの……、それでは私以外の商人が多数押し寄せることとなるのですが……」



 通行税減額に反対をしたのはベンヤミンである。

 彼からすればアントナー領での商売を自分に集約させたかったのだろう。


 しかし、それではいくらでも高い値段をつけられることに他ならない。


 両親とズブズブの関係でもあったためにここは厳しくする。



「それが何か問題があるのか?」

「えっ!?」

「そこを勝ち抜いてこその商人じゃないのか? 信用が命の商人。今まで培ってきたそれで十分に戦えるだろう?」

「そ、それはそうですが……」

「それともなんだ。今まで俺の両親に色んなものをかなり高額で売っていたことを皆の前で話せば良いのか?」

「や、やめてください。そんなことをされては商売が――。あっ……」



 慌ててクルトの口を塞ごうとするベンヤミン。

 しかし、クルトの前にヨルダンやカミル、ニクラスが立ち塞がる。



「なんだ、お前も共犯だったのか?」

「領主様を傷つけるのは許しませんよ」

「これでも一応傭兵だからな。それらしいところを見せないとな」



 クルト側の人間は誰も反応ができなかっただけに、意外とこの領地の民は優秀なのかも知れない、と思わされる出来事であった。


 そして、ガックリと膝をついたベンヤミン。

 さすがにアントナー領で商売を続けることができなくなり、ひっそり逃げようにこの街を去って行ったのだった――。

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