落とし物
イルマが護衛兵長たちを吹き飛ばしてくれたおかげで、臨時報酬が入ることとなった。
「どうしてこんなに良い装備を持ってるんだ?」
「結構重たいのですね」
護衛兵たちが落としていった剣をメイドが拾おうとしていた。
しかし、思っていたよりも重たかったのか両手で持とうとしていたが、まるで上がっていない。
「あまり無理をするな。ゆっくり運んでいけばいいからな」
「それにしてもこんなに良いものがどうしてたくさん落ちていたのですか?」
「きっと誰かが支援してくれたんだろうな」
武器や防具はそれなりに高い。
全ての武器や防具を揃えようとするとそこそこの家が買えるほどである。
だからこそ家に武器がない兵は領主などに借用するのだ。
あまり良くない剣でも金貨で十枚ほど。
普通に使える剣なら金貨百枚は必要になる。
兵士にそんな高価なものは用意できるはずがない。
もちろん高位の貴族や国に仕えている騎士などは別であるが。
では、アントナー子爵家はどうかというと『高い武器は必要ない。腕でカバーしろ』という方針を出して、装備に金を使わなかったようで、ただでさえ安物の武器が整備すら禄にされていなかった。
だからこそ今回の落とし物はクルトとしてはかなりありがたいものである。
とはいえ、ここまで大量の武器の使い道はない。
今のアントナー領にいる兵はゼロなのだから。
今の整備されていない武器を破棄した上で何本か取っておけばいい。
残ったものは売却をすれば、その金で兵を雇い入れることもできるだろう。
「良い人もいるのですね」
「良い人……ではないだろうけどな」
「えっと、それってどういう?」
この武器を護衛兵長たちに渡したのは、原作の黒幕であるカステーン大公爵だろう。
カステーン大公爵の使いであるクラウスを無碍にしたからか。
それとも執事長たちが中抜きをしていた一部が大公爵へ流れていたのか。
――俺のことが邪魔になったのか? いや、それならもっと本格的に介入してきそうだからな。嫌がらせ程度なのだろう。
「気にしなくて良い。いずれはっきりするだろう」
「わからないですけど、わかりました」
結局メイドは剣を運べずにクルトが一人で館に運んでいくことになったのだった――。
◇◇◇
想像以上にイルマが強いことはわかった。
さすがは通常攻撃が範囲攻撃で爆破攻撃の錬金聖女である。
そもそも例え護衛兵長であろうとも、原作だと少し強い雑魚扱いなのだろう。
雑魚戦ならばイルマに敵はいない。
問題は強敵が相手の場合だった。
範囲攻撃はその分、一撃が弱く設定されていた。
イルマの場合は回復魔法があるためにパーティーに加える人も多かったが、その場合でも回復と支援専門だった。
ただ原作ではそうでも現実だとここまで頼りになるようだ。
味方も吹き飛ばしかねないというデメリットはあるものの、今の兵がいないアントナー領の現状ではそれほど危険ともならないことがわかった。
問題点と言えば、当のイルマは爆発させるつもりがなくて、ちゃんとした錬金術をしようとしているところだろう。
しかし、彼女が錬金術に成功するのはイルマルートのバッドエンドだけである。
原作が始まった時点でクルトは死んでしまうので、錬金術の成功については諦めてもらうしかなかった。
――もちろんそれは本人には言わないけどな。
原作が始まらないルートもある意味バッドエンドである。
それならばイルマが錬金術を使える可能性は捨てきれない。
そこに期待するより他なかった。
◇◇◇
使用人問題が片付いたクルトは街の代表たち数人に館へと来てもらっていた。
街唯一の商会の長たる、ベンヤミン・ケーニヒ。
職人を代表して鍛冶師の、ヨルダン・モットル。
農家からは若い男性である、カミル・エルツェ。
傭兵協会からは協会長の、ニクラス・オッケン。
街の代表はその四人である。
一方の領主側はクルトの他にメイドとイルマが座っていた。
ただ、街の代表たちは一様に険しい顔付きをしていた。
「わざわざ俺たちを呼び出すなんていったい何のようだ?」
「こう見えても忙しいんだぞ?」
領主に対しても強めの口調で言ってくるのは、既に限界以上の税を取って民心が離れてしまっている、ということだった。
あまりにもわかりやすい態度にクルトは苦笑を浮かべる。
「わざわざ集まってもらってすまない。今日はこの領地の税について話したくてきてもらったんだ」
「これだけむしり取っておきながらまだ取ろうというのか!!」
ヨルダンが思いっきり机を叩いていた。
「ひぃっ!?」
メイドが思わず悲鳴をあげる。
するとベンヤミンが笑みを浮かべながら言う。
「エーファちゃんを怖がらせてどうするんですか。私たちが言うべき相手は領主様だけですよ」
――エーファ?
一瞬クルトは首を傾げてしまうが、よく考えるとメイドの名前なのだろう、と理解する。
「一つだけいいか?」
「……なんだ?」
「俺の両親が税から着服していたせいでお前たちには迷惑を掛けた。もうそんなことはさせないから安心して欲しい」
本当ならあまり頭を下げるのは貴族として良くないことではあるのだが、今回に関してはこちらに全面的な非がある。
人として頭を下げることは当然である。
それにまずこれをしないと領民たちの信頼を取り戻せない気もしていたのだ。
「……口ではなんとでも言える」
「そうですね。既に私たちは限界で――」
「そのことだが、これからは税率を下げることにした」
「やっぱり、ここから搾り取るつもりで……えっ?」
予想だにしなかった言葉に思わずヨルダンは聞き返すのだった――。
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