腹ぺこ少女
領地の活性化は黒幕であるカステーン大公爵と戦う上で必須事項であった。
だからこそ減税の結果、領内が活気づいてくれるのは良いことである。
もちろんカミルたちから話を聞かされた領民たちはまだまだ半信半疑であったが。
そして、無事に会談が終わった翌日。
クルトは朝、心地よい爆発の音で目を覚ましていた。
「また何か作ろうとしたんだな……」
錬金術師であるイルマはかなり研究熱心で下手をすると寝ずに一晩中爆発音を鳴らし続けるために、日が昇っている間しか実験してはいけない、ということになった。
渋々だがそれにしたがってくれているイルマ。
だからこそ朝の鶏ならぬ爆発がこの領地での朝の訪れを表す合図となっていた。
ただ、これが意外と対外的には効果があり、「あの領地を襲うと爆発させられるぞ!」という噂が流れ、兵がいなくていつでも襲い放題にも関わらず盗賊などが一切現れずに済んでいた。
しかし、いつまでも兵がいない状態ではまずい。
雇える人間は雇っていきたい、とクルトは考えていた。
ただ、通行税を下げたとしてもすぐに人が来てくれるわけではないはずなので、今はこの領地に居る人間だけでどうにかやっていくしかない。
朝食を終えるとクルトは昨日の結果、街がどのように変化しているか探るために館を出ていた。
すると――。
「むぎゅっ……」
館を出てすぐにクルトは何かを踏んでしまう。
さすがに道に人が転がっていると思わなかったクルトの過失である。
「な、なんだ? 何を踏んだんだ?」
慌てて踏んだものをみるとそこにあったのは、倒れた少女であった。
かなりやつれている細身の少女。
やや波打った栗色の髪をしており、なぜか木の棒とたくさんの草を持っているが、服装は至って平凡な村娘といった感じである。
なんとなく見覚えはある気がするが、どこだったか思い出せない。
おそらく原作で登場していたキャラでクルト自身が覚えていない、ということはそれほど重要な役職のキャラでもなかったのだろう。
「おい、だ、大丈夫か!?」
「お、お腹空きましたぁ……」
少女はお腹を押さえていた。
どうやら空腹で力尽きていたようだ。
どこかで見覚えのあるイベントであるが、アントナー領ではそんなイベントは起こらないはず。
気のせいだろう、ということにしておく。
「飯なら料理屋にいけば何か食えるだろ?」
「お金がないんですよぉ……。ここ一週間、草しか食べてないんですぅ……」
「はぁ……、わかったよ。俺も踏んでしまった詫びがあるからな。うちで食っていくか?」
「えっ!? 良いのですか!?」
急に立ち上がり元気になり出す少女。
そのあまりにも早い変貌ぶりにクルトは苦笑を浮かべる。
「その代わりに残り物になると思うがいいか?」
「もちろんですよ! やった、何日ぶりのまともなご飯だろう……」
楽しみに笑みを浮かべる少女を連れて、クルトは再び館へ戻っていくのだった――。
◇◇◇
「あれっ? クルト様? どうかされましたか?」
食堂に戻るとメイドであるエーファが皿を片付けていた。
「実は……」
「あっ、ダメですよ。さすがにこれ以上は食べ過ぎですから」
「俺が食うわけじゃないぞ? こいつに何でもいいから食えるものを用意してくれるか?」
「かしこまりました。すぐにご用意しますので座ってお待ちください」
エーファが厨房の方へと向かっていく。
すると、少女が心配そうにクルトの袖を引っ張ってくる。
「もしかして君ってここの家の子?」
「家の子、というよりは俺のものだな」
「えっ? ど、どういうこと?」
「俺はこの街の領主だからな」
「領……主? それって何かの食べ物?」
「そんなことあるか!!」
「だ、だよね。そ、そうなると貴族様だったの!?」
「いったい俺のことをなんだと思っていたんだ……」
「お金持ちで優しい子?」
少女は首を傾げながら言ってくる。
ただ周囲をキョロキョロと見回して、おもむろにツボに顔を突っ込んでいた。
「何もないなぁ……」
「なんで壺の中とかのぞき込んでるんだ?」
「たまにお金とか美味しいご飯とかが入ってるんだよ」
「それは泥棒っていうんだぞ?」
「大丈夫大丈夫。今まで何も言われたことなかったし」
「それはたまたま衛兵に見つからなかっただけなのでは?」
「えーっ、そんなことないよ。旅の基本なんだからね。タルとかツボ、タンスはしっかり中身を確認するのは」
「とにかくこの家にはわざわざツボの中にはものは入れてない、から調べなくて良い」
「……そうみたいだね」
残念そうに表情を曇らせる少女。
そこまで常識のない行動をとるところからもなんとなく彼女がどういった人物か想像が付いていた。
「食事の前にお前のことを教えてくれるか? いったい誰でどうしてこんなところに倒れていたんだ?」
「そうだね。私はユナ・シュペールだよ。倒れてた理由はお金がなくてまともに食事ができなかったからかな?」
「もしかして、何も仕事をしていないのか?」
「そ、そんなことないよ!? 私は見ての通りの職業だから中々大変なんだよ!?」
「見ての通り……?」
どこをどう見てもただの村娘にしか見えない。
その割に何か働いている風にも見えなかった。
「見た目でいうなら農家の娘か?」
「もう、そんなわけないよ。この武器を持ってるって事はどこからどう見ても勇者でしょ?」
ユナは木の棒を掲げながら言ってくる。
もちろんその可能性は考えた。
原作主人公たる勇者の可能性を。
残念ながら主人公の性別を選べるこのゲーム。
ヒロインたちと恋仲にもなれるということでクルトは男主人公ばかりを選んできた。
だからこそ勇者=男、と思い込んでしまっていたのだ。
でも、この世界では女勇者らしい。
――勇者って貧乏なんだな……。
本当なら転生先として候補に挙がる勇者だが、そこに転生しなくてよかったと安堵するクルトだった――。
「なんか私のことを馬鹿にしてない?」
「気のせいじゃないか?」
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