錬金聖女の頼み

 領内で大爆発が起こったという話を聞き、クルトは現地へ出向いていた。

 するとそこには壊された小屋と意識を失っている執事長や知らない男たちの姿があった。


 ただ、その男たちのことをクルトは知っていた。


 いや、正確には名前すら知らないのだが、原作で登場する雑魚敵、『盗賊したっぱA』『盗賊したっぱB』『盗賊頭』と同じ見た目の男たちだったのだ。


 改めて原作の敵キャラですらこの世界では普通に生きていることを確認させられたのだった。



「とりあえず、捕縛だな」



 気絶しているとはいえ相手は盗賊。

 ここで捕まえない道理はない。


 更にそんな彼らと共謀していたと考えられる執事長も同じく捕まえる。


 ただ、ここで執事長の悪事がわかってしまうのはクルトとしては不本意であった。



――本当なら中抜きをしている奴ら全員が協力して、俺へ襲いかかって欲しかったんだけどな。



 そこまでいくと流石に出来すぎではあるが、せめて数人は見つけたかったというのが本音だった。

 一人捕まった、という話が使用人たちの間で広まると行動を起こそうとする者が減ってしまう。


 特にそれが使用人たちの管理まで行っている執事長にもなると尚更である。



「それにしてもどうしてこんなところで気絶していたんだ? それに小屋が吹き飛んで……」



 嫌な予感がしてクルトの表情が青ざめていく。



「まさか、違うよな? あの聖女がこの領地に来ているなんて……」



 歩く人災。

 爆発させても治せばいい。

 綺麗な花火も汚い花火も等しく爆発。

 敵味方も関係ないかませ系聖女。



 等々の名言が残されている爆弾少女である聖女、イルマ・アンカー。

 錬金術をこよなく愛するのに、聖女に選ばれてしまった悲しき少女だった。


 ほぼ全属性の魔法が使えるが、そのほとんどが初級止まり。

 しかし、聖魔法に関しては聖女の肩書きが相応しく、国内でも五本の指に入るほどの能力を有している。


 問題は本人がその類稀なる能力を発揮しようとせずに聖女見習いになった今も錬金術師になろうとしているところにあった。


 しかも残念ながらそちらの方向の才能はなく、たいてい爆発をさせている。


 それゆえに原作だと通常攻撃のモーションが薬瓶をぶつけて爆発させるというものだった。


 彼女のイベントのシーンではよく大爆発を引き起こしてダメージを負ったり、道具を壊したり、と中々難易度が高いシナリオだった。

 最終的には真なる聖女が現れて晴れて錬金術師になり、毎日ものを爆発させながら過ごす……という結果だったはず。


 原作ですら良い迷惑だったキャラなのに、それが現実になると……。



「自分から危険に近づいていく奴なんていないよな」



 とにかく今は明日以降にどうやって中抜き使用人を見つけ出すかを考えることにするのだった。




◇◇◇




 クルトが戻るとメイドが出迎えてくれる。



「クルト様、お客様がいらしています。現在応接間に通しておりますがいかがしましょう?」

「わかった。すぐに行く」



 特に来客の予定はなかったと思うのだが、カステーン大公爵の使いの者ならいつ来てもおかしくない。

 そう思ってすぐさまクルトも応接間へと向かった。


 そして、扉を開いた先にいたのは……小柄な少女だった。


 長い金色の髪。

 明らかにサイズが合っていないロングコート並みに大きい白衣。

 子供のようにしか見えないクリッと大きな目をした童顔。

 背丈もかなり低め。


 まごう事なき聖女ばくだんまであった。



「初めまして。ボクは――」



 少女が言葉を発したその瞬間にクルトは扉を勢いよく閉めていた。



――ど、どうしてここにあいつがいるんだ!? 何度も来て欲しくない奴と考えたあいつが……。



 どうやってこの領地から穏便に帰ってもらうかを考えるクルトだが、そもそもここに来た理由を聞かないことには判断ができなかった。


 しかし、会話の途中にこの館ごと爆発してくる恐れのある相手。

 対面して話すのも恐ろしかった。



「クルト様、どうかされたのですか?」

「ちょうど良かった。飲み物と菓子を持ってきてくれ。大事な客だからな」



 さすがに一人で相手にするのは危険すぎるから、とメイドに頼む。



「かしこまりました。すぐにお持ちします」



――本当ならメイドが来るのを待ちたいところだったのだが、あまり聖女を待たせるのも怖い。



 ある意味、自ら動こうとしない黒幕よりもやっかいな存在だった。大きく深呼吸をしたクルトは再び部屋の中へ入る。

 すると中にいた少女は頬を膨らませて怒っていた。



「もう、どうしていきなり出て行くの!?」

「い、いや、ちょっとビックリしただけだ。まさか聖女様がアントナー領へと来てくれるとは思わなくてな」



 引きつった笑みを浮かべるクルトだが、聖女がそれを気にした様子はなかった。



「まだまだ見習いだから色んなところを見て回らないと行けないんだよ」



 舌を出して照れた表情を見せる聖女。



「そうか。ではこの領地にはこれ以上用はないな。すぐに馬車を準備させよう」



 クルトは安堵した瞬間にメイドが入ってくる。

 そして、聖女の前にお菓子とお茶を出していた。



「ごゆっくりどうぞ」



――ゆっくりして欲しくないんだよ!!



 結局聖女とはじっくり腰を据えて話をしないといけないようだった。

 ただ、聖女としてもそれが望みだったようで――。



「そうだね。ボクもここの領主様には聞いて欲しい話があったんだよ」



――なんだろうか。すごく嫌な予感がする。



 だんだんと作り笑顔もできなくなってきている。



「な、なんだ?」

「ボクをお抱えの錬金術師としてこの領地において欲しいんだ。もちろんただで、とは言わないよ? 領地の外れにある小屋、見たんだよね?」



 聖女としては小屋を一撃で破壊する力ともし怪我をしても一瞬で治せる回復力のことを言っているつもりだった。

 しかし、クルトにはまるで違う風に捕らえていた。



――まさかこの領地にいる黒幕側の人間を倒したことを言っているのか? よく考えると爆発が危険なだけで黒側の人間でないことだけは確定してるんだよな。



 大公爵と敵対しようとしていることすら見破られているのなら、下手に断ることもできない。


 クルトは悩んだ末にため息を吐いていた。



「わかった。その代わり一週間待ってくれ」

「うんっ、もちろんだよ!!」



 聖女の満面の笑みを見ると早まった解答をしたか、と不安に思うクルトだった。

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