使用人たちとの会合

 呼ばれた使用人は厨房を預かる料理人たち、館の管理や領地管理の補佐も行う執事たち、身の回りを手伝うメイドたち、あとは庭師や守護兵たちであった。



「クルト様、使用人を皆集めてどうされたのですか?」



 この中で一番歳をとっている執事服姿の男が言ってくる。

 父の代から館の仕事を全面的に任されていた執事長のセバスである。


 本当の名前をクルトが知らないので、わかりやすく心の中でそう呼んでいたのだ。


 流石にそれだけ長く勤めているセバスは心情的には黒幕と繋がっているとは考えたくないが、状況を考えると十分候補に上がる相手であった。

 あの帳簿を放置した人物でもあるのだから。



「ようやく父からの引き継ぎに落ち着きが見えたからな。皆に状況を伝えておきたい」



 反応を確認するためにクルトは一息入れる。

 使用人たちは心配そうな表情をするものや、ある程度予想していたのか頷いているもの、訳もわからずに呆けているもの、と様々な態度を見せていた。



「この領地は慢性的な赤字に見舞われている。それを解消するために協力をしてほしい」



 クルトが頭を下げて頼み込む。

 その姿を見て、誰もが給金を下げられるのだと想像をしてしまった。


 メイドの話では搾取されている側はお小遣い程度の金しか貰っていない。

 それならばそこから更に減るのならば、ゼロになりかねないと想像してもおかしくない。


 もちろんクルト自身は給金を減らす話は一切していない。

 ただ、そう勘違いされる態度を取っただけだった。



「あ、あの、クルト様……? こ、これ以上給金が下がってしまっては生活ができなくて……」

「何を言ってるの? 領主になられたクルト様が頭を下げてまで頼まれているのですよ。協力をするのは当然ですよ」



 大体賛成と反対が半々くらいの人数になってくる。


 賛成しているのはクルトに良い顔をしたい人間。つまり、搾取側である可能性は高い。

 自分の負担は下の者に負わせたらいいだけなので、実質負担がないと思っているのだろう。


 あくまでも状況証拠だけで確定ではないものの、賛成に回っているのが使用人としてそれなりの地位についている者たちだけなのであながち間違いではない。



「なるほど、わかった。でもこの問題は捨ておけない。早速今日から改革に取り掛かっていく。ただ、給金の支給には改めて使用人それぞれに頭を下げて直接渡しに行こうと思う」



 それを聞いて慌て始めたのは、先ほどまで賛成に回っていた使用人たちである。



「そ、そこまでしていただくのは申し訳ないですよ。皆もクルト様の悔しさはしっかりと伝わっております」



 賛成派を代表して声に出してきたのはセバスであった。

 やや慌てた様子が見える。



「いや、負担を強いるのに何も無しというわけにはいくまい。金が出せないなら礼を尽くすしかないだろう?」

「し、しかし……」

「とにかくこれは確定事項だ。次の給金は一週間後だったな? その日以降にそれぞれ呼ぶと思うからそのつもりでいてくれ」



 それだけ伝えるとその場は解散となるのだった――。




◇◇◇




 クルトが自室へと戻るとそれに続くようにメイドも部屋へと入ってくる。



「ど、どうしてあんなことを言ったのですか?」



 メイドは不安げに言ってくる。



「なにも給金を下げるなんて言ってないのに勝手に信じていたな」

「みなさんを敵に回していましたよ?」

「そうだな。でも、一週間の辛抱だ」

「給金を手渡すことですか? でもそれをしていったい何を?」

「俺が直接渡すんだぞ?」



 本当にわかっていないようで、メイドは首を傾げていた。

 その反応からもこのメイドは白だということがわかる。



「……直接渡せば中抜きなんてできないだろ?」

「あっ……!?」



 ようやく気づいたようでハッとしていた。



「で、でも、それだと中抜きしてた人たちはそれを防ごうとしないですか?」

「そうなるだろうな。だから俺の護衛は任せたぞ!」

「えっ? えぇぇぇぇぇ!?」



 メイドの絶叫が部屋に響き渡っていた――。



「無理無理。無理ですぅ。私、包丁以外で武器になりそうなものは持ったことないですよ!?」



 残念ながらクルト唯一の味方は戦力にはならないようだった。



――これは戦う力を持った仲間を早めに見つける必要があるな。



 ただ、そのための問題があった。

 信頼できる腕の立つ兵がいまのアントナー領にいるかどうか。


 原作キャラならば、大体がすぐにでも信頼できる。

 ただ、さすがにかませ犬たるクルトの領地に来るようなキャラはいないだろう。


 基本的に原作キャラは舞台である学園で出会うのだ。

 そこで剣や魔法を学ぶのだが、学園へ行く前にどこにいたか、という情報はまるでない。


 こちらから会いに行くこともできないし、いつ誰に裏切られるかわからないこの状況で、原作キャラが来てくれるなんてそんな幸運、まず起こらないだろう。



「一人だけ、絶対に来て欲しくない聖女やつはいるんだけどな……」 



 原作でもあまりに能力が尖りすぎてるキャラを想像して、クルトは苦笑を浮かべていた。


 結局、自分でどうにかするしかないのだ。




◇◇◇




 アントナー領の外れにある小屋。

 そこに柄の悪そうな男たちと執事長の姿があった。



「本当に領主を襲えば良いのか?」

「えぇ。ただし殺さないでください。私たちに頼らざるを得ないように瀕死程度に。意識がないくらいだといいですね」

「はははっ、まさか自分の使用人に裏切られるなんて思わないだろうな」

「……ここに来たのは領主に恨みを持つ一般人ですよ」

「そういう設定だったな。わかってるよ」



 金貨の入った小袋を受け取り、柄の悪い男はニヤけ顔の笑みを浮かべる。



「領主は殺さない。でも他の奴は殺して良いのか?」

「……好きにしろ。ただし――」

「わかってる。一週間以内に実行しろ、ってことだろう?」

「それが一番大事だからな」



 執事は不敵な笑みを浮かべていた。


 ただその瞬間に慌てた様子の少女の声が聞こえてくる。

 ローブ……ではなく、白衣を着た小柄の少女が必死に遠くから大声を上げていたのだ。



「そ、そこの小屋、危ないよ! どいてどいてー!」



 小屋が退けるはずもない上に何が危ないのか一切わからない。

 不思議そうにした執事長であったが、次の瞬間に小屋が爆風に巻き込まれて吹き飛んでしまう。



「うーん、失敗かぁ。もう少し威力を抑えないと危ないね」



 少女は白衣の裏からいくつもの試験管を取りだしていた。



「風魔法と火魔法と聖魔法の融合は画期的だと思ったんだけどなぁ。まさか風に乗って爆弾が飛んでいくのは予想外だったよ。……と、忘れてた」



 少女は急いで小屋に駆けていく。

 執事長や柄の悪い男たちは爆発に巻き込まれて、瀕死になっていたのだ。



「た、助け……」

「うん、大丈夫。このボクに任せて! なんて言ったって聖女見習いなんだからね」



 そういうと聖魔法を使うのかと思いきや、なぜか懐から紫色をした怪しげな臭いを漂わせた試験管を取り出す。



「これをつかえば一瞬でお陀仏だよ!」

「それって死んでる……」

「大丈夫、自信作だから。えいっ!」

「ぎゃぁぁぁぁ!!」



 小屋があった場所から悲鳴が上がる。

 ただ、効果だけはあったようで執事長たちの傷はしっかり癒えるのだった――。

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