疑惑の手紙
「色々と教えていただきありがとうございます。カステーン大公爵様にお礼の手紙を書きますので、それを届けていただけますか?」
子供であるクルトはクラウスの言葉を一切疑わずにお礼までしてくれるようだった。
うまくいったことを内心ほくそ笑んでいたクラウスは二つ返事でそれを引き受けていた。
税率を80%に上げるなんてどう考えても領地を崩壊させようとしているようにしか思えない。
それすらもわからずに話しに乗ってくる相手なら騙すのは簡単だろう。
――それにしてもあれだけの金が私腹に使われていたことに気づかないとはとんだ愚鈍ですね。大公爵様の名前を出しただけで私を信用してくれましたしね。ですが、それだけの額を私の懐に入れられるのですからいい仕事です。
クラウスは不敵な笑みを浮かべていた。
しかし、そんな楽しい時間も長くは持たなかった。
一度王都へと戻ったクラウスは、その足でカステーン大公爵の館へと出向いた。
今回の完璧にも近い成果を早く大公爵の耳に入れたかったからだ。
しかし、クルトからの手紙を見たカステーン大公爵は顔を真っ赤にして、手紙を丸めて投げ飛ばしていた。
「おいっ、これはどういうことだ!?」
「流石に税率80%はやり過ぎだったでしょうか?」
アントナー領くらい使い潰して、適当に捨てればいいとクラウスは考えていたが、意外と大公爵の考えは違うのかもしれない。
ただ、大公爵が怒っているのはそんなことではなかった。
「……読んでみろ!」
捨てられた手紙に視線を向ける大公爵。
クラウスは丸められたその手紙を広げて、驚きのあまり目が点になる。
「な、な、なんですか、これは!?」
その手紙にはクラウスが不正に私腹を肥やそうとしている旨が書かれていた。
『まだ信用を得ていない私にすらこのようなことをするのですから、カステーン大公爵様に対しても行っているかもしれません。一度お調べになった方がよろしいかと』
「ご、誤解です! 私が不正などするはずありません。そんなアントナー子爵の言うことを信じるのですか?」
慌てふためくクラウスを見て目を細めるカステーン大公爵。
確かにアントナー子爵が本当のことを言ってるとも限らない。
それでも疑惑を持たせたこと自体がカステーン大公爵からしたらダメであった。
「……この状態でお前をそのまま派遣するわけにはいかない。それに
「ち、力不足で申し訳ありません……」
クラウスは悔しそうに口を噛み締めて頭を下げていた。
「まぁ、よい。お前以外に何人もアントナー領には入り込んでおる。徐々に取り込むこととしよう」
カステーン大公爵は不敵な笑みを浮かべるのだった。
◇◇◇
クラウスに持たせた手紙には彼が不正を行っている旨を赤裸々に書いておいた。
もちろんただの子爵であるクルトの言うことなどは信じないだろう。
でも、黒幕であるカステーン大公爵はかなり疑り深い性格である。
疑惑の目を向けられて、そのまま同じ人物を送ってくるような真似はしないだろう。
「あの……、やはり税率を40%にするなんて夢物語だったのですね……」
クラウスが増税を進めてきたことから、メイドは心配そうに聞いてくる。
「いや、これはすぐさま開始する。ただ、その前にこの屋敷のものたちを一掃しないとな」
「どうして税率と屋敷の人たちが関係するのですか?」
「俺がいくら減税を叫んだとしても屋敷の人間が中抜きをしては意味がないからな」
「そんなこと……」
「ないと言い切れるのか?」
クルトの言葉にメイドは言葉を詰まらせる。
確かに今のメイド長ならそのくらいやりかねない。
自分を含めて他のメイドを虐めることだけを生き甲斐にしているような人間なのだ。もちろん、雇い主である旦那様たちにはそういった態度は一切見せないので気づかれていないのかもしれないが。
「……わかりません」
「そこまで自分を陥れた奴を庇わなくていいんだぞ」
クルトはテーブルの上に何枚かの紙を投げ出す。
そこに書かれていたのはメイドたちに支払われている給金の額であった。
「えっと、この数字は?」
「メイドに支払われているはずの給金の額だぞ? 大銀貨10枚。住み込みのメイドと考えるなら妥当な数字だな」
大銀貨一枚で大体一万円ほどの価値である。
衣食住が保証された上でその額をもらえるなら、この時代で考えるのなら十分である。
しかし、メイドは口をぽかんと開けていた。
「あ、あの、私、銀貨一枚しかもらってないのですけど……」
まさに子供のお小遣いレベルである。
それでよく暴動が起きずに仕事をしてくれていると思う。
いや、それだからこそ仕事の中抜きが横行するのだろう。
「そういうわけだ。だからこそ不正を行っている奴を徹底的に洗い出して排除する。そうすることで本来渡るはずだった給金を保証するつもりだ」
「……そんなこと、できるのですか?」
「できなくてもやる。それにな……。いや、なんでもない」
――クラウスの件を考えるのなら、おそらく黒幕側の人間は堂々と中抜きをしているのだろう。
用心深いカステーン大公爵がクラウス一人だけしか送り込んでいない、なんてことは考えにくい。
少なくとも数人は居るとクルトは考えるのだった。
「そういうわけだ。使用人たちを呼んでくれ!」
「わ、わかりましたぁ!!」
メイドは慌ててこの屋敷にいる使用人たちを呼びに行くのだった――。
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