聖女の紹介
聖女イルマ・アンカーが仲間に加わるまでの猶予期間にどうやって使用人の事を調べ上げるか、クルトは頭を悩ませていた。
おそらく本格的に彼女がこの領地に移り住むと決まると対応がそちらに集中してしまう恐れがあった。
そしてあわよくばその間にこの領地が何もない、今にも暴動が起きそうな場所だと理解してここから離れてくれると大万歳だった。
ただ、そう上手くいくはずもなく……。
「な、何だって!? 使用人の半分が姿を消しただと!?」
聖女イルマを雇い入れる話をした次の日、まるで夜逃げしたかのように中抜きをしていそうな使用人が姿を消していたのだ。
メイドはクルトが怒っているように見えたのか、ビクッと肩を振るわせる。
「そ、そのようです。その皆が重要な役職を持った方々ばかりなので使用人たちも困惑しており……」
「わかった。すぐに全員と……イルマを呼んでくれ」
「かしこまりました。すぐに呼んで参ります」
――いったいどうなっているんだ?
原因がわからずにクルトはただただ困惑するのだった――。
◇◇◇
応接室には現在この領地にいる使用人たちが全て集まっていた。
ただその数は想定以下で半数どころか三分の一にも満たないのではないだろうか。
「あれっ、もうボクのことを紹介してくれるの?」
イルマは嬉しそうに笑顔を見せているが、他の使用人たちは一様に表情が暗かった。
「あの、クルト様……、これってどういうことなのですか? その人が執事長を殺してしまったって……」
どうやら色々と湾曲して使用人たちに伝わっているようだった。
執事長を爆発したのはイルマである。
というところまでは正しいが、粉々に爆破されて死体すら残らなかった、とかそれを指示したのは全てクルトで一週間というのは中抜きに加担した使用人を滅ぼそうとしている、とか。
事実、クルトが一週間の指示を出してからイルマが現れたこと。
爆発が起こってから、執事長が誰にも姿を見せていないこと。
イルマが度々爆発を起こしていること。
偶然とはいえ、そういったことが重なりあったためにイルマのことを暗殺者に、更にはそれの指示を出していると思われてるクルトのことを怯えているのが見て取れる。
「あー……、そのなんだ」
おそらく逃げていったのは中抜きをしていた使用人たちなのだろう。
いつ暗殺されてもおかしくないと思って逃げていったわけだ。
ただどうやって使用人の勘違いを解くか。
それだけが問題であった。
「ボクは聖女見習いのイルマだよ。これからよろしくね」
クルトが言いにくそうにしていると勝手に自己紹介を始めてしまう。
すると使用人たちから疑問の声が出てくる。
「聖女様……ですか?」
「えへへっ、まだ見習いだけどね」
イルマの評価が暗殺者じゃないとわかるとその評価が反転していた。
「聖女様なら執事長を殺したのっていったい……」
「そもそもクラウスなら死んでないぞ? 盗賊と手を組んでるところをイルマが発見してくれて、緊急で捕まえただけだ」
「あっ、そうだったのですね……」
使用人はようやく納得してくれる。
「それにしても少ないね。これだけで領地が回るの?」
イルマがわざと目の上に手を当てて人を探すような仕草をする。
「……わかってて言ってるだろ?」
「うん、もちろん」
その分妨害がなくなりそうなので、それだけは良いところではあった。
イルマは錬金術で辺り一帯を爆発することしか頭にないのかと思われがちなのだが、実際は頭の回転が速いので天才少女と言われていた過去がある。
だからこそ大体の状況は理解していた。
残った使用人は
料理人が二人とメイドが三人。
執事は一人であとは庭師くらいだった。
守護兵がごそっと消えてしまったのは特に痛いところである。
クルトが早々にイルマを紹介しようとしたのも、それが理由の一つだった。
敵味方問わずに爆発せしめる彼女の力は、現在のアントナー領では最上位に位置するものである。
もちろん原作前であることを考えるとレベルは低めなので、ステータスも低いとは思うが原作だと爆発系は固定ダメージだった。
つまり、イルマの攻撃は彼女自身のレベルは問わない、ということになる。
あくまでもそれはゲームの話なので実際には変わるのだろうが、どちらにしても爆発を受けて無事で居られる人間はいない。
「……それなら頼んで良いか?」
兵士の中にはおそらく給金を中抜きされていた人間もいるだろう。
それなのに全員兵を引き抜いていった、ということは簡単なことで今後早々にこの領地を攻めてくることがわかる。
民衆を巻き込むかどうかの判断は今の時点ではできないのだが、クルトとしてはなるべく被害を抑えたかった。
「ボクに任せてよ! 良い解決方法があるからね」
笑顔を見せてくるイルマ。
この状況をうまく解決しようとするなら兵を増やすしかない。
おそらくはその兵に心当たりがあるということなのだろう。
そう判断したクルトは襲撃の件はイルマに任せることとしたのだった――。
◇◇◇
「くくくっ、今頃領主様は焦っているだろうな」
アントナー領の兵を取りまとめていた護衛兵長は不敵な笑みを浮かべていた。
下級兵たちが金に溺れないようにちょっとだけ預かって、代わりに使ってやっていただけなのに、自分の命が狙われなければならないことに憤慨して、反乱を起こしてやろうと兵の全てを買収していたのだ。
メイド長ほど厳しい中抜きをしていなかったおかげもあり、全員を引き連れることができたのだ。
少しだけ金を握らせる必要があったが、別にそれは領主を追い払ったあとで領地にある金で払えば良いだけだった。
「でも、暗殺者がいますよ? 反乱を起こすのは危険じゃないのですか?」
「確かに暗殺者、個の力は危険だろう。でもこちらには数の利がある。まとめて襲いかかればどうにでもなる」
「なるほど。それはたしかにそうですね」
「そういうわけだ。襲撃の準備が整い次第攻めるぞ!」
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