襲撃

 アントナー子爵が使用人の大半を追い出した、と聞きカステーン大公爵は手に持っていたコップを投げ捨てていた。



「まさか奴め。私が送り込んでいた影に気づいたか?」



 影がいたからこそアントナー子爵を無視することができた。

 なにか危険な動きをすれば即座に報告してくれる上に、カステーン大公爵のために動くように調整してくれる。


 その影が追放された、と聞く。


 正確には怪しげな人間がいると気づかれて自ら去ったのだが、そこまで詳細には伝わっていなかった。



「もし気づかれたのなら……そのままにしておくわけにはいかないな」



 影はカステーン大公爵からしたら諸刃の剣でもあった。

 貴族たちの弱みを掴み、自分に従わせるための武器。

 まだまだ表に出すには早すぎる存在である。


 そのために気づかれた場合は相手を消すより他なかった。



「それならちょうど最後の報告に『護衛兵たちが反乱を企てている』というものがありますね」

「よし、そいつらに匿名で武器を授けるか。成功してくれるならそれでよし。失敗しても私には影響がないわけだからな」

「それが良いかと。影を通じて届けさせるようにします」

「くくくっ、武器が揃った万全の兵相手に兵力ちからを失ったアントナー子爵がどう対応するのか見物だな」



 カステーン大公爵の笑い声が響き渡る。

 こうして、突然武器が届けられたことで護衛兵たちの反乱までの日数が大幅に短縮されることとなったのだった。

 ただし、それが彼らの命運をかなり早めることになることに誰も気づいていなかった。




◇◇◇




 イルマが抜けた兵士たちの対応をしてくれることになった。

 どのような対処の方法をとるのかは知らないクルトだが、彼女がヒロインの一人であることを考えると、主人公や他のヒロインを呼んできてくれる可能性もある。


 そうなればモブ敵である兵士たちが太刀打ちできる相手ではない。


 ただ、気になるのは意気揚々とイルマが出て行ったことにある。



「人を呼ぶのになんであんなに嬉しそうなんだ?」

「あの、本当に大丈夫なのでしょうか?」



 メイドが不安げに聞いてくる。



「多分大丈夫だ。それよりも他の対策も取らないといけない。人数がかなり減ったのだから」

「そ、そうですね。でも、なんだか前よりも仕事に余裕があるんですよ」



 メイドが不思議そうに言う。



「父みたいに来客が多いわけでもないし、俺は大抵自分のことは自分でできる。そこにメイド長の嫌がらせがなくなったら余裕はできるよな」

「……仕事が減ってるのですね」

「そういうことだ。元々あれほどの人数を雇う必要はなかったからな」



 問題は仕事ができるものも居なくなってしまったことにある。


 特にこの領地に関する情報だ。

 メインに動いていた執事長は捕らえたものの他の執事たちはほとんど姿を消している。


 完全に外へ情報が漏れてしまっていると考えるべきだった。



「万年赤字のうちの情報を欲しがる相手はほとんど居ないだろうけどな」



 それでもあまりいい気はしなかった。



「とりあえず当初の目的通り、領民の税率を40%に下げる。反対の者はいるか?」



 使用人たちを見ると特に反対意見はでなかった。

 ただ、不安げな表情を見せているのはよくわかる。



「給金はもちろん据え置きだぞ? いや、違うな。中抜きがなくなる分、上がる予定だな」



 クルトから信じられない言葉が飛び出したので使用人たちが一同に驚きの声を上げる。



「えっ?」

「ほ、本当なのですか?」

「そんなお金、どこから……」


「別に今までもその額は払っていたんだけどな。不正に給金を抜いているやつに気づかなくて申し訳なかった」



 子供とはいえ、現領主であるクルトが頭を下げて謝るものだから使用人たちは慌てふためく。



「頭を上げてください」

「給金を上げてもらえるなら文句はありませんから」

「私たちのほうこそ、メイド長に怯えて言い出せなくて申し訳ありません」



 残された使用人たちは皆、クルトの身を案じてくれる優しい人間たちのようだった。

 一気に領地の戦力は減ってしまったものの、何にも代えがたい信頼できる部下を手に入れることができたのだから上々の成果ともいえる。



――あとはイルマが他の原作キャラを連れてきてくれたら……。



 そう考えた瞬間に外から爆発音が響き渡ってくるのだった――。




◇◇◇




――クルトも気前がいいよね。ボクの好きにしていいなんて。



 相手は兵士とは言え、弱小領地の兵でまともに訓練もされていない。鍛えられた盗賊にすら遅れをとりそうな面々なうえに今まで赤字であったことからもまともな装備を持っていない。


 そこまでの情報はイルマにはなかったが、少なくともこの領地を襲ってくるとなると敵になった、という認識を持っていた。



「敵だったら別に爆発しても良いんだもんね」



 ちょうど色々と試したいものがあったイルマは意気揚々と襲撃がくることを待ち望んでいた。


 すると、予想以上に早く護衛兵たちが領地に向けて襲いかかってきた。



「かかれ!!」

「うぉぉぉぉぉ!!」



 どこで手に入れたのか、新しい武器を手に掲げて馬鹿正直にまっすぐ街へ向けて突き進んでくる。


 ただ、あと三歩ほどで街へ入れる、というところで突然先頭を突き進んでいた兵が爆発したのだった――。



「えへへっ、地面に埋める爆弾は成功かな?」



 襲ってきた護衛兵たちにはイルマのその言葉がまるで死神から発せられたように聞こえるのだった――。

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