【三井みすゞ】( 2 )




「その……お電話で仰っていた聞きたいこととは……なんだったのでしょうか?」


「三井那可子さんについて、妙な噂を聞きまして……」


「那可子の妙な噂……ですか?」


 悠里の思わせぶりな言葉に、みすゞは子首を傾げた。


「ストーカー被害にあっていたと……」


「ストーカー? いつの話ですか?」


 みすゞは、なんの事なのかわからない様子だ。

 しかし、いつの話なのか? という言葉に、翡翠は引っ掛かりを覚える。


「つい最近のようです。佐藤さんから聞くことはなかったですか?」


 悠里も翡翠と同じことに引っ掛かりを覚えているはずだが、あえてそれは伏せて問うようだ。


「……すみません、知りませんでした。社長からも話を聞いたことはありません。那可子とは仲が良くないですし」


 その言葉に、嘘はなさそうだと、翡翠から見ても思う。彼女の表情に、違和感も引っ掛かりも何も感じられなかった。


「……もしや、過去に那可子さんはストーカー被害にあったのでは?」


 悠里が再び問いをかける。そう。いつの話なのか? という言葉に、琥珀も悠里も、過去にも那可子がストーカー被害を受けていた可能性を感じたのだ。


「大学時代に……。確か、あの時は犯人が事故死したとかで、大騒ぎになって……。だから、仲の良くない私の耳にも入りました。それ以外は知りませんけど」


 みすゞから得た、この情報が事件に関わっているかは不明だが、それでも新たな情報である。


「なるほど……」と、頷く悠里。

 と、みすゞが更に言葉を重ねた。


「私より、桃井さんの方が知ってるかも……」


 新たな人物の名だった。少なくとも、翡翠に教えられた情報の中には無い。


「桃生さん……?」


 悠里が子首を傾げる。母のもつ情報の中にも、桃生という女性の情報はないようだ。


「那可子の唯一の友人です。桃生弥恵っていうんですけど……」


「唯一の?」


 唯一の友人とは、なかなかに酷い言いようだ。

 那可子にはたった一人しか友人がいないと言い切ったのだから。けれど、みすゞの話を聞くと納得。


「あの子、マウント取りたがりで、女友達が出来てもすぐに嫌われるんです」


 マウントを取りたがる人物を好ましいと思う人間はそういない。

 その影響で、嫌われるのはありえない話ではない。


「でも、桃生さんだけは、大学時代からずっと仲良くしてて……」


 そう説明を続けるみすゞ。

 マウントを取りたがる人物と、長く仲良くできるとは。桃生という女性は、那可子と似通った考え方の持ち主なのか、それとも、出来た心持ちの人物か。

 更に話を聞いて見ないことには判断できなさそうだ。


「三井さんは、桃生さんと親しくされているのですか?」


 悠里も、桃生という女性の情報がもっと欲しいようだ。みすゞから聞ける話はないかと、質問しているのだろう。


「私はそんなには。佐藤さんが桃生さんに会ったと話をしていたんです。桃生さんが働いているカフェバーに、那可子が佐藤さんを連れていったみたいで……」


 しかし、どうやらみすゞは桃生と仲良くはなさげだ。けれど、彼女の働いている場所は、佐藤づてで聞いていそうだった。

 

「そのカフェバー、どこだかご存知ですか?」


 更に問う悠里に、みすゞが頷いてみせた。


「ええ。確か……」


 と、みすゞがスマホを操作し、カフェバーの住所を調べ、悠里に教えていると、注文した食事がきた。


 その後は、事件の話には触れず。

 翡翠とみすゞは食事を、悠里はワインを楽しみながら、他愛ない会話だけをした。


 そして食後。

 店の前でみすゞと別れる直前だ。不意に、悠里がみすゞに問う。


「大学時代、佐藤さんは那可子さんと親しかったのですか?」


 その問いに、みすゞは口を噤み、俯く。


「……わかりません……」


 絞り出すような声で言うみすゞ。悠里はそれ以上追求することはしなかった。


「そうですか。ありがとうございます。」


 そして、みすゞと別れ、翡翠と悠里2人きりになると、翡翠は口を開く。


「あれ、知ってるのに黙ってるくさいね」


 別れる直前の、悠里に問に対するみすゞの行動は、あからさまにおかしかった。

 

「だな。大学時代、佐藤真吾と三井那可子は親しかったのだろう」


「それをなんで隠してんのかね……。この件、那可子さんが死んだことと関わりがあるっぽい……?」


「そこまでは確証が持てないな……」


 情報はそれなりに増えてはいるものの、確実に事件との繋がりがあるかといえば、全くだ。

 相変わらず、予測、憶測の材料にしかならない。

 翡翠はがっかりしたため息をついた。


「そう残念がることもない。情報を集め続けていれば、どこかで事件に繋がるかもしれん」


 翡翠の頭に手を置き、そう諭すように言う悠里。

 確かに、そうかもしれない。

 地道に情報を集めて積み上げ、そこから真実に繋がる情報と証拠を見つけ出すのが探偵だ。


 翡翠はたまに、悠里の手伝いをする程度の関わりしかないが、それでも、探偵という仕事を間近に見ている。だから、悠里の言葉に納得できた。

 捜査は始まったばかり。今は、情報を集め続けるしかないのだと。


「めんどくさいけど、事件の真相が分からないのは気持ち悪いから、手伝えることは手伝うよ、俺も。めんどくさいけど」


 本心としては、この事件の真相解明に、自分が役立てたら良いと思っていた。けれど、素直には言えず、そんな言い方になってしまう。


 そんな翡翠の頭を、悠里が少し乱雑に撫でた。

 恐らく。いや、間違いなく。悠里に本心は見抜かれている。


「お前にそう言って貰えると、頼もしいよ」


 嬉しそうに微笑む母の顔から、翡翠はふいと目を逸らし、乱暴なその手から逃げ出すと、「もう帰ろう」と、帰路へ足を向ける。


 自分の背後ではきっと悠里が笑っているだろう。翡翠は振り向くこともせず、帰り道を歩き続けた。





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