【三井みすゞ】( 1 )



※ 8月19日16時25分ごろ ※



 朝から変わらずの曇天。けれど、屋外は蒸し暑い。

 翡翠は、半袖ハーフパンツな出で立ちで居るのだが、その暑さにうだっていた。


 けれどそんな中、7分丈とはいえレザージャケットを羽織って、レザーパンツという、格好でいるというのに、悠里は暑さなど感じていなさそうだ。


 ジャケットの下がタンクトップなのだが、それでも絶対に暑いだろうと断言出来るレベルだ。

 そんな服装でも汗ひとつかいていない悠里を見上げながら、翡翠は我が母ながら、人外だなと思う。


 翡翠が悠里に連れられてきたここは、佐藤の経営する会社からほど近い場所にあるレストランだ。


 少し早い時間だったので、客の数は少なめ。

オフィスの近くにある影響か、仕事帰りらしい人々が食事をしている。

 案内された席で、悠里と並んで座っていると、間もなく、1人の女性がやってきた。

 三井みすゞだ。


「突然お呼びだてして、申し訳ありません」


 イスから立ち上がり、みすゞを出迎える悠里。その隣で、翡翠はにこやかに作り笑いだ。


「あ、いえ、それは全然かまいません……けど」


 みすゞがちらりと翡翠を見た。翡翠の事が気になる様子だ。


「その……弟さん……ですか?」


「いえ、息子です。仕事だと言うのに、ついてくると聞かなくて……」


 みすゞに返す悠里の言葉は、嘘である。子供がいると、話題が逸れやすく、警戒心を解きやすい。

 特に、女性に対しては効果らしく、調査に連れてくることがよくある。もちろん、子供嫌いな相手も居るので、その辺はしっかり計算は必要ではあるが。


「息子さん?! すみません、お子さんが居るようには見えなかったので……。小学生……中学生……?」


「いえ、気にしてはおりませんから。小学4年生です。他の子よりも体格がよいもので、中学生と間違われることもしばしばです」


 この辺りのやりとりは、いつものパターン。

 悠里はその見た目から、子持ちに見られない事が多い。

 さらに翡翠は、平均的な小学4年生男児の身長よりも、頭ひとつ飛び抜けている。

 そのため、このような会話になるのだ。


 悠里の隣で、無邪気な子供のふりをする翡翠。正直、無邪気キャラは自分の領分ではないので、疲れるのだが……。

 しかし、悠里を手伝っていれば、欲しいものがあった時の交渉がスムーズに済むので、嫌でも我慢ができるのだ。


「綺麗な目の色ですね。お顔は、お母さんそっくりで」


 翡翠達兄弟は、それぞれ特徴的な瞳の色をしている。

 顔の見た目は母の遺伝子が強いのだが、目は父親からの遺伝だ。それぞれ色が違う。つまり、3人とも父親が違うという事だ。


 翡翠は父親の顔を知らない。生まれる前に事故に巻き込まれて死んだらしい。

 ちなみに、琥珀の父親は病死。瑠璃の父親は行方不明だ。


 話が逸れたが。


 珍しい瞳の色に、みすゞの意識は翡翠の瞳に向けられている。


「あ、目の色といえば、金色の目をしたあの方……」


「琥珀ですね」


「そうです、琥珀さん。彼が弟さんですか?」


 瞳繋がりで、話題が琥珀へと変わる。これもよくあるパターンだ。


「いえ、あの子も息子です」


「ええ?! すみません、あんな大きいお子さんがいらっしゃるようには見えなくて……」


 翡翠達の話題になると、交わされる会話のほとんどが同じになる。

 

「琥珀を産んだのは、10代の頃でしたから」


「ああ、なるほど……。それにしても、子持ちに見えませんね……びっくりしました」


「よく言われます。母親らしくない見てくれなもので、、子持ちには思われません」


 確かに、悠里は見た目から格好まで、子持ちに見える要素が少ない。

 浮世離れしている。所帯染みたものを感じない。

 小学校での授業参観で、他の同級生達の親に混ざる悠里は、あきらかに異質な存在に見えた。


「母親らしくないなんて、そんな事ないですよ。綺麗でかっこいいお母さんじゃないですか。ねぇ?」


 突然みすゞから話を振られる。悠里に対する気遣いの含まれた言葉に、翡翠は作り笑顔だけで答えた。


「そう言われると、なんだか照れますね」


 そんな謙遜の言葉を言う悠里は、本当に照れているのか、口先だけなのか、息子の翡翠にもわからなかった。


 そんなこんなで、会話が一区切りした段階で、ウエイターに食事を注文する。


 大人向けの料理が多い店だが、瑠璃が好みそうな料理が多いなと、今日はお留守番になってしまった妹との事を考える翡翠。

 琥珀がきっと、美味しいものを作って食べさせて居るだろうが。


 翡翠は、白身魚の香草焼きをスープとパンをセットにして注文。

 みすゞは、ヒレステーキがメイン料理のようだ。


 悠里はというと、赤ワインをフルボトル。注文の際、châteauシャトーという言葉が聞こえたので、下手をすれば、翡翠やみすゞが頼んだ食事よりも、値段のはるものである。


 悠里はこの食事の支払いを、秋造に経費として請求するつもりだ。絶対に、確実に支払わせるんだろうなと、母を横目で見上げながら翡翠は思う。

 自分のもつ、ちゃっかりな所は、確実に母からの遺伝だろう。

 

 食事を待つ間は流石に退屈だった。翡翠は持ってきていたスマホでゲームを始める。

 その様子を見ていたみすゞは、本題にはいった。






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