【加々美柊馬】( 2 )



「那可子との関係だっけ? 退屈しのぎの遊び相手だよ。俺もあいつも、本気じゃなかったよ」


「お遊びのお相手…ですか……」


 遊びで婚約者のいる女性に手を出すなんて、なんて男なんだと、あかねは心中で憤慨する。が、それを口に出せば、また琥珀に抑えられるだろうと、ぐっと堪えた。


「あの女、俺と繋がる以前は別の男と遊んでたぜ。そういう性の女なんだよ。安定してる状態より、不安定な状態を好むのさ」


 加々美の言葉に、あかねは衝撃を受ける。浮気がバレて、大変な事になるであろう、不安定な状態を好むなんて、信じられない心理だった。


「ちなみに、那可子さんといつ頃からそのような関係に?」


「アイツが婚約する直前くらいだな。5月くらいだったかな、今年のさ」


「那可子さんが何かトラブルに見舞われていたという話は?」


「警察と同じ事聞いてくんのな、イケメンくん」


 次々と問う琥珀に苦言をこぼす加々美。

 琥珀は笑顔で何も答えない。

 その様子を見て、諦めたように加々美は「ま、いっか」と肩をすくめた。


「那可子のやつさ、ストーカー被害に悩まされてたみたいだぜ。詳しい話は聞かなかったが、時々愚痴を零してた」


 それは、知らない情報だった。琥珀も、驚いた顔をしている。


「ストーカー被害……?」


 あかねも、思わず口を挟んでしまった。


「その話、警察になさっていらっしゃいますか?」


 琥珀の言葉に、加々美はしれっと首を振る。


「なんか面倒になりそうだから言ってない」


「はぁ?!」


 そのいい加減な物言いに、さすがに怒りを我慢できなくなるあかね。


「あかねさん、落ち着いてください。お仕事中は、冷静に」


 そう、琥珀になだめられてしまった。それを見て、加々美が苦笑する。


「俺から話せるのはこの位だな。そろそろ、帰ってもらってもいいか? そろそろ仕事に戻りたいんだ」


「ああ、申し訳ありません。お忙しいところ、ご協力くださいまして、ありがとうございました」


 加々美に詫びと礼を言い、頭を下げる琥珀。

 まだ聞きたいことはあったが、これ以上仕事の邪魔はさすがに良くなさそうだ。

 あかねも琥珀に倣い、頭を下げた。


「ありがとうございました」




※ 8月18日13時40分ごろ ※



 加々美のマンションから、あかねは琥珀と共に外に出た。

 空は変わらずどんよりと曇り。湿気を纏う熱気が再び襲ってくる。

 そんな中を歩きながらも、あかねは頭を悩ませていた。


「ストーカー被害だなんて………」


「警察の捜査資料の中にはなかった情報です。まだ、そこまで行き着けてなかったというには……」


 警察の調査も、ストーカー被害の話を取り落とすほど節穴では無い。

 父親が刑事である、あかねにはわかる。


「意図的に隠されてた可能性もありそうじゃない?」


 亡くなった三井那可子の関係者が、ストーカー被害の話を警察にしていない事があまりに不自然に感じのだ。

 殺人の可能性があるかもしれないというのに。


「警察の聴取に対して、ストーカーの話を誰もしていないのは、気になる所ですが……」


 琥珀もあかねと同じくストーカー件にはひっかかりを覚えている様子。

 けれど、それ以上の言及はしなかった。恐らく、できないのだろうと、あかねは思った。


「なんにしたって、情報が足りないかぁ……」


 あかねの言葉に頷く琥珀。


「そうですね……。とりあえず、今日はここまでにして、悠里に報告しましょう」


「そうだね」


 現状報告のため、探偵事務所へと帰る事に、あかねも賛成だ。

 この情報が、捜査の役に立つかどうかは不明だが、それでも、新たな情報ではある。


 三井那可子の身に、いったい何があったのか、聞き込みをする度に謎が増えていく。

 それを解き明かす為に出来る事は、情報を集める事だけだ。

 まだ、話を聞いていない人物も居る。

 探偵助手として、少しでも情報を集め、悠里に報告しなければ。


 あかねは心中で気合いを入れた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る