【佐藤真吾】( 2 )




「と、ともかく、今回の依頼の件なんですが、続行なさいますか? 浮気相手からの慰謝料をお考えなら、そちらの情報を詳しくお調べいたしますが……」


 みすゞの様子にたじろいでいた琥珀が、なんとか気を取り直し、話題を変えた。その問いに、佐藤は頭を横に振る。


「いえ、終了で結構です。これ以上は必要ありません」


「そうですか、わかりました。これは、1日分の調査資料ですが、お渡しいたします」


「………ありがとうございました」


 琥珀が、真吾に調査資料の入った封筒を渡す。中には、資料以外にも着手金も入っているが、その話をしなかった。


 そんな2人のやり取りを見ていたあかねだったが、ふと、気になった事がぽろりと口から出る。


「佐藤さんは、どうして那可子さんと婚約したんですか……?」


 那可子は確かに、可愛らしく、男性にもモテそうな女性だ。けれど、佐藤のような会社の社長をしている男性が、顔だけで選ぶとは思えない。

 一体どこが良くて結婚しようと考えたのか、不意に気になってしまったのだ。


「あかねさん、ド直球に踏み込まないでください」


 琥珀が慌てるが、無視。


「……あ、那可子と………?」


 突然の質問に、佐藤も驚いた顔だ。


「あああ、すみません。話したくないなら、話さなくても大丈夫ですから!」


 焦る琥珀の様子に、苦笑いを浮かべる佐藤。

 機嫌を損ねた様子はない。


「僕と那可子は、大学のサークル仲間でした。大学を卒業したあとは、疎遠になってましたけど」


 佐藤は、那可子との馴れ初めを語ってくれた。


「去年の11月、偶然出会ったんです。那可子は、僕が交渉先に向かったビルの受付嬢をしていました。その後、交際に発展して、婚約したんです」


「サークルでは親しくされてたんですか?」


 元サークル仲間なら、その時に仲良くしていたのだろうかと、あかねはそう思って聞いたのだが……。


「いえ……そんな事は全く。サークル仲間とはいえ、結構人数のいるサークルだったので、顔見知り程度でした」


 そんな返答に、あかねはますます訳がわからなくなった。佐藤は那可子のどこが良くて結婚しようと思ったのか。

 再会したのが去年の11月なら、なかなかのスピード婚約ではないか。


 と、そんな事を考えていたあかねの視界に、意味ありげに、佐藤の顔をちらりと見るみすゞが映った。

 何かあると思い、あかねが問いを口にしようとした瞬間、琥珀の手に塞がれた。


「すみません、おかしな話を聞いてしまいまして……。それでは僕らはそろそろ失礼しますね」


 あかねの口を塞いだまま、にこにこと笑顔で言う琥珀。

 腹がたって鋭い目つきで睨んだが、琥珀には一切効果もなく。


 それからはあっという間。

 あかねは琥珀によって、応接室からに連れ出されてしまった。半分くらい引きずられる形で。


 琥珀によって、佐藤の会社の外へと連れ出され、あかねは不機嫌でたまらない。


「なんで!? あれ、なんか怪しいってば」


 琥珀に対して食ってかかるあかね。

 けれど、琥珀はとても冷静だ。


「確かに、何か隠してる様ですけど、あれ以上の情報は引き出せないですよ。警戒されてましたし」


「何よ、私が悪いってこと?!」


 自分が佐藤に那可子との馴れ初めを聞いたせいだと言われたようで不愉快な気分だ。


「いえ……。僕が何かを聞いていたとしても、結果は変わらなかったと思います」


 琥珀曰く、最初から警戒しているようにも見えたのだと。


「先程の会話で得られた情報は、『大学のサークル時代は、全く親しくなかった』は、嘘であるという事でしょう」


「みすゞさん、佐藤さんが嘘をついてびっくりしたように見えたけど、見間違いじゃなかったよね?」


 あかねの視界に入ったみすゞの様子は、戸惑いを帯びていたように見えた。

 

「はい。僕も同じように感じました」


 頷く琥珀。彼も同じように感じたのなら、間違いないようだ。


「なんで、嘘ついたのかな?」


 そんな嘘をなぜつく必要があったのか、さっぱりわからない。


「さあ、わかりません」


 と、琥珀が肩をすくめる。まあ、わからなくて当然だ。まだまだ情報が足りないのだから。


「ただ、佐藤さんは浮気調査もあまり乗り気な様子はありませんでした。何か隠している事があるのは、確かではないかと」


 今回わかったことは、佐藤が何かを隠している様子である、ということだけだ。これが事件に関係する事なのかどうかすら、わからない。


「とりあえず、この件は悠里さんに報告だね。で、次は、誰のところに行くの?」


「次は………」


 今出来るのは、聞き込みをして情報を集めることだけだ。

 あかねは琥珀と共に、次の関係者の元へと向かうのだった。

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