【気になる3人】



「もし、三井那可子女史が、目撃された不審者によっての他殺だったと仮定した場合、怪しいと思われる人物は……。わかるな、琥珀」


 隣に座る悠里が、横目で視線を送ってくる。琥珀はこくりと頷いた。


「はい。彼女の婚約者の、佐藤真吾さん。元恋人、鈴本太治さん。浮気相手の加賀美柊馬さん。の、3人です」


 と、ここで驚いたのが、明だ。


「浮気相手?!」


 琥珀は再び頷き、言葉を続けた。


「はい。三井さんは、白昼堂々と浮気してました。写真もありますよ」


 刑事2人の顔が、驚きで歪んでいる。


「三井那可子が転落死したのは、浮気調査初日の夜でもある。琥珀たちが帰宅したのは、加賀美柊馬との密会後。その後から、死亡するまでの間に、何かしらが起きた可能性はある」


 横から、悠里が捕捉を入れた。


「確か、3人とも身長は180cm台。目撃情報と一致するな。しかも、三井さんの浮気も絡むとするなら……」


 腕を組み、うんうんと唸る秋造。


「三井さんの浮気の事で、佐藤さんが激昂して、神社から突き落とした……とか?」 


 そんな思いつきを、明が口にしたが、即座に悠里からの突っ込みが入る。


「三井女史が突き落とされた形跡はなかったんだろう?」


 そう言われ、「あっ、ハイ……」と、しょんぼりと肩を落とす明。


「三井さんの浮気現場を押さえた時、佐藤さんには黒である連絡は入れました。だから、佐藤さんが三井さんの浮気に激昂した線はなくもないかもしれませんけど……」


 浮気調査の日を思い出しながら、琥珀なりの考えを口にする。が、悠里はそう思わないようだ。


「佐藤氏の怒りゆえの犯行と考えても、わざわざ自宅の近所にある神社に、呼び出す理由は? 他にも不自然な点はあるぞ」


 そう返され、琥珀も返答に困ってしまった。

 確かに、那可子から佐藤に入った、連絡の内容も謎のままだ。彼が本当のことを言っているのか違うのかもわからない。さらに、突き飛ばされた形跡もない。

 浮気を知って激昂という線は、あまり適当な推理ではなさそうだ。


「激昂して殺害の線はないにしても、浮気調査の依頼を受けた日の様子は気になります。こうなる事を知っていた可能性もあります。那可子さんが事故死でないならば、関わりがあってもおかしくはないかと」


 あの日の佐藤は、浮気調査を依頼しに来たにしては、あまりに様子がおかしかった。

 何らかの理由があったと琥珀は思うのだ。

 その所感には、悠里も納得したようで、首を縦に振った。


「2人目。僕が怪しいと感じるのは、元恋人の鈴本太治さんです。鈴本さんが三井さんに連絡した履歴があると、捜査資料にありました。

 その際、神社に呼び出して、何らかのトラブルになった可能性はあります」


 琥珀が次に思いついたのは、鈴本太治が何らかの理由で、那可子を呼びだし、その事で、那可子が佐藤に急用が出来たと連絡をし、事件が起きたという筋書きだ。

 最初から殺すつもりで、証拠が残らないよう突き飛ばす以外の方法を使って、石段から転落させたならは、辻褄はあうと思う。


「時間帯は、佐藤氏に三井女史が連絡を入れる、30分ほど前か。ありえない線ではないな」


 悠里がふむと頷く。


「鈴本さんは俺らの聴取に対して、婚約の噂を聞いて、祝福の為にしたって言ってたっス」


 元恋人の婚約を祝福する……という話がありえないとは思わない。しかし、嘘のようにも感じる証言だと琥珀は思う。なんとなく、不自然さを感じたのだ。


「確かに、鈴本氏が振られたことを恨んでいたなら、恨みからトラブルに発展……はありえるなぁ」


 秋造もうんうんと頷いている。

 しかし、これはもしもの話。証拠がある訳でもなんでもない。


「そして、3人目。加賀美柊馬さんも、関与の可能性があると思います。彼は那可子さんが死亡した日の昼に密会していた相手ですから」


 加賀美柊馬が那可子と密会する様子は、尾行していた事もあり、琥珀もよく見ている。けれど、詳しい会話はあまり聞けていない。

 特に、2人が入ったホテルに中での会話は、把握していないのだ。


「加賀美さんの証言では、恋愛相談の為に連絡を入れたって話っスけど」


「恋愛相談なんぞの訳がない。浮気を誤魔化す為の真っ赤な嘘……だな」


 明の話に、秋造が肩をすくませた。秋造の言には、琥珀も同意だ。


「結婚予定のある相手との浮気だ。何かのトラブルを抱え、事件に至る可能性はある」


 現状でわかる事から、那可子の死に関与した可能性のある3人を挙げた。

 しかし、どれも可能性の域から出ることは無い。


「どれも、三井さんが殺害された場合の仮定で考えた事ですけれど……」


 全ては、仮定。真実には程遠い。


「やはり、圧倒的に情報が足りんな」


 悠里が頭を降った。その通りだと、琥珀も思う。

 刑事2人も同感といった様子だった。


「引き続き、捜査は進めている。今日の話を踏まえての調査もするつもりだ。新しい情報は随時そっちに渡すから、何か気にかかる事があれば、教えてくれ」


 秋造の言葉に、悠里が頷く。


「こちらでも独自に調査させてもらうぞ」


 今度は、秋造が頷いた。


「ああ、それは構わん。が、あかねが危ない目に合わないようにはしてくれよ」


「それはもちろん。常に、琥珀と一緒に行動させるから安心してくれ」


 事件が絡むかもしれない調査だ。父親が、娘を心配するのは当然だ。その事を、悠里だけでなく、琥珀自身も理解している。


「琥珀、あかねの事を頼んだぞ」


 秋造の言葉に、琥珀は力強く頷いた。


「はい」


 正義感が強いあかねは暴走する可能性もある。探偵助手の先輩として、しっかり面倒をみなければ。

 琥珀は心中で決意を新たにした。

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