【月下の出会い】( 2 )


 女性の姿に見蕩れていたのもつかの間。小道に放り出された男が立ち上がり、ナイフで女性に襲いかかる。けれど、ナイフが女性に届くことはなかった。


 自身に向かって、振り上げられたナイフの軌道を、左手で払って難なく捌き、その流れのまま、男の鳩尾に膝を打ち込む。

 女性の動きには、一切の無駄がなかった。

 急所を突かれた男は、気絶したのだろう。倒れ伏して動かなくなった。


「大丈夫か……?」


 男が動かなくなったことを確認し、女性が心配そうに声をかけてきた。低く、優しい声が耳に心地よい。

 あかねはこくりと頷く。


 彼女は、何かに気づいた顔になったかと思うと、着ていた上着のポケットから、白いハンカチを取り出しながら、近づいてくる。


「大事に至らなかったのは幸いだが、怪我をさせてしまったな。遅くなってすまない……」


 ハンカチをあかねの頬に当てながら、申し訳なさそうな顔をする女性。そういえば、頬を少し切られていたと思い出した。

 けれど、そんな些細なことなど、あかねにはどうでも良い事だ。


 目の前にある想像以上に美しいその顔に、ナイフを持って襲いかかって来た男を、簡単にいなしてしまえるその強さに、胸の高鳴りが止まらない。


 遠くからサイレンの音が聞こえた。

 それを聞いて女性が口を開く。

 

「もうすぐ、警察が来る。念の為、病院へ連れて行ってもら……」


「好きです!!」


 襲われた恐怖などどこへやら。あかねは突拍子もない言葉を紡いでいた。

 目の前の女性も面食らっている。


「…あ……ありがとう……?」


 女性は困惑したような返事しか返せないようだ。

 後々、思い出してみれば、それは当然の反応だろうとあかねは思った。


 そうこうしている間に、パトカーの音は多くなり、数が増え、公園はにわかに騒がしくなってくる。

 数人の警察官が倒れている男に手錠をかけ、連行してゆく。

 あかねの元には、顔見知り女性刑事がやってきて、顔を見るなりびっくりされた。


「あかねちゃん?! ちょっとまって、お父さん呼ぶから!」


 そう言って、近くの警察官に指示をだす。

 間もなく、父である紅月秋造と、その相方である轟明が血相を変えて走ってきた。


「あかね!! 大丈夫なのか!?」


「すまない、頬に怪我を……」


 秋造に申し訳なさそうに報告する女性。


「お姉さんは悪くないの。助けてくれなかったら私、死んでた!」


 女性を庇う言葉に、秋造はうんうんと頷き、女性に頭を下げる。


「ありがとう、神崎。おかげで娘が助かった」


「……あの男が恐らく、これまでの事件の犯人だ。しっかり調べあげてくれ」


「ああ、それはもちろん」


 その会話が終わると、女性はあかねに手当に使っていたハンカチを握らせ、その場から立ち去ってゆく。


「お父さん、あの人知り合い?」


 去ってゆく彼女を見送りながら、あかねは秋造に問う。


「神崎か? ああ、お前が生まれる前に少し……な」


「神崎さん……名前は? どこに住んでるの? どんな人?」


 秋造の返答に、あかねは矢継ぎ早に質問を投げかける。その圧に根負けした父は、彼女について教えてくれた。


 彼女の名が神崎悠里。3人の子持ちで、最近までは、海外に住んでいたらしい。

 私立探偵として事務所を立ち上げ、その縁で秋造と再会したそうだ。


 今回の事件も、捜査協力を彼女に依頼していたらしく、おかげであかねは助かったのだ。

 悠里は、優秀な探偵で、事件解決に協力を頼んで、迷宮入りした事がない程なのだとか。


 彼女についての話を父から聞き、あかねの憧れはますます膨らんでゆく。

 悠里さんみたいなかっこいい大人になりたいと。


 その後、紆余曲折あり。

 大学生になったあかねは、悠里の営む、神崎探偵事務所の助手見習として、働くことになったのだった。




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