――あかねと悠里――

【月下の出会い】( 1 )



※ 4年前、4月某日22時ごろ ※




 それはあかねが高校生になって間もない頃の話しだ。

 春先には変出者がよく出ると言われるが、その頃は、連続婦女暴行殺人事件が起こっていた。


 犯行の手口から、同一犯。刑事が必死に捜査しているが、なかなか犯人は見つからないらしい。

 刑事である父親が、帰宅も出来ず駆けずり回っている事を、あかねは知っている。

 時折、母の代わりに父の着替えを、職場に届ける事があった。

 そこでの慌ただしさから、警察がどれだけ犯人逮捕に懸命であるかも知っている。


 父からも、学校からも、ニュースでも、夜間に女性が、公園や人気のない道路には近づかないように、独り歩きをしないようにと注意喚起が行われていた。


 だというのに。


 高校に入り、沢山の友人が出来たことで、あかねは浮かれてしまったのだ。友人と遊び回り、気付けば夜になっていた。


 家路を急ぐあまり、あかねは人気のない公園をルートに選んだ。

 帰宅が遅くなってしまった、焦りからだった。


 街灯もまばらな、公園中央を横断するレンガ道。

 あかねは、その道を走り抜けようとする。

 昼間なら人々が集まり賑やかなその場所も、夜も遅いとしんと静まり返っていた。

 あかねの走る足音が、公園に響き渡っている。


 今日は満月。

 しかし生憎、今は厚い雲の向こう側。少し前までは、頭上に輝いていたのだけれど。


 公園は、街灯の周辺をのぞいて、真っ暗だ。

 まだ刈り込まれていないツツジと、剪定のされていない樹木が、微かに視界に入った。

 焦っていなければ、この道を選ばなかっただろう。遠回りでも、もっと人通りの多い道を選んだはずだ。


 急いで帰らないと、お母さんに怒られる。

 そんな気持ちが、先行してしまったのだ。


 公園中央から、もうすぐ通りに出る。そこから先は、監視カメラの多い道になる。安全圏の目前。

 そんな場所で、あかねは突然、横から見知らぬ男に組み付かれた。

 そして、口を手で塞がれ、無理やり人目につかない、公園の茂みに引きずり込まれる。

 押し倒されるまで、あっという間の出来事で。


 何が起こったのか、理解が追いつかなかった。

 目の前に、ナイフが突きつけられるまでは。


 月光の届かない夜闇。

 しかもフードを被っていた為、男の顔はよく見えない。しかし、興奮しているのが分かるほど、不快な程に息を粗げているのはわかる。


「痛い目にあいたくなかったら、静かにしてろ」


 頬に冷たい感触が触れた。ピリリと痺れが走る。

 あかねの体は、恐怖と混乱ですくんで動かなくなった。


男が、あかねの口に、何かの布を押し込んでくる。

 これでもう、逃げ場はなくなった。あかねの声と体の動きを封じて、男はその体を触り始める。


 触れられたくない、逃げ出したい。

 けれど、体はガタガタと震えるばかり。自分の体なのに、自身の意思で動かせない。


 あれほど注意喚起をされていたというのに、あかねは己の判断力に後悔した。

 ああ、わたし、ここで死ぬんだ……と、覚悟し、目を瞑る。


 けれど突然、あかねの体に覆い被さる重みが消える。

 何が起こったのか、その瞬間は理解が出来なかった。


「なんだお前は!」


 怒気をはらんだその声に、目を開けば、覆いかぶさっていた男が誰に、後襟首を掴み上げられている。

 男を掴みあげた人物は何も言葉を発しない。


「離せ!」


 男が怒りの声を上げ、ナイフを手に暴れ回っている。けれど、後首を抑えられているため、どんな動きも攻撃には転じない。

 男は為すすべもなく、公園の通路へと引きずり出された。


「なにすんだ、てめぇ!」


 男の怒鳴り声にハッとして、あかねは上体を起こし立ち上がる。体はなんとか動いてくれた。

 通路へと近づけば、離れた場所に放り出され様子の男と、長身の誰か。


 その時、雲が切れ、月の光が公園に射し込んだ。月光が、あかねを救った人物の横顔を照らす。

 黒い服に身を包んだ、長身の女性。


 なんて美しい人なのだろうか。

 離れた場所からでもわかる、中性的なその美貌。ミステリアスな輝きを放つ瞳から、あかねは目を離すことが出来なかった。




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