第7話 黒と銀の出会い

馬車に揺られること2日半。


もはや最初にこんなに着飾る必要なんてなかったのではないかと思うくらいの長旅だった。


幸福の国に着く一歩手前の街で、崩れ去ったメイクを直し、散々に着飾られたアスナはもうぐったりしていた。


結局、勝負服は黒髪が映えるという理由でターコイズブルーのドレスになった。


お相手の銀髪?と合わせるために、アクセサリーは全てシルバーだ。


それが重くてさらに肩がこる。



「…アスナ様。会話を弾ませろとは言いませんので、せめて笑顔をでいてください」



着飾り疲れと、アクセサリーの重さで無意識に嫌な顔になっていたらしい。


馬車の向かいの席に座るリサが呆れたように息をついた。



「残念ながら、黒魔術の国の全員の期待を背負って来てしまったので、いい結果が残せるようお祈り申し上げます」


「……祈るくらいなら代わってほしい」


「それは無理です」



ぴしゃりと断られ、もう項垂れるしかない。


しばらくすると目的地に着いたのか、馬車の速度が緩み、次第に止まった。


さすが王族が手配する馬車だ。


止まるときの負担が少ない。


そして流れるような動きで御者がやってきてそっとドアを開けた。



「お疲れ様でございました。足元お気をつけください」



降りやすいように置かれた階段。


普段のアスナであればジャンプで飛び降りたいところだが、ここは幸福の国の入り口。


初手でそんな破天荒なことはさすがにできない。


アスナは張り付いたような笑顔でお礼を言いながら用意された階段で馬車を降りた。


降りた瞬間に感じる、暖かい空気。


気候もあるのかもしれないが、空気が澄んでいて、花の香りが漂う場所だった。


石畳に敷かれた赤い絨毯の周りを囲むように花壇が続いている。


そこには初めて見るような花がたくさん咲いていた。



「(……どおりで)」



溢れんばかりの花の香りはここからするようだ。


黄色やピンク、オレンジなど、幸せを象徴するような花ばかり。


すると向こうから若い従者がやってきた。


ネイビーのスーツを着こなし、優雅に歩いてくる。


そしてアスナの前に止まると胸に手を当てて一礼した。



「お待ちしておりました、アスナ様。私、イオ皇子の従者のルークと申します。城までご案内します」



さすが、皇子付きの従者ともなれば身のこなしは申し分ない。


社交界でも同行するのだから、下手な所作では面目丸つぶれだ。



「あ、ありがとうございます」



一方で、こういった表向きの付き合いに慣れていないアスナはどうしてもぎこちなくなってしまう。


後ろでリサが「ちゃんとしろ」と言わんばかりに咳払いするのが聞こえる。


アスナはハハとごまかすように笑いながらルークのあとをついていった。



城は白を基調としており、太陽の光を取り込む造りになっているのか、全体的に明るい。


普段少し暗い照明にしている自国の城に慣れているアスナは眩しそうに目を細めた。


途中、すれ違う侍女や使用人たちもなんだか明るい。


みんなにこにこしていて幸せそうだ。


幸福の正体が何なのか、アスナはいまいちわかっていないが、きっとこういう雰囲気も含めて幸福の国なのだろう。


しばらく廊下を歩いていると、明らかに重厚感満載の扉の前にたどりついた。



「イオ皇子はこちらでお待ちです」



ルークはそう言って優しく微笑む。


アスナはごくんと息を飲んだ。


噂に違わぬ優男が出てくるのか、はたまたそれは幻想なのか。


チラリと後ろにいるリサを見ると、さすがのリサも緊張しているのか、表情が硬かった。


アスナは前に向き直り、改めてドアを見上げた。


それを見ていたルークは小さく合図をして、ゆっくりその扉を開いた。



「…っ」



大きな窓があるのか、ドアが開いた瞬間、まばゆい光が差し込んできた。


その光の中に、一人の影が見えた。


ドアの開閉の音に気づいたのか、こちらを見て立ち上がる。


光が髪の毛に反射してキラキラ光っていた。


立ち上がると思ったよりも背丈が高くて、見上げるような形になる。


逆光になって顔はよく見えない。


アスナは目を凝らして、その光になれるようにシパシパ瞬きを繰り返した。


ようやく目が慣れて来ると見える、目の前の男性。



「……」



アスナは、ゆっくり彼を見上げた。


銀色の髪に、切れ長の目。瞳の色は深い海のような青で、血色のいい薄い唇はキュッと結ばれている。


アスナよりも頭一個以上高い背は、程よく鍛えられており、飛びつきがいがありそうだ。


などと考えながら、慌てて頭を振る。


とりあえず変な印象を与えないように、アスナは賢明に笑顔を作った。



「……遠路はるばるご足労いただき、ありがとうございます」



あまりありがたいと思っていなさそうな声色に、一瞬遅れながら「…えぇ」とうなずく。


そしてソファを促され、礼を言いながらゆっくり腰をかけた。



「(わ…、すっごいふわふわ)」



言いたくなる気持ちを抑えながら、リサを見る。


彼女は「変な言動はお控えください」と目で訴えかけて来たので、仕方なく言葉を飲み込んだ。


彼も、アスナがソファに座るのを見届けると、向かいに座ってこちらをじっと見つめた。



「……」


「……」



何を話したらいいのか分からなくなり、無言の空間が訪れる。


しかし、すぐにいたたまれなくなったアスナは、おずおずと口を開いた。



「あ、あの…、この度は、ご面談?の機会をくださり、ありがとうございます」


「……こちらこそ」



改めて考えるとヨンスが勝手にアプローチして設けた席だと思うと、なんだか押しかけてしまったような形だ。


あまり嫌がられないように、謝罪だけでも早々に言ってしまおう。



「お忙しかったんじゃありませんか?すみません、急なお話になってしまって」


「……いえ。こちらもちょうど良かったので」


「ちょうど良かった?」


「……えぇ。前のお相手からお断りの連絡が入ったところでしたので」


「……」



反応しづらい。


なんとも反応しづらい回答に、アスナは思わず口をつぐんだ。


さらっと普通の会話の流れで出てきたが、これは「前のお見合い相手に振られた」という話だ。


友達であれば慰めることもできるのだが、目の前にいるのはお見合い相手。



「(……難易度が高い)」


「(…これは難易度以前の問題のような)」



リサが目でそう訴えかけているように見えて、ますます混乱する。


さらに特筆すべきはこの。



「(…怒ってる…?)」



と疑いたくなるような無表情。


綺麗な顔が、より無表情を際立たせて怖さが増す。



「……」



締め上げたコルセットに、肩の凝るアクセサリー。


反応に困る爆弾発言に、この無表情。



「(……無理かも)」



アスナは遠く離れた国に残ったヨンスに向けて「ごめん」と念じたのだった。

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黒と銀の協奏曲 sumi @amin3991

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