第3話 嫌われものの誕生日−2

「アスナー!お誕生日おめでとう!!」



短い腕を懸命に開いて、大広間にやってきた彼女を盛大に向かい入れたのは、ハンスの弟でもあるアスナの父、ヨンスだ。


ハンスとは違い、ずんぐりむっくりの体で、とても黒魔術の国の国王には見えない。


隣でニコニコ微笑んでいる母、シャーロットも黒魔術の国出身には見えない温厚な女性だ。



「さ、早く座りなさい。お前の好きな料理を用意させたよ」



長いテーブルの端っこ。


いつもこんなに大きなテーブルが埋まることがあるのだろうかと考えるほど無駄なサイズ感。


アスナは乾いた笑みを浮かべて、ヨンスの差し出す椅子に座った。


するとちょうど良く、大きなケーキが乗ったテーブルを押しながら兄のハリソンがやってきた。


2つ年上の兄は両親に似てちょっと抜けている所もあるが、次にこの国を背負う皇太子だ。


かくいうアスナも王族に生まれた皇女であるが、全くそのような雰囲気は感じられない。


それは彼女だけでなく、家族全員と言える。



「ハッピバースデートゥーユー」



火薬が塗られた棒が、火花を散らしながらパチパチ光を放つ。



「ハッピバースデートゥーユー」



兄に倣って、ヨンスとシャーロットも歌う。


謎の歌を歌い終わると、兄は指笛を鳴らして盛り上げた。



「アスナ、20歳、おめでとう!」



すると、急にヨンスが真面目な顔になる。



「え…?アスナ、20歳なの?」


「え?知らなかったの?」


「え…?なんでここにいるの?」


「え?なんで今それ聞く?」



ちょっとずつ顔を近づけてくる。



「20歳って…!もうお嫁に行ってるはずの年齢でしょ!?」



現実が信じられないのか、わなわな震えている。



「普通、この時代女の子は15、6でお嫁に行くじゃん!アスナはなんで行かないの!?」


「なんでって言われても…」



アスナも一応、普通の女の子のように15歳になった時に色んなお見合いを紹介されて会いに行ったことは数え切れないほどある。


ぼんやり過去のお見合いの結末を思い出してみた。




ーーーー火の国。



『黒魔術の国がなんだか知らないが、この世界でいちばん強いのは俺だ』



彼は玉座の1番高い位置に座り、足を組んでこちらを見下ろしていた。


赤髪をかきあげ、いかにも強い男を演じているような、そんな雰囲気だ。



『……今日はお互いお見合いの場。国の優劣は無しに、対等にお話する予定では?』



随分離れた階段の下で、一応礼儀作法にならいながら言葉を発する。


しかし相手は聞く耳を持たないようで。



『黒魔術がなんだ!俺様と対等になれるだと?』



アスナはゆっくりと顔を上げた。



『そんなこと言える立場になってから言え!』


『…そうですか。俺様を演じる可哀想な方とは対等になれる気がしないので、こちらで失礼いたします』



そう言ってにっこり微笑むと、艶やかな黒髪を翻して出ていった。



ーーーー空の国。



『ひぃぃぃ!』



面会するや否や、ひ弱そうな王子は隣に居た護衛の後ろに隠れる。



『………あの?』



悲鳴が聞こえてお辞儀していた頭を上げる。



『こ、来ないでください!』



目を合わせたら石にでもされてしまうのか、護衛の後ろからひょっこり顔を出すも、ぎゅっと目をつぶっている。



『黒魔術の国は、ご遠慮します!!』



一言しか発していないのに、いきなり振られてしまった。


仕方なく帰ろうと背を向けると、ほっとしたのか、少しだけ姿を現す。


その隙にバッと振り返ると、彼は『呪われる〜!』と走って逃げてしまった。



ーーーー土の国。



『黒魔術だかなんだか知らねぇが、弱いところと組む気はねぇ!』



筋肉隆々の茶褐色をした肌の大男が出されたお茶をこちらに勧めるでもなく、ソファーに座った瞬間大きな音を立ててすすり出した。



『…弱いの、基準はなんですか』


『そりゃ武力の無さだ』



するとアスナはきょとんとした。


確かにこの男のように屈強な兵がいる訳では無いが、アスナは黒魔術であらゆる兵士を召喚出来た。


それが強さの基準であるのならば。



『……ここにとりあえず5万くらいの兵士、呼びますか?』



そう言って手のひらを広げると、そこから黒い煙が上がり始める。



『ちなみに、何族がいいですか?』


『…な、何を言っているんだ…?』



冗談だと思っていたのか、アスナの手から出る黒煙を見るうちに、その茶褐色の肌でも分かるくらい青ざめていく。



『特にご指名がなければ、…うーん、考えるの面倒なんで、屍でいいですか?』



黒い煙が濃くなり、辺りに立ち込める。


そこから地響きのようなうめき声が聞こえて来た。


姿は見えないのに、すぐそこに迫ってきているような圧迫感。


青ざめた男性は、「ひぃぃ!」と立ち上がって、脇目も振らずに逃げて行った。



『え?聞いておいて見ずに行っちゃうの…?』



アスナは出かけた屍の手を押し戻しながら息をついた。



ーーーー緑の国。



『ひぃぃぃぃぃ!』



……以下略。






「…スナ、アスナ?」



思い出にふける間にぼーっとしてしまったのか、ヨンスに呼ばれて顔を上げる。


しかし、父は、アスナが20歳にもなって結婚できないことに対して落ち込んでいるのだと勘違いし、急に両手を握った。



「…!?」


「心配するな!お前が孤独死しないように、私が相応しい相手を見つけてやる…!」



これまでのお見合い遍歴を見ると、ことごとく失敗に終わっている。


アスナ自身もそこまで結婚にこだわっている訳ではないから、結婚しなくていいのならしたくないレベルだ。


しかしこの時代、王族に生まれた身分に、自分の結婚を自分勝手に決めることも出来ない。


アスナは仕方なく息をついた。

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