第2話 嫌われものの誕生日−1
あれから月日が流れて。
黒魔術の国の1日のスタートは遅い。
もう太陽がてっぺんに来る辺りで、侍女達が洗濯を始める。
水の国出身者は、井戸の水を桶を使うことなく念力で水を操り、汲み上げる。
「ほんと助かるわ~」
同僚が褒めたたえ合いながら洗濯を進める。
一方で、国王が入る朝風呂の準備のために、火の国出身者が火を出した手を水に入れ、そのまま薪をくべることなく熱を注ぐ。
すると一瞬にしてホカホカのお湯が出来上がった。
「ほんと助かるわ~」
こちらも同僚が褒めたたえながらお風呂の準備をしていた。
この十数年で、この時代に住む人達の価値観は変わった。
今まで他国の血を混ぜることで自国の力が弱まることを恐れていたが、産業が進化し、特殊な能力で行われていた事が、機械化されたり、整備されたり、簡略化されたことで、必ず力を持つこと、という考えが薄れていった。
適材適所。
どの国に行ったとしても、そこで求められることを出来れば、どこでも生きていける時代になったのだ。
それはこの黒魔術の国も例外ではない。
ちょっと昔までは、使用人、侍女共に黒魔術の国出身のものだけだったのに、今や色んな国の人が自分の出来ることで力を発揮している。
もちろん、混血によって薄れる力は、通常の業務のスキルアップでいくらでも働ける環境になった。
それは王族も然り。
他国との連携を強化するために、隣国の王族との婚姻を結ぶことも当たり前になっている。
この1名も例外なく。
「大叔父様!」
身長は倍くらいに伸び、漆黒の髪の毛も変わらず艶やかだ。
教会の中にある大教室。
大叔父様と呼ばれたハンスは、ちょうど終わった授業の教科書を教卓でトントンと整えながら声のする方を見た。
頭頂部の方はうっすらしてきたが、あごひげは今も健在だ。
教室から出ていく生徒をかき分けてこちらに走ってくる女性。
ハンスは小さな丸メガネをクイッとあげて彼女を見た。
「…またかい?アスナ」
アスナは小さい頃からずっとハンスの専門でもある黒魔術の研究をするのが大好きだった。
大学の教授であるハンスに、事ある毎に自分の研究成果を持ってくる。
以前のケルベロスもまた彼女の実験の賜物だった。
「今日は絶対上手くいった!」
「そう言って毎回緑色の固形物じゃないか」
教台から降り、次の授業に向かうべく、教室を出ようとする。
するとアスナも当たり前のようについて来た。
「違うの、聞いて、今日のはちょっと違う」
「…はいはい。わかったから」
彼女はポケットから何かを取り出そうとするが、ハンスはその手を収めてニッコリ笑った。
「今日はお前の誕生日だろ?早く着替えてお行き。あいつも待ってる」
「…もう何回も祝ってるから飽きた」
「そりゃ1年に1回来るんだから仕方ないさ」
ハンスは不服そうに唇を尖らせるアスナの頭をポンポンと撫でる。
「特に今回は節目なんだから、ちゃんとみんなに祝ってもらうんだよ」
「……大叔父様は来ないの?」
「仕事が終わったら行くよ」
「………約束ですよ」
彼女はその大きな瞳でじっとハンスの顔を見る。
過去何回か、仕事ですっぽかしたことがある。
それを思い出して、今日来ないかもしれないと疑っているようだ。
「…大丈夫。授業はあと2コマだから、終わったらちゃんと行くよ」
安心させるように、ゆっくり伝えると、彼女も折れたのか、こくんと頷いた。
そして気が済んだようにくるっと背中を向けると、たたっと走り出した。
ちらりと顔を向けて「絶対よ!」と念を押して教室を出ていった。
年齢を重ねても変わらない。
彼女はずっとういうい子どものままだ。
ハンスはその様子を見てクスっと笑った。
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