黒と銀の協奏曲

sumi

第1話 プロローグ

この世には、日本語を話す人間がいれば、英語を話す人間もいる。


黒い毛を持つ人間もいれば、金色の毛を持つ人間もいる。


さらに、2足で歩く人間もいれば、4足で歩く動物もいる。


もしかしたら1足で歩く生き物もいるかもしれない。


そんなことを考える現代からはるか昔。


地球の裏側の、その先の、ちょっと進んだ先には、生まれた国によって能力が違う、変わった人間が生きる時代があった。


これは、その時代に出会ったちょっと変わった2人の物語。






ーーーーーーーーーーーーーーーー


光を浴びても透けないくらい漆黒の艶やかな髪をなびかせて、城の廊下を走る1人の少女がいた。


庭園の合間を抜けるレンガ造りの廊下。


窓の仕切りはなく開放的な場所だ。


少女は両手で何かを大事そうに包みながら、懸命に走っていた。


時折、手の中の中身を気にしながらちらっとのぞき込む。


そして満足そうに微笑むと、再び急いで走り出した。



「大叔父様…!」



廊下を抜けた先を曲がると、突き当たりの部屋のドアを思いっきり開け放ち、中の人物を呼んだ。


ドアが開いた音に驚いた部屋の主は、一瞬ビクッと肩を上げて、呆れたように息をついた。



「…アスナ…、何度言ったら分かるんだ?ドアはちゃんと…」


「『ちゃんと”手”でゆっくり優しく開けなさい』でしょ?」



得意げに被せて話す少女。


豊かに蓄えた長い髭をさすりながら、大叔父様と呼ばれた男性は「ふむ」と頷いた。



「だって!この子がいるから手が塞がっていたんだもん」



そう。この少女は両手が塞がったまま、重い扉を一瞬にして開け放ったのだ。


彼女たちの住む、黒魔術の国の特殊な力で。



「お前の力は常人より強いんだから、手加減しないと」



男性は再び息をついて、かけていた小さな丸メガネを外してテーブルに置いた。


やりかけの仕事はいったん後回しにして、しょんぼりしている少女の元へ歩み寄る。


そして彼女と同じ目線にしゃがむと、仕方ないと微笑みながら、ぽんと頭に手を置く。



「今回は何が出来たんだ?」



すると、少女の表情はみるみる明るくなり、うん、と大きく頷いて何かを手で包んだまま両手を差し出した。



「ちっちゃなイヌさん!」


「イヌ?」



少女はニッコリ笑いながら、そっと両手を開いた。



「…っ!」



男性は驚いたように目を見開き、彼女の顔を見た。


まだあどけない少女の顔。


しかしその小さな掌の中にいたものは、なんとも理解し難いものだった。



「……ケルベロス……」



両手にちょこんと乗っていたのは、3つの首を持つ黒い毛並みが目立つ犬の形をした生き物だった。


彼女の手の中が窮屈だったのか、グルルと喉を鳴らしながら背伸びをしている。


体は小さいのに爪は既に健在なのか、少女が「いてて」と笑う。


一見、小さな可愛らいしい生き物に見えるが、それは生まれたばかりの姿だからだろう。


3つの小さな頭が、それぞれ意志を持ってあちこち周りを見渡していた。



「……なんてことだ」



男性は落ち着かせるように、手で口を覆い、独りごちる。


しかしこのまま隠し通せるわけもない。


そう判断した彼は、ため息とは違う、緊張の伴う大きなため息をはいて、彼女の肩を両手で掴んだ。



「…アスナ。聞いてくれ」



すると彼女はきょとんと首を傾げた。


まだ何も知らない無垢な少女。


彼女の現実は、彼女の未来はきっと一筋縄では行かないだろう。



「これはケルベロス。冥界の番犬と言われる生き物だ」


「…けるべろす?」


「そうだ。我々人間は、死の世界に干渉してはいけない決まりがある。しかし、これは死を司る冥界の生き物…」



人は天から生まれ、地に還る。


その中で触れてはいけないのが天界と冥界だ。


死の先に行くことは、人の理に反してしまう。


しかし、彼女は冥界の番犬であるケルベロスを、自身の魔術で召喚してしまったのだ。


長い歴史の中で、黒魔術の国にも力の強い人間はいたが、あくまで人間の中での話だ。


それを超える能力を持つ者が現れるとは。



「……っ」



男性は言葉に詰まり、何も言わずにぎゅっと少女の小さな体を抱きしめた。


この子の未来に、何が訪れるのか。


案じずにはいられなかった。

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