13.魔法薬を作ろう

 魔法薬についての書物を読み終え今度は詳しい作り方や材料などが記された書物を開いた。

 実はそれは昨日の話である。

 師匠の字が下手くそすぎてもはや暗号だった為、解読に1日かかってしまったのだ。

 文字通り1日である。

 眠らずの晩を過ごしたわけだが、そこに関しての疲労がほとんどないから不思議だ。

 ちなみに、薄々勘付いていることがある。

 師匠が記した書物を読むには解読が付き纏うのではないかと…。

 今のところ書斎と書庫中央に置かれていたノート以外で師匠の綺麗な字を見たことがない。

 とはいえ、ここで学ぶ以外の選択肢がない以上、そこに嘆いている場合ではないのが実情だ。


(まぁ、解読作業は苦痛ではないからまだいいかなぁ)


 そんなこんなで改めて作業部屋にて気を引き締めたのが今。

 自分が必要とするのは魔力ポーションだ。

 大まかな作り方は理解したが具体的なやり方が分からない。

 “魔草花を乾かす”、“粉々にする”、“魔石を砕く”、“綺麗な水(冷たい)と混ぜる”

 と書かれていても、乾燥・粉砕の方法や冷たい水の温度が分からない。

 

(師匠…)


 申し訳ないが、ちゃんと書いててほしかったと嘆いてしまう。

 別の作者の本を読んでみると道具の名称や用途は記載されていたが、肝心の材料や作り方は記されていなかった。


(秘匿されているのかな?もしかしたら誰かに教えを乞い覚えていくものなのかもしれない…)


 その相手がいない以上、書物を参考にしながら試行錯誤していくしか方法はなさそうだ。

 ひとまず材料と道具を揃えてみようと本を片手に動き出した。

 部屋に置かれている道具の名称は鑑定で確認が取れるので大変助かる。

 しかし、必要な道具は天秤とミスリル製の調薬鍋しか見つけられなかった。

 木べらのような物は書物に記されていなかったが、なんとなく使いそうなので一応上記2つの横に並べている。

 頭には無かったが、完成した薬を注ぐ瓶は分かりやすく置かれていたので助かった。

 ガラス扉が付いた棚にたくさん並べられていたのだ。

 そこから取り出しテーブルに置いているのは数本だけで、未だ棚にたくさんの空き瓶が整列することなく詰め込まれている。

 さて、瓶はいいとして、薬を作るにあたり必要であろう道具が揃っていないことが問題だ。


(…ということは無くても作れるということ?まぁ、先に素材を探してから考えよう)


 そうして今度は素材を探す為に部屋を歩き回った。

 見つけた素材は全て部屋の中央に置かれたテーブルに並べられている。

 素材は棚、木箱、机の引き出しなどあちこちに入っていたので取り揃えるのに苦労した。

 魔道食料庫と同じく中の空間が広げられ多種多様の材料が大量に入っていたことによって加算した苦労の量は多いだろう。

 ちなみに、瓶も追加で見つけられたね。

 保管場所を一箇所に絞らない理由が何かあるのかもしれないと真剣に悩んだが、答え合わせができるものではないと気がつき考えるのをやめた。

 あくまで憶測ではあるが、師匠はてきとう人間に思う。


 さて、そんなこんなで魔法薬の製作に取り掛かろう。

 今回は初めての製作ということで、まず下級魔力ポーションを作ることにした。

 材料は魔力・魔石・浄化された水・カトレアの花弁だ。

 カトレアの花弁を乾燥させなければいけないが、天日干しでは時間がかかるので魔法でできないか試みる。

 材料を無駄にしてはもったいないので先に草で試そうと外へ採取に向かった。

 採取といえば聞こえがいいが、ただ単に家の前に生えている草をむしり取るだけだ。

 また魔法を暴発させる可能性があると踏み、そのまま外で草の乾燥作業を行うことにした。

 そうして地べたに腰を下ろし胡座をかいて乾燥方法について考える。

 

(乾燥させるには温風を当てればいいのかな)


 胡座の間に生えている草を採り掌に乗せた後、それに向かってドライヤーのイメージで魔法を発動する。

 草が飛んでいった。


(そりゃそうか)


 今度は草を指でつまみ魔法を発動する。

 草は指先でパタパタと暴れている。


(時間がかかりそう。あと指が熱い)


 かといって風量や温度を下げると更に時間がかかるだろう。

 何か容器に入れてやってみようかと腰を浮かせたとき、ふと思いついた。


(水球が作れるなら風球も作れないかな)


 風がぐるぐると巡る球を思い浮かべ魔力を放つ。


「うわっ!ちょっ」


 風球はできたが風が外にも影響を及ぼし髪の毛をバサバサと揺らす。

 なんとか風球に草を多めに散らしたあと後ろに下がり風の影響範囲から抜けた。

 上手く風に乗れなかったいくつかの草が球の外側で舞う。

 徐々に風の力が弱まり風球が消えると草が地面にハラハラと落ちた。

 風球の中に草を全部留めておくにはもっと風量を上げる必要があるが、そうすると外への影響も強くなってしまう。

 どうしたものかと顎に手を添え考える。


(…ただの球は作れないのだろうか)


 火も水も風も伴わないガラスのような透明な球を思い浮かべ魔力を放つ。


(できた!)


 思わず両手を握り喜んだ。

 瞳には映らないがそこにあるのがちゃんと分かる。

 いや、瞳には映らないが見えるというかなんというか…感じるが正解かな?


(まぁ、そんなことより、これ何でできてるんだろう?)


 自分の魔力が球状になって浮いているだけに感じる。

 ということは純粋に魔力でできているのだろう。

 なんにせよこの中に風を起こせば先程のようなことにはならないだろうとさっそく試みる。


(おや?)


 ガラスの球体の中に風があるようなものだろうと考えたのだが、今自分の髪は風を受けわずかに揺れている。

 そよそよと優しい風のため焦りはないが、代わりとばかりに疑問が生じた。

 どうやら完全に閉じ込めているわけではなさそうだ。


(魔力を込めると強度が上がるのだったか…直接でもできるのかな?)


 透明な魔力の球…魔力球に向けて魔力を放つと額を撫でていた髪が動きを止めた。

 そこに草を入れてみると見えない球の中をぐるぐると回り始めたではないか!


「やったぁ!」


 喜びが湧き上がり飛び跳ねたがすぐさま疑念が生じ、また思考が巡る。


(あれ?なんで草が通り抜けるの?)


 風は外に出ないのに草は通り抜ける…おかしいよね?

 そう思い魔力球に手を伸ばしてみると膜のような薄い薄い何かが指先に触れた。

 人差し指を突き刺してみるとなんの抵抗もなく膜を通り抜け、魔力球内に入っている部分だけが風を感じる。


(強度が高い=硬いではない?…どゆこと?…まぁ、まずは乾燥が先だね)


 魔法を行使している内に何か分かるかもしれないと一旦そこに関する思考を止めた。

 そうして未だぐるぐると回る草を視界に入れた先で新たな発想が生まれたのでそちらも試みるとしよう。

 乾燥のついでに粉砕もできないかと…

 とりあえず、魔力球の中に小さな風の刃を放ってみたがすぐに消えてしまった。

 風の刃の強度を上げ再度放つと今度はいくつかの草を裂いたが、その代わり風が少し弱まった。

 刃が弱いと風に負け、刃を強くすると風が弱まる…


(いや、自分が風を起こす必要はないな。刃が中心で回り続ければいいだけだ)


 その考えが生まれた直ぐ後に刃を風で作る必要はないと思った。

 魔力で球が作れるのならば刃を作ることだってできるはずだ。


(刃のイメージは草刈機…いや、ミキサーの方がいいかなぁ)


 まずは強度の高い魔力球を作る。

 次に頭の中でミキサーによく使われる波刃カッターを螺旋状に並べ高速回転させる。

 なんでも切り裂けるように刃は薄く鋭く固く…それを魔力球の中心に発現させれば…


「できた!」

 

 全て透明なので分かりにくいが想像通りの刃がものすごいスピードで回転し風を巻き起こしている。

 調薬ミキサーの完成だ!

 汚れた刃を洗浄する必要がなく大変便利な代物である。

 これに温風を当てれば魔草花の乾燥と粉砕を同時に行えるので時間短縮にもなる優れもの。


(もしかして魔石も砕けるんじゃない!?大発見だ!)


 さっそく検証開始だと意気揚々と動き出す己に呆れるが、仕方がないことだ。

 先に足元にある小石で試そうと、それを拾い上げ調薬ミキサーに向かって放り投げた。

 すると、コンッと音を立て石が跳ね返されてしまったではないか…

 ぽすっと小さく聞こえた音は下に生い茂る草たちが小石を受け止めた証拠で…そこはどうでもいい。


(物を通さない?さっき作った魔力球には草が入ったけど…)


 ここでまた強度や硬さについての問題が発生。

 調薬ミキサーに向かって手を伸ばすと今回は硬いものにぶつかった。

 ドアをノックするように指の関節で叩くとコッコッと音が鳴る。

 ふと思い立ち、少ない魔力で新たに魔力球を作った。

 そしてそこへ手を伸ばすと、案の定そのまますり抜けた。

 

(“強度が高い”とは“密度が大きい”ということ?)


 その辺りの知識が浅い為これ以上考えを進めることができない。

 結局のところ考えても答えを出せるだけの知識がなく、そういうものだと己に言い聞かせ、後は気にしないという雑な結論に行き着いた。

 まぁ、なんにせよ魔石が砕ければそれでいい。


 既にイメージは完成している。

 本物のミキサーのように後から蓋をすればいいだけだ。

 蓋を閉める前に中身が出てこないよう高さを出すのも忘れない。

 さっそく試してみると小石は徐々に小さくなり最後にはサラサラの砂に変わった。


 今度こそ成功だ!と飛び跳ねそうになったがすぐに動きを止め考え込む。

 魔力を込めれば込めるほど強度が上がるが、それと同時に発動した魔法が消えるまでの時間も長くなる。

 現に今もまだ目の前では砂がぐるぐると回り、時折小さな粒が陽の光を反射し煌めきを見せるのだ。


(魔法を自分で消す方法はないかな)


 魔法は込められた魔力が無くなると消える…自分が発動した魔法が持つのは自分の魔力…

 その魔力をこちらに戻せないかと調薬ミキサーに手を添え目を閉じた。

 自分の魔力は身体の外にあろうともはっきりと感じ取れるから不思議だ。

 宙に浮いたままの調薬ミキサーから己の魔力を必死に引き寄せようと試みるが何も変化は起きない。


(んー、流れをこちらに向けるには…)


 一瞬魔力を放ち、すぐに引き戻す。


「…っ!?」


 調薬ミキサーに残っていた自身の魔力が一気にこちらに流れてきた瞬間、体内の何かがぶわっと膨らみすぐに戻った。

 外から戻ってきた魔力はすぐに体内のものと合流し元からそこにあったかのように身体の中を巡っている。

 宙に残された砂は抵抗することもできず地面に散った。


(成功…かな?)

 

 自身に不調は見られない。

 手足はいつも通り動き、葉がこすれる音は森から聞こえる。

 空の青さも、流れる雲も、辺りを漂う魔力の彩りも違和感なく瞳に映っている。

 そうして自身の身体に変化が見られないか確認していると、風が緑の香りを運んできた。

 頬を撫でる風が心地いいと思えることも、前髪が揺れ少しくすぐったいことも、いつも通りの身体であると確信づける要因のひとつとなる。


(うん、大丈夫そうだね)


 少し脱線した気もするが、今のところ魔法薬作りは順調と言えるだろう。

 さて、このまま続けたいところだが、空腹を訴える音がお腹から聞こえてきたので昼食を摂りに家へと入った。




***




 お昼はサンドイッチに決めた。

 食パンは日本のものに比べて少し硬いが、これはこれで合いそうだ。

 バターを塗り、きゅうり、トマト、カリッと焼いたベーコン、目玉焼き、ブラックペッパー。

 まな板を乗せ少し時間を置いてから2等分すれば完成だ。

 マヨネーズが欲しいところだが、酢が見当たらない上に卵を生で食べるのが怖いため諦めた。

 トマトスープがまだ残っていたのでそれも一緒に。


(ちょっとトマトが多いけど…ま、いっか)


 シンプルな味付けのサンドイッチになってしまったが、それによって素材ひとつひとつが引き立てられ味わいがある。

 少しハードな食パンは食べごたえがあり美味しかった。


「ごちそうさまでした」


 さて、満足のいく食事でお腹を満たした後は魔法薬作り再開だ。

 いよいよメインの作業に入れそうだと浮き足立ってしまうのは致し方なし。

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