12.魔力欠乏症
陽の光を浴びながら朝を迎えるのは何度目だろうか…
口の中の不快感と鼻につくツンとした不愉快な臭いに顔をしかめる。
ズキズキと痛む頭を抱えながら重い身体を起こした。
随分と長い間眠っていたように思うが、倒れたのが数分前なのか、数日前なのか判断がつかない。
長い時を無駄にしてしまったかもしれないと嘆きと悔しさが生まれたが、過ぎたことを嘆いても何も変えられないと考えを改めた。
視線を下げ軽く首を回してみれば、汚したはずのソファと絨毯が綺麗な姿のままだということに気がついた。
そこに思考が向く前に己の胸元と衣服にこびりついた汚れが目に入り眉間の皺がより深くなる。
ふらふらと覚束ない足取りで風呂場へ向かい、乱雑に服を脱ぎ捨て頭からシャワーを浴びた。
濡れた髪はそのままに、作り置きしていたレモン水をグラスに注ぎ一気に煽る。
リビングに戻り、なんとなく汚した方を避け反対側のソファに身を預けた。
手で顔を覆いながら記憶が途切れる前の出来事に思いを巡らせる。
(あれはたぶん魔力欠乏症だ)
大気に溶け込もうとする魔力を抑えるのに失敗したとき、身体から一気に魔力が抜けた。
あのときは身体から離れようとする魔力を無理矢理自身に繋ぎ止めていたのだ。
本来は自身との繋がりが切れてから外へと向かうはずの魔力が、昨日は繋がりをもったまま勢いよく外へと向かった。
抑え込まれたことによって離れようとする力が強くなったのだろう。
結果、体内の魔力のほとんどを持っていかれ魔力欠乏症となったわけだ。
魔力が体内から無くなると死に至る場合もある。
酸素のような、血液のような、無くてはならないもの。
(魔力は身体の一部か…)
昨日はかなり危険な状態だったということだ。
だがそれでも諦められない。
(身体の一部ならば自分で動かせるはず)
書物には“自分の魔力で転移陣を描き”とあった。
てっきり何か魔道具を使って描くのだと思っていたが違ったようだ。
放出した魔力を自身に繋ぎ止めながら流れを細くしそれを操作する。
描くのはいくつのも線が複雑に重なり合う精巧な魔法陣。
もし失敗した場合は命が危険にさらされる。
(かなり難易度が高い)
まずは操作以前に自身から離れようとする魔力を繋ぎ止めるところからだ。
食欲がないので朝食は果物を軽くつまみ済ませた。
魔力操作の鍛錬に取り掛かる前にひとつ気になったことがあるのでそれを確かめるべく書庫へと向かった。
実は既に魔石に魔力を流したことが何度もある。
書庫に鎮座する書物台に。
その際一度も倒れたことがない。
それどころか何も考えずとも自然とできていた。
書物台の前に立ち魔石に魔力を流そうとして気がついた。
実際には魔力を流していたわけではないということに。
自然と手は直接魔石に乗せている。
その状態で魔力を放出すれば、わざわざ流すイメージを持たずとも勝手に魔石が魔力に反応する。
思えばこの家に初めて足を踏み入れたときもそうだった。
玄関の白い石に魔力を流すよりも先に身体から出た魔力がたまたま魔石に触れたのだ。
よくよく考えれば小鳥も扉の魔石に嘴を当てていた。
結局のところ魔力を流すといっても体外に出た魔力を操作していたわけではないということだ。
とんだ勘違いをしていた。
だがそのおかげで魔力の体外操作について気がつけたので良しとしよう。
せっかく書庫に来たので今も尚続いている頭痛を治す方法がないか探してみることにした。
思いつく単語を頭の中に並べながら書物台の魔石に魔力を流す。
(魔力欠乏症、頭痛、状態異常、病気、治し方、回復)
本棚から書物が数冊飛び出しその場に浮かぶ。
そのなかにはやはり師匠が書いた紙の束が含まれておりそれを引き寄せ手に取る。
紙を捲ることで目に入ったのは、乱雑に書かれた文字たちで頭の痛みが強くなった気がした。
頭痛を治すために頭痛を引き起こすとはこれいかに…
頭痛は簡単に治った。
“治癒”の魔法があったのだ。
“治す”というイメージが上手くできなかったので“払う”というイメージで魔力を放つとすぐに頭痛が治まった。
同時に溜まっていた疲労や倦怠感もなくなり思わぬ効果に喜びが湧く。
効果が少し違うだけで“浄化”に似ているように思う。
治癒はあくまで病や痛みを消し去る魔法なので怪我や欠損には効果がない上に、失った体力や血液、魔力は戻ってこない。
故に魔力欠乏症を治すことは不可能で、それによって引き起こされる頭痛や倦怠感、吐き気を抑えることしかできないという。
自分が治癒魔法で治ったということは、頭痛や倦怠感は単なる体調不良によるものだったのだろう。
ちなみに怪我を治すのは回復魔法で治癒魔法とは異なるとのこと。
──────────
【治癒魔法】
病や痛みを治す。
体力・血液・魔力は回復しない。
【回復魔法】
怪我や欠損を修復する。
体力・血液・魔力は回復しない。
【復元魔法】
元へと戻す。
生物に行使した場合、欠損復元、体力回復、血液回復、魔力回復の効果がある。
──────────
(これって逆にどうやったら死ぬんだろう…この世界ではみんな寿命でしか死ねないのかな?)
怪我や病を治せると聞くと大変便利に聞こえるが、つまりそれは死なないということ。
剣で刺されようが、骨が折れようが、魔法を受けようが、何でも治せる。
(それってしんどいな…)
苦しみ悶えては治され、傷つき恐れては治され…それを繰り返すのだ。
それを想像し、おぞましいとさえ思ってしまった。
なんて残酷な世界なのだと…
けれど、この世界の人達にとってはそれが当たり前なのだ。
何度も苦しみを乗り越え生きている…敵う気がしない…
湧き上がる恐怖を押し殺し先を読み進めた。
魔力欠乏症は魔力を回復させることで治る。
魔力回復には、復元魔法の使用、魔法薬の使用、他者から分けてもらう、大気中に漂う魔力を取り込むの4つがあるそうだ。
おそらく“大気中に漂う魔力を取り込む”ことが自然治癒に当たると思われる。
なぜなら自分がそうだからだ。
鑑定や浄化に魔力を消費するが、一呼吸の
以前森に水球を放ったときは一呼吸で全回復とはいかなかったが、何もせずとも徐々に回復しているのは感じていた。
酸素を取り込むのだって意識せずともできているのだ、それと似たようなものだろう。
昨日自分が引き起こした魔力欠乏症は眠っているうち自然治癒で治ったのだと思われる。
魔力を消費しても自然と回復するので魔力欠乏症は早々なるものではないのだ。
自身の魔力量に見合わない大規模な魔法の使用、無数の魔法を連発など無茶な使い方をしない限り本来は発症するものではない。
そうまでしないと引き起こされない魔力欠乏症をいともたやすく発症させる行為が魔力の体外操作。
安易に手を出してはいけない危険な行為と言える。
魔力欠乏症になると途端に身体の機能が低下し大気中の魔力を取り込む力が弱くなるので自然治癒での回復量が減る。
もちろん魔力が足りず悶え苦しむなか魔法は使えない。
魔力欠乏症を治すには魔法薬を使うか、他者から分けてもらうかの2択になる。
(魔法薬が必要だ)
頭痛を治す為に読み始めたはずが他にも有用な情報を得ることができた。
例え危険が伴おうとも転移魔術を諦めるつもりはない。
しかし、何も死にたいわけではなく、あくまで生きる為に必要なのだ。
それなのに魔力欠乏症で死んでしまっては本末転倒だ。
また昨日のようなことが起こっても意識を失う前に魔法薬を飲めばいい。
倒れている場合ではないのだ…そんな無駄な時間は省かねば。
あの苦しみをもう一度体験するのは例え一瞬だろうと嫌だが、それでもやるしかないと己を鼓舞する。
***
魔法薬に関係がありそうな書物を数冊持って作業部屋へと来た。
ここにある実物を見ながら読む為だ。
始めはそれを使おうと思ったのだが数に限りがあるので自分で作れるのなら作った方がいいと判断した。
棚にある魔法薬を各種取り出しテーブルの上へ並べた後、そばにある丸椅子に腰掛け師匠が書いた書物を捲る。
魔法薬は
2つまとめて“
魔法薬には種類がありそれぞれ効能が違い、色で見分けることができる。
治癒ポーション…水色、病に効く
回復ポーション…赤色、怪我や欠損に効く
魔力ポーション…緑色、魔力回復
解毒ポーション…紫色、解毒
この他に石化解除、麻痺回復などの状態異常に効く魔法薬などもある。
魔法薬は下級、中級、上級、特級の4つがあり、治せるものや回復量などに違いがある。
また、同じ階級の魔法薬でも品質により効果に差が出る。
品質は下から順に“E・D・C・B・A・S”の6つ。
階級の他に品質でも分類されているのでちょっとややこしいが、製作者や材料によって品質にばらつきが出るのは当然のことだろうと納得する。
階級は色の濃淡と発光量で、品質は透明度で見分けるそうだ。
色が濃く光が多いほど階級が上がり、透明度が高いほど高品質となる。
テーブルの上に並ぶ魔法薬に目を向けると確かに発光しており、実に幻想的だ。
色の濃淡が違うものを棚から取り出し並べてみると自分でも違いが分かった。
どれも美しく透き通り澱みなど一切見られない。
試しに薄い赤色の魔法薬を鑑定してみた。
───────────
【下級回復ポーション】
品質:S
切り傷、打撲、ささくれなどの軽傷を治せる。
───────────
次に先程より色が濃く発光量が多い方を鑑定する。
───────────
【中級回復ポーション】
品質:S
切り傷や刺し傷、内臓の損傷、骨折など中程度の怪我を治せる。
多数または広範囲の怪我や損傷の際は効果が薄くなる。
───────────
(下級の高品質と中級の低品質では何が違うんだろう?)
調べようと低品質のものを探したがここには置いていないようだ。
それについては一旦保留にし先を読むことにした。
材料は、“魔力・魔石・浄化された水”の3つが全ての魔法薬に共通するもので、その他に
種類はもちろんのことランクごとにも材料が違う。
作り方の流れは基本的に同じで、材料を浄化された水に入れ混ぜるだけ。
違うのは素材の処理の仕方や水の温度。
ランクごとに適正な水温があり、その温度を常に一定に保たなければいけない。
水温、魔石・素材の品質、不純物・魔力の含有量によって魔法薬の品質が変わる。
(大体は理解できたかな?後は実際に作りながら考えよう。それにしても…相変わらず字が下手くそというレベルじゃないな…)
そうして文字とも呼べぬ文字の羅列を読み終えた後は、さっそく製作に取り掛かろう立ち上がった。
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