10.扱うには

 森の向こうから太陽が顔を覗かせる頃、昨日選んだ武器を抱え玄関の扉を開いた。

 外に出て最初に行うのは魔力感知の効果範囲を最大限に広げること。

 目を閉じ澄み切った空気を肺に届けながら先へ先へと…

 魔力感知は常に発動しているものの、家の中では少し緩めている。

 範囲を狭め、そして瞳に映らないようにしないと落ち着いて生活ができないからだ。

 だが、流石に外ではそうもいかない。

 警戒を怠ることのないようにせねばと決意を固めながら腕に抱える武器を見つめた。


(やるしかない)


 今日は武器に触れ感覚を確かめようと朝から外に出てきた。 

 家の前に広がる草原くさはらに抱えていた武器3種を並べ置く。

 そのなかから最初に手にしたのは少し細身の片手剣で、すらりと伸びた刀身はわずかに水色を帯び美しく輝いている。

 艶やかな漆黒の柄を両手で握り振り下ろすと一点の曇りもない刀身が朝日を浴びて煌めいた。

 

「お?」


 想像以上に遠心力が働いたことに驚きはあるが、身体が揺れることはなくしっかりと地に足がついたままだ。

 

(この身体いいね)


 以前の身体よりも身の軽さは桁違いであると感じていたし、何をしていても体幹のブレがないとも思っていた。

 実際こうして難なく剣を振るえたことに男性はこうなのかと感心する。


(あれ?でも…)


 思い返すのは昨日の出来事。

 でこぼこの一本道から家へと駆けた際のスピードは尋常ではなかったと思う。

 オリンピックで優勝どころか、人外だ化け物だと騒がれるレベルだ。

 気にかかるのは足の速さだけではない。

 今手にしている剣はそれなりの重さがあり普通ならば軽々と扱えるものではないだろう。


(となるとこちらの世界の生物は身体能力が高いのか)


 魔力を蓄えるという機能があるくらいだ。

 身体の作りが違って当然だろうと納得した。

 だが、例え以前より身体能力が上がっていたとしてもそれは地球にいた頃と比べてであり、この世界では通用しないだろう。

 魔法という便利なものがあるが、それを扱えるのは何も自分だけではない。

 もし敵と対峙したとき、魔法も武器も己の身体でさえも上手く使いこなせていない自分の方が圧倒的に不利。

 走って逃げても追いつかれ、魔法を放てばかき消され、剣を振るえば弾かれる…鑑定だってそうだ。

 自分の弱さが皆には見えるかもしれない…その事実に気がつき恐れ慄く。

 

(鍛錬あるのみ…だね)


 覚悟を新たに剣を振るう腕に力が入ると同時に、不安や恐怖を微笑みで隠すことに決めた。

 相手にこちらの心を悟らせない。

 それもまた武器にも盾にもなると考えたのだ。

 今の自分はこの世の敵との力の差がありすぎる。

 その差を縮めるどころか、敵より上へ持っていかなければならない。

 己の何があちらより上なのか下なのか分からぬまま鍛錬をするしかないのだから、考えうる全ての剣と盾を鍛えよう。


(全力で生きるだけだから簡単だね)


──────


───


──


(やり方合ってるのかな?)


 何度か剣を振り下ろす内に疑問が湧き一旦腕を止めた。


(これって片手剣だよね?)


 今行なっていたのは剣を両手で握り、腕を持ち上げ振り下ろすただの素振りだ。

 イメージは友人がやっていた剣道。

 片手剣は片手で扱えなければ意味がないのでは?と思い至る。


(素振りって片手でやるの?え?縦に振る?それとも横に?)


 ゲームのキャラクター達を思い出してみる。


………


(だめだ。ボタン連打でコンボが決まっていた…それに動きが早すぎてよく分からないな)


 それでも腰を落とし剣を横に払う姿くらいならば思い浮かぶ。

 大剣を振り上げながら高く跳躍し一刀両断!とか。


(アニメだ。アニメを思い出せ)


 鍛錬している様子はあった気もするがよく思い出せず、戦闘シーンは武器の捌き方に着目して見たことなどない。

 何も考えず流し見していた過去の自分を呪う。


(考えたところで武器の扱い方なんて分からないな)


 大事なのは身を守るということ。

 正しく扱えた方がいいと理解しているが、それを知る術がないのであれば自分なりの使い方をするしかない。


(うん、やっぱり鍛錬あるのみ)


 結局そこへ行き着く。


 素振り以外も試してみようと朧げな記憶を頼りに動いてみる。

 片手で振り下ろし、次いで腰を落として横に払ってみたが上手く動作が繋がらない。

 毎日やれば何か分かるかもしれないと、両手での素振り、片手での振り下ろし、横への薙ぎ払いを毎朝の課題にしようと決めた。

 

 剣を一旦置き、次に槍を手に取るがこちらは剣よりもっと分からない。

 持ち方、構え方、振り方、全てが未知だ。

 ゲームやアニメを思い出してみるが槍を持ったキャラクターの格好良い立ち姿しか出てこない。


(槍は突くイメージが強いな)


 腰を落とし両手に力を込め思い切り前に突き出す。

 やり方が悪いのか突いたあと隙が生まれる…ような気がする。


(振り回しても刃が敵に当たる気がしないし…それだとただの鈍器だ…いや、それでいいのでは?)


 刃を当てることを前提に扱おうとするからいけないのだ。

 切ろうが、刺そうが、殴ろうが、殺られる前に殺る。

 それができればなんでもいい。

 

(うん。いいね。槍は突きと振り回す練習を毎日しよう)


 朝の鍛錬内容に追加した。

 次はナイフだが、これは戦闘に使う目的ではなく持っていれば何かと役立つだろうと選んだものだ。

 せっかくなので何か攻撃に使えないかと考える。


(投げるとか?)


 小説や漫画でよく暗殺者が投げているのがナイフだ。

 投擲は何かと使えそうだと目を輝かせる。

 ナイフではなく例え小石でも上手くいけば足止めや目潰しになるだろう。


(ナイフと小石で的当てだね…あとは…戦い方を考えたところで分からないしなぁ…)


 もう一度剣を手に取り、振り下ろしながら思考を巡らせる。

 なんだか、真っ直ぐ振り下ろすのが難しい。


(こう…真下にブレることなく下ろすには……腕の力が足りないのかな?…いや…)


 腕や足腰の力も大切だが、身体の軸が揺れている気がする。たぶん。

 だが、それを鍛える方法を知らない。

 とりあえず、常に真っ直ぐを意識していればいいのかと背筋を伸ばしてみた。


(お?なかなかに保つのが難しいかもしれない…ふむ…)


 剣を振り下ろしながら身体の軸を保つ。

 それが意外と難しいと初めて知った。


(これから背筋を真っ直ぐに伸ばして生活しようか)


 とにかく意識せずとも軸を保てるようになる必要がありそうだと、当っているかも分からぬ結論を出した。

 そうして朝の鍛錬の内容や生活の中でやらねばならぬことを決めたところで一旦素振りを止める。

 朝起きてすぐに外へ出たせいでお腹が空腹を訴え続けているのだ。

 持ってきた武器を抱え、背筋を伸ばし微笑みをたたえながら家へ向かって足を踏み出した。


(傍から見たら怖い?ふふ)

 

 武器を玄関ホールに置いた後、キッチンに向かいながら浄化で身を綺麗にした。

 朝食は昨日炊いた白米の残りで作ったチーズリゾットとトマトスープだ。

 口に入れた途端、仄かに苦味を感じたが濃厚なチーズとミルクの味が口に広がりすぐさま苦味を消し去った。

 トマトスープの酸味がチーズの余韻を押し流し口の中をさっぱりとさせる。

 昨日の残り物とは思えない絶妙な組み合わせに手が止まらなかった。




***




 朝食の後は魔法の研鑽に努める。


 早く島の外へ行きたいが今の自分では森を抜けるなど到底無理だと今朝はっきりと分かった。

 少しでも早く先に進みたいが、焦って事を進めた結果死んでしまっては意味がない。

 数日前まで魔法は未知なるものだったのだ。

 そんな自分が放ついい加減な魔法では誰が相手であろうとも太刀打ちできないだろう。

 しっかりと基礎から学び自分のモノにしなくてはいけない。


 今はソファの上で胡座をかき、目を瞑りながら体内の魔力を動かしている。

 魔法を発動する以前に魔力の扱いを覚えなければと思ったからだ。

 それともうひとつ。転移魔術の為でもある。


 森を抜けるのに数日─もしかしたら数週間かかるだろう。

 その間あの不気味な森で寝泊まりすることになるが、できる気がしない。

 転移魔術を使えれば夜は家に戻れる。

 それは島を出た後も同じで、恐怖対象である人々に囲まれて眠る必要がなくなるのだ。

 何よりいざという時の逃走手段に最適とくれば…


(絶対に必要だ!)


 書物には魔力操作に長けた者が魔法陣を描けると記されていた。

 体内の魔力を捉え流れを変えることはできている。

 時には緩やかに、時には速やかに、時には反転させ、身体の隅々まで行き渡らせるように、一筋の川のように体内を巡らせる。

 だが、これができたからといって何になるのか分からない。

 何をもってして“長けている”と言えるのか、魔力操作を上達させるにはどうしたらいいのか…

 体内の魔力を巡らせながら熟考する。


(何をすれば上手くなるのか…魔力を操作するとは…)


 ふと青い小鳥が扉に嵌め込まれた魔石に魔力を流していたことを思い出す。

 魔石に魔力を流す行為はそれすなわち、体外に出た魔力を操作しているということではなかろうか。

 試しに自身の魔力を放ってみると体外に出たと同時に身体から離れ大気に溶け込み消えた。


(魔力操作とは…魔力を身体の外で操るということ…?)


 目を閉じ体内の魔力に全神経を注ぐ。

 一筋の川を外へと伸ばすようにゆっくりと少しずつ魔力を放つ。

 外に出た途端に本流から離れ大気に溶け込もうとする魔力を必死に引き留める。

 一度外に出た魔力はそれでも尚こちらから離れようと足掻く。

 細くなっていく繋がりが切れないよう必死に自身の魔力の川へと誘導し抑え込むが、魔力を留めることができたのはほんの一瞬で、外へ外へと逃げようとする魔力の力には敵わず引き留める力が緩んだ。

 途端に体内の魔力を一気に引っ張られ連れていかれた。


「…っ!…ぅ…」


 途端にドッと汗が噴き出し額を流れる。

 押し寄せる疲労と不快感に耐えきれず身体がぐらりと揺れ、そのままソファに倒れ込んだ。


(やばいやばいやばい)


 身体の震えが止まらない。

 鈍器で殴られているかのような強い頭痛が絶え間なく続く。

 胃から何かが迫り上がってくる感覚に、わずかに働いた頭が危険を知らせてきた。

 力を振り絞って身体を動かそうとするが、耳の奥で不快な音が何度も鳴り邪魔をしてくる。

 できたのは身体を横に向けることだけで、その直後に一気に迫り上がってきた異物を抑え込めるはずもなくそのまま吐き出した。


(あぁ、ここで死ぬのかな…)


 朦朧としていた意識がそこで途絶え闇に沈んだ。

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