6.不浄を払う

「ごちそうさまでした」


 スープは素材がいいので塩だけでも充分美味しく、満足のいく仕上がりだった。

 そのお陰か疲れを見せていた身も心もいくらかマシになった…と思う。


(食後のティータイムといきたいところだけど…)


 お茶を飲むまでにまた時間がかかりそうだと今回は諦め立ち上がる。

 シンクに運んできた食器類と昨日使用したお皿を見てふとトイレでのことを思い出す。


(これにも“浄化”が使えないかな)


 浄化をかける対象を食器に変えるだけならばできそうだ。

 さっそく魔法を行使してみると自分の魔力が食器を包み消えていく。

 後に残ったのはピカピカのお皿たち。

 続いてまな板や包丁にも浄化をかけるとこちらも汚れが落ち綺麗になった。


(便利すぎる!あ!これなら洗濯もできそう)


 思い浮かんだ内容を実証するべく、意気揚々と洗面所兼脱衣所へと向かう。

 チェストの上に乱雑に置いた衣服はやはり汚れがついたままだ。

 そのひとつである白い長袖シャツを手に取り広げた。

 やはり所々に汚れており、とても綺麗とは呼べない。

 薄い緑の線は蔦か何かが擦れたことでついたと思われる。

 それらや土汚れなど、とにかく白以外の色を払おう。

 サーっと全てを連れ去るイメージで魔力を放てば…


(お、できたできた!)


 腕を伸ばし広げていたシャツの上から下へ自分の魔力が通ったと分かる。

 汚れも何もついていない状態の姿は頭に残っていないけれど、元のように美しくなったと言っていいだろう。

 己の力で真っ白なシャツに戻せたと思うと心躍るね。

 きっと自分は今ニコニコしていることだろう。

 心弾んだまま白いズボンと焦茶色のブーツにも同様に浄化をかけていく。

 実は昨日の自分は靴下を履いていなかった。

 つまり素足でこのブーツを履き森を抜けたので汗などが直接染み付いていそうで嫌だったのだ。

 何故靴下を履かない状態でこの世界に落とされたのかは謎でしかない。

 余談だが、下着も身につけていなかったから驚きだ。


(ま、過ぎたことだ。しかし、この服は…)


 昨日着ていた衣服を綺麗にしたはいいものの、今後着ることが無いかもしれない。

 恐怖と不安に苛まれながら進んだ森を思い出しそうだし、何よりペラいのだ。

 安っぽさはなく、着心地や手触りはいいのだが、生地が薄すぎる。

 今着ている白い長袖シャツの方が生地に厚みがあるので今後もこちらを着るだろう。

 黒いズボンに関しては生地の厚さだけではなく色もこちらがいい。

 なので、昨日お世話になった衣服は一旦洗面所の棚に置いておくとしよう。


(それにしても、この能力は便利すぎるなぁ)


 泥を洗い落とす作業も干す作業も必要無いから凄く楽だ。

 雨の日だろうと雪の日だろうと、乾かないと嘆かずに済む。

 今朝洗ったから今日は着られないなんてことにもならない。

 

 だが、ブーツに関しては少し残念に思うことがある。

 艶は戻ったが細かい傷は残されたままなのだ。

 浄化はあくまで汚れ…不浄のものを払う効果しかないのだろう。

 けれど、今はそれが分かっただけでも充分だ。


(この家が常に綺麗に保たれているのも浄化のおかげかな)


 昨日は汚れたブーツを履いたまま室内を歩いたのでそこから落ちた泥があってもおかしくないのだが、床は随分と綺麗だ。

 最初にこの家に足を踏み入れたとき、室内には汚れどころか埃すらなかったことを思い出す。

 この家に魔法がかけられているのか、はたまたソルデのような魔道具を使用しているのか…。

 そこまでの判断はつかないがどちらにせよ浄化が使われている可能性は高そうだ。


(今はわざわざ靴を履く必要もないね)


 靴が綺麗になったとはいえ、室内ではできるだけ履きたくない。

 欲を言えばスリッパが欲しいがそれは家内探索のときについでに探そう。

 ブーツは家を出る際に履くので玄関扉の横に置いておくことにする。

 というわけでブーツを持って洗面所を後にし、玄関ホールに置いたあと今度はリビングに向かった。


(さてと、まずはこれをなんとかしないと)


 ソファに腰を下ろし改めて瞳に映ったままの魔力について考える。

 これを見えないようにしたいのだ。

 ふわふわと空中を漂う魔力が見えるようになったのはこの家に入ってから…正確には玄関の魔石に魔力を流してから。

 そのとき何をしたか、自身に何か変化はあったか…


(あのときは体内の魔力を捉え、動かし、放出した)


 体内で自分の魔力を捉えたとき、そこで初めて魔力とはこういうものなのかと理解できたように思う。

 “どれ”が魔力なのかは既に分かっていたが、魔力そのものについての理解がなかった。

 ふんわりと感じ取れていた“何か”のことを身体と頭がようやく理解し、己に落とし込めたのがあのときだ。


 川を流れる“何か”は“水”

 頬を撫でる“何か”は“風”

 空を突然駆け抜ける“何か”は“雷”


 発生する理由も条件もそれを構成する要素も、全てを知っているわけではないけれどそうだと分かるもの。

 “魔力”もそのひとつで…


(あー、だからなんだという話だ)


 ドサリとソファの背もたれに身を預け、漂う魔力をしばらく眺めたあと目を閉じた。


(目を閉じても分かるのか…)


 光は見えないが部屋中を漂っている魔力がそれぞれどこにあるのか相変わらず感じ取れる。

 何故か魔力が持つ色も分かるから不思議だ。

 更に言えば、天井から吊るされた照明は白金色の魔力を纏っているし、隣の部屋にある魔道食料庫は紺色の魔力を纏っているということも分かるのだ。

 そうして考える内に認識できる範囲がどんどん広がっていることに気がつき目を開いた。

 分かってしまうから、つい次々と意識を向けすぎたのだ。

 そのせいで、この場を動いていないにも関わらず疲労が蓄積されてしまった。


(これは見えているのではなく感知している…昨日自分で魔力感知と言っていたじゃないか)


 ステータスオープン未遂事件のときのことだ。

 思い出して恥ずかしくなり手で顔を覆う。


(あれは忘れたい)


 ゆっくりと息を吐き心を落ち着かせる。

 そんなことより魔力感知についてだ。

 魔力感知を発動するのに魔力は使わないので魔法ではなさそうだ。

 そうなると何に分類されるのか…


(体の機能のひとつ?)


 仕組みが分からずとも呼吸はできるし手足を動かせる。

 構造を知らなくとも声は出せるし耳も聞こえる。

 それと一緒なのかもしれない。

 そうと理解しても魔力感知の切り方は分からないが…


(呼吸は止めようと思えば止められる。そんな感じでできないかな…見えなくするぞーっと…)


 電気のスイッチをOFFに切り替えましょう。

 そんな感覚で目を閉じパッと開く。


(あれ?…何それ?それでいいの?)


 唐突に魔力が見えなくなった。

 身を起こしキョロキョロと辺りを見回すもあの淡い光がひとつも視界に入らない。

 部屋に漂っている魔力も照明の魔力もなんとなくは分かる…それより更にうっすらとだが魔道食料庫の魔力も分かる。

 だが、先程とは明らかに感じ方がぼんやりとしている上に瞳には映っていない。

 玄関の魔石に魔力を流す前と同じだ。


(いやいやいやいや、今までのはなんだったの)


 解決するまでにかなりの時間を要したことに落ち込み肩を落とす。


(意識するだけで変わるってこと?気持ちの切り替えが大事ってか)


 ハッと鼻で笑う。


(なんだよそれ)


 あれこれ考えていたのが馬鹿みたいだ。


……………


………


……


「よし!」


 ガバリと顔を上げる。


(そもそも世界が違うんだ。自分の持つ知識も常識もこちらで通用するとは限らないよね)


 そうだそうだと自分に言い聞かせ気持ちを持ち直す。

 それでも立ち上がるまでに少し時間がかかったのは仕方がないことだ。

 無気力感とはこのことだとぼんやりと思う。


(今日はこの家を探索するんだ。さっさと行こう)


 足に力を込め今度こそ立ち上がった。

 考えることは無駄ではないはずだと自分を励ましながらね。

 浮き沈みが激しいことにすら今後疲れそうだよ。

 なんとなく己に浄化をかけて部屋を出た。

 何を期待してそれを行なったのかも何故やろうと思ったのかも説明できないけれど、なんとなくね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る