7.師から

 部屋を出て玄関ホールにある階段を登り2階の右側から見て回る─と言っても扉は2つしかないのだが。

 階段に近い方の扉を開くとそこは書斎のようだった。

 正面には広いソファとテーブルが1つずつ。

 それらよりも存在感を放っているのは右側に見える重厚感溢れる木製の執務机。

 艶のある茶褐色の机は威厳のある佇まいで実に格好良い。


(座ってみたい)


 欲望のままにふらふらと近づくと机の上に置かれた1冊のノートが目に留まった。

 紺色の表紙には何も描かれておらず随分とシンプルなデザインだ。

 手に取り裏返してみるがそこも紺一色で変わり映えしない。

 手触りに違和感がないということは紙作りの技法は確立しているということなのか…。

 そこは今考える必要のないことなので置いておくとしよう。 

 勝手に中身を見ていいものか悩んだのは一瞬で、何かしらの情報を得られないかと期待を込めて表紙を捲った。

 そこには“師から弟子へ”の文字。

 ページの中央にそれだけ記されていた。


(弟子へ向けて書いたものが何故ここに?この字は…あの骸骨さんの字?)


 執務机にポツンと一冊だけ置かれていたことに違和感を覚えるが、これまた考えたとて答えが出るものではないと考え振り払う。

 そうしてページを捲ると今度は長い文章が綴られていた。

 どこかで見たことのある文字だと思うのは直前に見た6文字から何かしら癖を読み取ったからなのだろう。

 うっすらとそんなことを考えながら記されている内容に目を通し始めた。

 

──────────────────────

【僕の弟子へ】


 おめでとう。

 ここへ辿り着いたのは君が初めてだよ。


 見つからないように島全体に魔法をかけて隠したんだ。

 もちろん強力な魔法をいくつも使ってね。

 自分で作った魔道具も使用しているから誰にも見つからない自信があったんだけど、悔しいなぁ…君には見つかったようだ。


 時代が進んで魔法が発展したのか、卓越した技術を持つ者が現れたのか、君自身の運か才能か。

 それとも…なんだろうね?

 どんな方法であれ、ここへ辿り着けるだけの何かを君は持っているということだ。

 それを直接問えないのはとても残念だよ。

 君となら楽しい時間を過ごせたかもしれないね。


 元々この島には僕の全てを隠すつもりで来たんだ。

 僕自身も含めてね。

 まぁ、僕にも色々と事情があるのさ。

 誰にも見つかるつもりはなかったし、そうならないように心血を注いだつもりだよ。

 それでももしここへ辿り着ける者がいたとしたら、その者に全てを託そうと決めていたんだ。


 砂漠に埋められた花びらを見つけ出し、素水さみずを遥か上空から一滴点じ潤す。

 意味は伝わるかな?ここに辿り着ける者が現れる可能性はそれ程に低いと言いたいんだ。

 難題だよね?これって。

 少なくとも僕が上記を行えるまでになるのは凄く凄く大変なことだ。


 とはいえ実際にこれを読んでいる者がいるのだから驚きだよ。

 残念ながら既にこの世を去った僕が直接君にできることはない。

 だからこの家とここにある全てを好きに使ってくれてかまわないよ。

 既にこれを読めるくらいだから君には必要のないものかもしれないけどね。


 この島はこれまで誰も足を踏み入れたことのない場所だ。

 この島の存在を知る人がいないと言った方が正しいかな?

 始めは家なんて無かったんだよ?

 一から作るのは大変でもあり楽しかったよ!


 そんなことより、この島は元々誰のものでもないから勝手にしてね。

 あ!もしかして君の時代には変わっているのかな?

 まぁ、僕はもういないしその辺りのことは自分でなんとかしてよsね。


 君は僕の最初で最後の弟子だよ。

 直接何かを伝えることはできないけれど、ここを譲るから問題ないよね。

 師匠なんて必要ない!そんな悲しいことは言わないよね?

 泣いちゃうよ?泣き顔は見たくないでしょ? 

 僕の自慢の弟子だと言ってみたいな。


 実りある一世であることを願うよ。


【君の師匠 ルークス・フェン・ヴェリタティス】

───────────────────────


「ルークス……フェン・ヴェリタティス…さん?様?」


 思いもよらぬ内容に頭が働かない。

 何に疑問を抱き何を思うのかも纏まらないから戸惑うばかりだ。

 とりあえず、書斎に置かれているソファへ移動し、もう一度目を通した。

 丁寧にゆっくりと…。


………


「…はぁ……」


 ゆっくりと息を吐き、読み終えたノートを一旦テーブルに置いた。

 それぞれの足に肘を立て、流れるように組んだ手の甲に額を乗せて頭を働かせる。


(まず…何から考えようか…)


 何度か読み返して尚、まともに思考を巡らせられない。

 次から次へと溢れてくる疑問。理解し難い内容。文字の羅列。

 それらが頭を埋め尽くし、埋もれたと思えば湧き上がり、消え、新たな疑問が…となっているようだ。

 とりあえず今得た情報を淡々と頭の中に並べていこう。


(これはノートに書いてあるけど手紙と呼んでいいの?)


 どうでもいい疑問だ。勝手に呼べばいいと思う。

 勝手に自分でツッコミまで済ませるなんて実に滑稽である。


(えーっと…まず、この家を譲ってもらったから好きに使っていいということで…)


「ありがとうございます」


 お礼は大事だ。ペコリも忘れない。

 後で崖の中腹に何か供えに行こう。

 あの骸骨を思い浮かべても怖いと思わないから不思議だ。


(それよりも…凄い力を持った人がここに来ると踏んでいたようだけど…)


 何も持たぬ自分が弟子になってしまい申し訳なさで胸が痛む。

 それでも既にここへ来てしまっている。

 その事実は変えられないので有り難く“師匠”と呼ばせてもらうことにした。


(しま……島なのかぁ)


 しかも“前人未踏の”と先につく。

 正確には2名到達しているが、ちょっとそこまでお買い物へなどと気軽に言える場所ではなさそうだ。


(いや、まだそうと決まったわけではない)


 島には変わりないが今もまだ未開の地だとは限らない。

 ノートにもその可能性が記されていたことを思い出し、パッと顔を上げ窓の外を見る。

 だが、ここは2階にも関わらず、家の前の開けた土地とその奥に立ち並ぶ木々しか瞳に映らなかった。


(無いな)


 昨日、崖の中腹から森を眺めた際、人が居そうな場所は視界に入らなかった。

 木々が邪魔をして確認が全く取れていないわけで、可能性はゼロだと言い切れないけれど、人がいるとも思えない。

 左右全てが見えたわけではないし崖の裏側がどうなっているのか知らないが、探す為にはまず崖か森をなんとかしないと進めない。

 こんな状況のなか、近くに人が居るかもしれないなどと前向きに考えるなんて不可能だ。

 それに、居ないと決めつけてしまった方がいい。

 期待を裏切られたときに受ける傷は大きいだろう。

 それならば最初から期待なんてするべきではない。

 洗面所に残されていた衣服は客人用ではなく、弟子の為に用意したのだと今なら分かる。


(人にはすぐに会えそうにないけどそこは仕方がない…)


 まず、自分はこれからどうすればいいか考えよう。

 私は元の世界へ帰る方法を知りたい。

 だけど、その為に何を知り何をすればいいのか全く分からないから困る。

 となると、この世界のことを学び知識をつけないことには元の世界へ帰る方法を見つけ出せないだろう。

 この家に多くの書物が残されていることを願う。

 そもそも地球への帰り方が記された書物でもあればいいのだが…

 

(期待はしない。うん。うん…)


 無かった場合は島の外へ出て情報を集める必要がある。

 その為にはあの森を抜けるか、崖を登るかしなければいけない。

 だけど、森を抜けた先はどうする?海をどうやって渡るのだ?

 高い高い崖を見上げた先に緑が見えたということは崖の上はおそらく森が広がっている。

 もしくはてっぺんに木が生えているだけで、すぐ後ろは海とか?

 なんにせよ、森を抜け海を渡る必要がありそうだ。


(森を抜けるには最初に自分が何をできるか知る必要があるね)


 この家に残されている食料は無限ではないが、数えきれないほどの量があるので数か月…もしかしたら数年は大丈夫だろう。

 食料が尽きる前に島を出る必要があるものの、学び知識を蓄えるだけの猶予は残されている。 

 服はある、家もある…何もサバイバルをしろというわけではないのだ。


(この家があるんだから大丈夫)


 震える身体を無視し、自分に言い聞かせながら外を見つめた。


(結局自分があの森にいたのはどうしてなんだろう)


 場所を考えると師匠がなんらかの方法で人を呼んだと言われてもおかしくないのだが、ノートの内容を見るにどうやら無関係のようだ。


(自分が異世界に来た理由も、森にいた理由も分からないままか…)


 異世界転移に関してはこの家の主と何かしら関係があると思っていただけに落胆が大きい。

 手がかりひとつなかったことに肩を落とすが、それならば自分でどうにかするしかないと気丈に己を奮い立たせた。


(まず、知ることが大事だね)


 ノートにはこの家と“ここにある全て”と記されていた。

 ということは家以外にも何か残されているはずだ。


(あそこに何かあるかな…)


 この家に寄り添うように建てられた円塔がずっと気になっていたのだ。

 何かが残されていそうなあの塔へ向かう為、ノートを手にしながら立ち上がる。

 そして、不安や恐怖を拭っている暇なんてないと囁く心と共に書斎を後にした。

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