41.森での昼食会

 私の呼びかけに答えこちら向かってくる8名は、期待とわくわくを纏っているように見える。


「皆さんフォークなどはお持ちでしょうか?」

「ああ、あるぜ」

「そうでしたか。では、お好きな席へお掛けくださいませ〜」

「くくっ、席ないっす」

「ははははは!だよな?」

「ふふふ。お好きな場所へ椅子を運びましょうか」

「そうだね〜。どこがいっかな〜」


 意識してやっているわけでもないのに、つい飲食店の店員さんのようになってしまう。


(いや、店員は客に椅子運ばせないわ…ふふ、一人ツッコミしてるよ)


「これ、テーブルひとつで良くないっすか?」

「くっくっくっく、お前…くくっ」

「あら?狭いのでは?」

「オレはここに座るっす」

「きゃはははは!だよね?」


(あら、定位置があるのね?)


 ヴィンスさんは、既に手にしていた椅子をお誕生日席に置いた。


「じゃあ、あたいはヴィンスの反対側がいいな!みんなの顔見れるしね〜」

「なるほど。素敵な特等席ですね」


 椅子を両手で抱えたエマさんが、にこにこと移動した先はもうひとつのお誕生日席。


(そっかそっか。確かにねぇ。2人とも人好きそうな性格だもんねぇ)


「私はレイさんのお隣にいいかしら?」

「ええ、もちろんです。私はお料理の仕上げをしてきますので、空いた席に座りますね」


(うどんが伸びる前に成さねば!)


「あ!その前にこちらお好きな方をどうぞ!美味しいお水と、レモン水です。では!」


 2つのピッチャーとガラスのコップを8つテーブルに出し、うどんの元へと急ぎレッツゴー!

 …と思ったが、伸びる前に収納にしまえばいいだけだと気がつき、残りの作業はのんびりと進めることにした。


「あら?飲み物にまで気を遣わせてしまったわねぇ」

「だね〜。リーダー、お酒じゃないからって文句言わないでよね〜」

「アホか。言うわけねぇだろうが。で?レイさんの席は決まってんだろ?って既に椅子置いてあるわ。くくっ」

「そっすね。カレンはそこっすよ?」

「分かっているわ。ふふ。ディグルはツッコミ係だからお向かいさんかしら?」

「あ?あぁ、普通にそのつもりだったわ」

「そうよねぇ?ふふふ」

「じゃあ、俺隣いいですか!?」

「お?もちろんいいぜ!」

「やった!ありがとうございます!」

「じゃあ、あたしエマさんの近くがいい〜。いろいろ聞きたいし!」

「お?おいでおいで〜。可愛いかよ〜」

「私はカレンさんのお隣に失礼します」

「ふふふ。ええ」

「じゃあ、僕はここだね」

「あ!ターセル交換しよう!?レイさんに聞きたいこととかあるでしょ?顔が見えた方がよくない?」

「そうだね。ありがとう」

「ふふふ、ポーションのことかしら?」

「はい!あ、でも今日、魔法のことも聞きたいなって思いました!」


 少し離れた位置から届く声を耳にしながら作業を続けていると、珍しくターセル君が声を張った。

 その内容に口元を緩めながら既に楽しげな空気が漂う方へ顔を向ける。

 あの2組の冒険者パーティーはそこまで親しくなさそうだと感じていたが、今は徐々に打ち解けているように見える。

 やはり同じ食卓を囲うと仲が深まるのかもしれない。


(いや、相手によるか…可哀想とか言われながら食べる食事は不味かったな……おっと、手が止まっていたな)


「すげぇよな?教え方がさぁ…なんつぅの?答えに誘導する感じか?」

「そっすねぇ…けど、考えを押しつける感じは不思議となかったっすね」

「ターセルとリサはどんな感じだった?俺は見てただけだからさ!」

「うん。なんか僕たちに合ってたよね?その…自分たちで考えさせてくれたっていうか…」

「そうそう。自分で考えて出来るようになったから余計に嬉しかったんだと思う!今そんな感じしました!」


(嬉しいなぁ。つい手をゆっくり動かしてしまうね。ふふ)


 しかも追加で品物を増やしてまで話を聞いているという己の狡猾さに心の内で苦笑いが漏れる。


「なるほどなぁ…あくまで自分の力で成し遂げた…それは嬉しいな!」

「そうねぇ…己の教え通りにしなさいと言う指導者も多いものねぇ。自分で考えるから意味があるのよね?」

「そうだよね〜。でも、通る道は示す感じ?レイさんは」

「うん。そうですね。けど、なんだろ?厳しいわけじゃないけど、あの“遠慮は捨ててください”は後から考えれば助かったよね?」

「そうだね…遠慮しちゃうと、萎縮しちゃって考えが深くまで行かなかったかもしれない」

「へぇ…考えが落ちる…余所に逸れないのか…え?そこまで考えての言葉だったのか?」

「どうかしらねぇ?」

「でも、レイさんにそれ言われても、怒られてる感じとかはないよね?はい。分かりました。みたいな?」

「そうですね。僕たちを馬鹿にしてる感じは全くなかったし、嫌々教えてんだぞ?みたいなのがゼロだったから、素直に聞けましたね」

「うんうん。教えたいから教える。伝えたいから伝える。って単純にそれだけだったもんね〜」

「それはつまり、純粋に教えるための言葉しか言わないとターセル君たちは勝手に思ったのね?」

「そうですね!勝手に思って勝手に受け入れた感じです」

「なるほどなぁ…もちろんレイさんもすげぇが、人の目見てそれを感じ取れるお前らもすげぇからな?」

「…えっと…ありがとうございます。へへ」

「嬉しいです。ディグルさんにそう言ってもらえて。ありがとうございます。ふふ」


(ふふふ、そうなのよぉ。受け止めるって簡単なようで難しいんだよねぇ…。さすがディグルさん!おかげで可愛い笑顔が見れました!)


「みなさ〜ん。お待たせ致しました〜。上からお料理が参りま〜す。お手てを膝の上にお願い致しま〜す」

「きゃはははは!は〜い!」

「ふふふ。お手てをね?」


 料理の他にも、鍋敷きやドレッシング類、取り皿も上からゆっくりと下ろしていく。

 身を引いていてくれないと危ないのだ。


「おぉ、なんか食べる前から楽しいね〜。あたいこれだけでワクワクするよ〜」

「だな?食事の始まりとは思えねぇ光景だぜ」

「ふふふ、こちらは食べ終わった焼き鳥の串を入れてくださ〜い。お口にくわえて遊ぶことは許しませ〜ん」

「きゃはははは!誰だよそんなことする奴〜」

「だよな?子供じゃあるまいしやらんわ。くくっ」


 ドレッシング類は2本ずつ用意したので皆の手が届くし、焼き鳥の串入れも2つ用意した。

 取り皿はこっそりカレンさん寄りに置いてみる。

 なんとなく彼女の役割な気がするのだ。

 違っていてもまぁ、特段変な位置ではないので問題ないだろう。


 焼き鳥、ささみサラダ、レンコンのきんぴら、漬物、話を聞きたいが為にさっき作ったフライドポテト、そして…


「こちらの味噌煮込みうどんは、お鍋も熱々で〜す。お手を触れないようにお気をつけくださいませ〜。さぁ、これは自分の手で蓋を開けるのがいいのですよ〜」


 鍋敷きに降り立ったそれぞれの蓋の上にハンカチタオルを生成した。

 そのままおしぼり代わりに使用してほしいので少し湿らせおく。


(普通におしぼりを出せば良かった!)


「お?いいのか?開けるぞ?」

「どうぞ召し上がれ〜」


 パカっとね。


「湯気やば〜!きゃはははは!」

「お?旨そうだな!」

「匂いもいいっすね?リュワっすか?」

「はい。そうです」


(やば!味噌煮込みって言っちゃった。通じなかったね?ごめんなさい)


「サラダはこの3種からソースを選んでください。ピリ辛、少しの酸味を持つもったりとした何か…卵を使用しています。こちらは玉ねぎを使用した少しさっぱり系?まぁ、てきとうに」

「きゃはははは!説明諦めた?」

「あとは、てきとうに取って食べてください」

「くくっ、雑になったすね」


(上手く説明ができぬのだ)


「まず、食うか!」

「「「「いただきます!」」」」


 瞳を輝かせながら放たれた声は重なり、音が散る前に皆が一斉に動き出した。

 相変わらず声にも瞳にも期待が乗っており、こちらまで心が躍る。


「ふふふ、お口に合うといいのですが…」


(お、蓋はもう収納にしまうか。邪魔だしね)


「お?この白い麺がいいな!汁吸ってて旨いわ!」


 かけられた声の方へ視線を向けると、未知なるものに出会えた驚きと喜びを大きな身体に纏ったディグルさん。

 その顔は素直に美味しいと語っている。

 

「ふふ、それは良かったです。初めて見るものでしたか?」

「俺は初めて見るぜ?」

「そうでしたか」


(パスタがあるから麺類は揃っているのかと思っていた……え?ラーメン食べれないの?嫌だそんなの……作るか…スープはまだしも麺の材料が分からない……あ!いいこと考えた!)


「レイさんマジで旨いっす!」


 閃き顔を上げたタイミングで、すぐそばのお誕生日席から声が届いた。

 顔を向けるとこれまた瞳を煌かせこちらを見つめるヴィンスさん。

 未知なるものに出会い喜ぶのは冒険者の性なのかもしれない。


「ありがとうございます。作り手として一番嬉しい言葉です。ふふ」

「あら?ディグル、普通にキノコ食べてるじゃない」

「あ?ホントだわ。普通に食ってるわ」

「ぷふっ、え?気づいてなかったの?うける〜」


(気づかないってすごいね。泥臭さは浄化でバッチリなんだぜ)


「泥臭さが苦手とのことでしたので、綺麗にしました」

「すげぇな。キノコ旨いわ。食感が大事だな」

「ええ。必要ですよねぇ」

「レイさん、これなんですか!?俺この白いの好き!」

「卵と油とサンドレアの蜜を主な材料とするソースです。マヨネーズと呼んでいますね。かけて良し!混ぜて良し!パンに挟んで良し!の優れ物です」

「マヨネーズですね!?覚えました!」

「あたいピリ辛にしちゃった!これも美味しいけど、そっちも気になるな〜」


(そっか、選択肢が多いのも考えものだな…)


 ちなみにサンドレアとは、酢の代替品として使用している液体を花弁で包み隠し持つ魔草花だ。

 この植物は葉や茎が鮮やかな紫色、花が淡い緑色という変わった姿をしている。

 花は、いくつもの花弁を折り重ね閉じた状態でいるのが常で、まるで大きな蕾に見える。

 背は0.8m〜1.3mと高く、閉じた状態の花はバレーボールよりは小さいかな?

 それを支える茎は、しなやかさがあるものの細く硬い。太さのある針金のようだ。


 栄養が不足すると花弁を開き中に溜め込んでいる蜜が顕になる。

 その蜜は豊潤な香りを放ち、多くの虫を寄せるのだが、それを得ようと花弁の内側に入ったが最後。

 花弁が閉じ、毒を持つ蜜により溶けて消えていくとかなんとか…


 その蜜に、効果を強く意識し浄化をかけると香りと毒を綺麗さっぱり払える。

 そして残る液体は酸味があり、穀物酢そっくりの味わいなのだ。


 だから大丈夫。

 左隣から突き刺さる視線の主にそう語りたい。


「ふふふ、ハルト君は生きています」

「…ええ、そうね。この目で検証結果を確認できたのは良かったわ」

「そうですよねぇ?見ると聞くでは違いますもの」

「信じていないわけではないけれど、やっぱりねぇ?」

「「ふふふふふ」」


 お互い顔を見合わせ微笑んだ。

 華やかでゆったりとした時間が流れていることだろう。


「お?なんだ?お前ら仲良くなったのか!」

「ええ。とても気が合うようです」

「そうなのよ。お話していて楽しい方だわ」

「そうかそうか。俺も嬉しいぜ!」


 そう語る彼の前にはマヨネーズを乗せたサラダが置かれている。


「2人…今回の場合は充分かと」

「ええ、そうねぇ。助かるわぁ」

「……オレ耳いいんすよ…」

「「………」」

「なんでもないっす……」

「「ふふふ」」


 華やかな2人の微笑みに照れたのか、彼は顔を逸らし、そしてサラダにピリ辛ドレッシングをかけ始めた。


(そのドレッシングの材料はいつか教えてあげましょうか)


 きっと今のように耳と尻尾をへたらせることだろう。

 そのとき彼は森でそれを口にした過去を思い出すだろうか。


 楽しみがひとつ増えたなと、微笑みに微笑みが乗るのを抑え込みながら食事を再開した。


「ねぇ、さっきなんか作ってしまったやつあるっすよね?それはここで出すやつじゃないってことっすか?」

「ん?あぁ…あちらも卵料理なのですよ。後からこのお鍋に卵を使用することを思いついたので、先に作った方を引っ込めました」

「それ食べたいっす!」


(え?コレステロールが……身体の作りがあちらと違うから大丈夫かな?いや、逆もあるかも……深く考えすぎたな)


「だめっすか?」


 私が返事を返さないものだから、また耳と尻尾がへたりと垂れた。


(可愛いな。これ)


「いえ、今お出ししますね?」

「やった!」

「ふふ、どうぞ」

「あざっす!」


 ピコンと立ち上がった耳に笑みを溢しながら、1切れの卵料理を乗せた小皿をヴィンスさんの前に置いた。


「あ、トマトソースをかけても美味しいと思います。そちらもお出ししておきますね」


 そう言ながらドレッシング用の容器に入れたトマトソースを取り出し置いた。


「あざっす!」

「あら?なんだかカラフルで可愛いわねぇ」

「ね?お野菜も入っておりますから子供にお勧めですね。食べやすいですし、大人の方でも楽に栄養を…ん?あぁ、卵料理ですが、食べたい方はどうぞ。挙手をお願いします」

「くくっ、全員だな」

「そのようですねぇ。ふふ」


 期待に満ちた顔が何を物語っているのか容易に理解できたので、小皿に1切れずつ乗せ、皆の前にお届けする。

 魔法でね。


「お、また料理が降ってきた。ぷふっ」

「かわいいお料理だね?」

「うん。確かに子供が喜びそうだね」


 みんながにこにこ食べてくれるから嬉しい。


「つぅか、レイさんだけフォークじゃないっすけど…それなんすか?」


 これはノリウツギを削り整え、ニスを塗っただけのシンプルな物。

 茶褐色のこれにいくつかの視線が集まっている。


「これは“箸”という物です。私はお箸と呼びますが、こちらの方が使い慣れていますので」

「なんか使うの難しそうっすね」

「そうですねぇ…子供の頃から慣れさせることはしますね。大人でも持ち方が不思議な方はいますし」

「へぇ…確かに難しそうだな?」

「でもほら、慣れれば便利ですよ?」


 キノコを挟み、目の高さに持ち上げ見せてみた。


「確かにな。先端が細いから口に入れやすそうだ」

「ええ。パスタはフォークで食べますけどね?」

「だよな?巻けねぇもんな?」

「はい」

「ま、最悪、食えりゃなんでもいいがな?」

「そうですねぇ。なければ手で食べればいいのですよ。ふふ」

「ははははは!雑すぎんだろう!」

「ふふ、お腹に入れば一緒です」

「まぁな?くくっ、イメージ湧かねぇわ」

「くくっ、そっすね」


(お米はフォークで食べるよりもお箸で食べる方が美味しいよねぇ。うどんもかな?)


「つぅか、レイさんマジで料理上手いっすね?」

「ふふ、ありがとうございます。そう言ってもらえて良かったです」

「本当に美味しいわぁ。味もそうだけれど、暖かみがあるもの」


(え?泣くんだが?涙よ出てくるな!)


「分かる分かる〜!心がね!?ぽっかぽかだね〜」

「ははははは!ぽっかぽかね?分かるわマジで」


(え?泣くんだが?だから引っ込んでくれ…)


「全部美味しいです!あたしお腹もっと欲しい!」

「ははは!コリンの言いたいこと分かるね!俺次に何食べようか真剣に考えてたわ!」

「ふふ。だからハルトの顔が険しかったの?おもしろいね?」

「うん。なんか…くくっ、やけに真剣な顔で食べてると思ったらそれが理由だったんだね?」

「きゃはははは!お腹と相談してた?うける〜」


(嬉しいなぁ。お腹いっぱい食べておくれ)


「嬉しいですねぇ。たくさん学んだ甲斐がありました」

「それもそうよねぇ?何度も何度も作ったのでしょうねぇ」

「なんかポーションと似てるね!?いっぱい調べて確かめてさ!」

「あら?言われてみればそうねぇ?」

「ええ。似ていますよねぇ」


 知識をつけ、技術を身につけ、材料を揃え、この手で作る。

 それが料理とポーション製作の共通点。

 今や手を使用する頻度が減ったのもまた同じか…


「あ!ていうか、瓶見たよ!?」

「そうだ!あれあれ!あれやべぇよな!?」

「素敵な芸術作品よねぇ?」


(あれ?もうお店に?昨日署名したばっかだよね?あれ?もう1日1日が濃すぎて時間の間隔が分からない…いつだっけ?)


「もう販売されているのですか?」

「売ってるっすね!オレ達すぐ買ったっす!」

「え?皆さんに以前お渡しした物を使ってしまったのですか?どこかお怪我を?」


 まさかの内容に心臓が飛び跳ね、一気に不安が迫り上がった。

 思わず手が緩み箸が転げ落ちたことなど気にしていられない。


(嘘だと言ってくれ…)


「違うっす!欲しくて買ったんすよ!あの瓶に入ってるやつが!」

「そうそう!だから心配しないで!ね!?」


 慌てて言い募る2人の様子を見るに嘘ではなさそうだ。

 他の2人も力強く頷いており、ほっと安堵の息を吐いた。


「そうでしたか…それはよかったです」


 草の上に乗る箸を拾い浄化をかけながら、驚き動いたままの心臓を落ち着かせる。


(よかったよかった…はぁ…)


「あれもレイさんの手作りって聞きました!俺泣きそうになったし!」

「っていうかハルト泣いてたよね?あたし見たよ?」

「まぁね…だってさぁ…」


(ん?どうして泣くのだろう?)


「どうして泣くのですか?何かつらいことを思い出す要素がありましたか?デザインを変えた方がよろしいでしょうか?」

「レイさん…それはいい人すぎるぜ…泣きそうだ…」

「違います!あの瓶の意味を聞いて感動したんです!」

「え?意味を皆さんはご存知で?」


(なぜ?)


「ああ、商業ギルドの熱量がやばいぜ?いや、気持ちは分かるがな」

「卸すお店の人に必ず話してるみたいだよ〜。瓶の意味を」


(なるほどね)


 ヴェルーノさんもクルトさんも感動してくれていたのは気がついていた。

 だけど、彼らは商業ギルドの職員。

 さすがに仕事となれば静を保ち綽々しゃくしゃくと仕事をこなすイメージを持っていたのだが…


「そうなのですね…それよりもコルクの方は伝わっておりますか?」

「それよりも…だと?…いや、まぁ、ちゃんと聞いたぜ?未開封ってことだろ?」

「はい。伝わっているようで安心しました」


 最重要事項なのだ!

 粗悪品を注ぎ、それをここにいる8人が手に取ったとなれば…


(そのときは薬師ギルドを森のどこに招待しようか…)


「軽いし壊れにくいのも伝わってるっす!マジであれ凄いっすね!?助かるっす!」

「飲み口も考えてあの形なのでしょう?」

「はい、そうですね。ハルト君が飲ませている姿を見て、あれでは飲ませにくそうだなと思ったのですよ」

「え?俺?」

「はい。横たわるコリンちゃんの口内に注ぐには元の瓶ではねぇ?ただでさえああいった状況では手が震えたりするでしょうし…ね?」

「え?俺また泣きそうだ…ターセル、ハンカチある?」

「袖で拭きなよ」

「そうするよ…」


(ハンカチで涙を拭ことする男の子って珍しくない?そうでもない?)


 本当に袖で涙を拭う彼と呆れた表情を浮かべるターセル君を見ながら湧き出た疑問は実にどうでもいい。


「ぷふっ、ごめん。あたいも感動はしてるんだけど…ターセルが…」

「だよな?俺もだぜ…くくっ」

「意外と冷たいっすね。おもろいっす。くくっ」

「ははははは!あたしも感動してたのに!」

「そうだね。でも、ターセルはこんな感じだもんね?冷静で助かるよ。ふふ」

「そうか…これを冷静と言うのか…くくっ、間違ってはいねぇんだが面白いわ!ははははは!」

「あれ?私も笑われてる?」

「うん。僕はそう思うね」

「そっか。ふふふ」


(楽しそうだなぁ。いいねいいね)


 皆で同じ食卓を囲いご飯を食べる。

 笑顔だろうと、無表情だろうと、眉が下がっていようとも…

 その背中に楽しさが乗っているのであれば充分だよね?


 そんなことを考えながら、いつもより暖かい昼食を噛み締めた。

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