42.揺らぐ心と癒しの雛鳥たち

「あの瓶は全て全て人の為を思い考えられていて凄いわぁ」


 賑やかな笑い声を聞きながら箸を進めていると、唯一声を上げず静かに微笑んでいたカレンさんがその笑みをこちらに向けてきた。


「ふふ、ありがとうございます。言葉にされると崇高な人間に聞こえますが、実はそうでもないのですよ?ふふ」

「あら?そうなのかしら?それは興味深いわねぇ」


 確かに瓶に意味を込めた。

 希望に癒しと安らぎを…

 そう思ったのは確かだし、商業ギルドで語った内容に嘘はない。

 だが、せっかく作るのならば最高の状態で希望を世に出したいと思ったのが先。

 その為に考えた結果が、瓶に意味を込めること。要は後付けだ。

 使いやすさや重さに関してはここに居る彼らを思ってのことでもあるし、単に“最高の状態で”に含まれてもいる。


他人ひとにはどう見えるのか…それは相手によりけりでしょうがねぇ」

「ふふ、そうよねぇ?レイさんの行いを素晴らしいと思う方もいれば、偽善だと考える方もいるのかしら?」

「ええ、いるでしょうねぇ。それで困る方はおりませんがね?」

「レイさんが傷つくことはないと安心していいのかしら?」


(え?)


 おっとりとした雰囲気を纏うカレンさんの微笑みはいつも通りに見えるのに、瞳にわずかな陰りが出たのはこちらを心配してのことだろう。


「ふふ。むしろその瞳を見れるのであれば喜ばしいことですねぇ」

「あら?酷い方ねぇ?ふふふ」

「失礼致しました。嘘ではないのでついね?ふふ、本当に気になりませんのでご心配なく」

「それなら良かったわ。ちなみに私は素晴らしいと思う方よ?」

「ありがとうございます。カレンさんの言葉だから嬉しいですねぇ」

「あら?口説かれているのかしら?」

「ふふふ、口説かれてくれるのですか?」

「ごめんなさいねぇ。魅力的だけれど冒険が楽しくて他を見れないわ」

「ふふ、でしょうねぇ」


(よかった。心配や不安は払えたようだ)


「でも迷うわねぇ?お食事に誘われるということは、またこの美味しいお料理を食べられるのかしら?」

「美しい花が望むのであれば喜んで」

「はーい!オレ口説かれたいっす!」

「お前じゃねぇだろうが!」

「あたいも口説かれたいで〜す!きゃはははは!」

「お前は意味が違うだろう!?ただ飯に釣られてんじゃねぇか!」

「違います〜。レイさんと食べたいんです〜」

「…それもそうか」

「リーダー弱っ!きゃはははは!」

「あたしはいつでも口説いてください!」

「俺らもです!お腹空かせて待ってます!な?」

「「うんうん」」

「お前らは雛鳥かよ。くくっ」

「そう見えてしまうから不思議ですねぇ。せっせと食事を運ばねばと思ってしまいますもの」


 ピヨピヨと並びながら鳴く可愛いこの子たちを想像してしまい、顔が緩んでしまった。

 午後の風の子たちは中学生くらいに見えるのに、今はもっともっと幼く感じるから不思議だ。


「大変そうだけど微笑ましい光景になりそうねぇ?」

「そうですよね?何を食べさせようか考えるだけでも楽しそうです」

「え?オレは!?」

「あたいは!?」


 期待に満ちた4人の雛鳥の瞳に加え、煌めく瞳が追加でこちらに向けられた。


「そうですねぇ。皆さんが揃って口説かれてくださるのであれば、喜んでお食事をご用意しましょうか」

「俺らはいいよな!?」

「もっちろん!」

「「うんうん」」

「オレらも全然問題ないっす!」

「そうだねそうだね!」

「お前ら…リーダーって知ってるか?」

「諦めなさい。もちろん私も喜んでお誘いを受けるわ」


 3人はリーダーの意味を知っているが故の行動に見える。

 私に目で謝罪を伝える彼と、瞳を煌めかせる3人は対照的だが、そこに確かな信頼関係があるのだ。


「嬉しいことですねぇ。では、口説き文句を考えておきますね?」

「「「「はい!!!」」」」

「くくっ、美人に口説かれるっつぅのに危機感を覚えないこいつらをどうしたらいい?」

「そうねぇ。レイさん以外には着いて行くなと教えるしかないかしら?」

「そうか…お前ら変な奴に口説かれたら逃げろよ?」

「大丈夫です!俺たちは蹴り上げて逃げます!」

「あたしはお腹に頭突きします!」


 にこにこしながら元気いっぱいに言うから少し不安になる。

 躊躇いが出て手加減をしてしまうのではないだろうか…


「手加減なんてすんじゃねぇぞ?」

「もちろんです!自分たちを守ることしか考えません!」

「それなら安心だな」


(そうか…危険と共に生きてきたからその辺は心配なさそうだ)


「逞しく育っているようで安心しました」

「あれ?雛鳥育ててるんすか?くく」

「きゃはははは!お母さんがいるよここに」

「あら?お父様ではないのかしら?」

「「「「………」」」」


 カレンさんの言葉に誰もが納得していないと容易に分かる。

 “これのどこが男なんだ”と皆の目が語っているのだ。



「どこが父なんだよ」

「あら?それはレイさんが傷つくのではないかしら?」

「え?気にしてるようには見えないよね?ごめんね?あたい普通にそう思ってたよ。レイさんって男?」

「お前その質問が失礼だわ!くくっ、すまん。笑っちまうわ」

「ふふふ」

「レイさんも笑ってるよ〜?きゃはははは!」

「あら?笑っていいのね?ふふ」

「すんません。くくっ…」


(そう聞く前に笑いを堪えていたと知っているのだぞ?それは謝罪が込められていないと知っているのだぞ?)


「性別なぞ不要です」


 皆の疑問にいつもの微笑みをたたえながら返事をした。

 嘘はなく、心からそう思っているのだ。


「だよね?良かった良かった!気にしてないってことだよね!?」

「はい」

「そうかそうか。すまんな。女扱いしてるつもりはなかったが、男扱いしろと言われても…お?特段今までと変わらんか?」

「そうねぇ?レイさんに限らず性別を意識することって少ないのではないかしら?全く無いわけではないけれどね?」

「それもそうだよな?」

「ま、だから私がディグルさんを女扱いしても気にすることではないということです」

「なんでだよ!気にしてくれ!!」

「きゃはははは!これをどうやって女扱いするつもり〜?不可能でしょっ…くくっ…ははは!」

「エマ笑いすぎな?マジで」

「ふふっ、やだちょっと…面白いじゃないの…っ…」

「やばいっすね…はら痛いっす…くくっ…」


 リーダーとやら以外がお腹を抱えながら震えているのは食中毒が原因ではないと知っている。


(焼き鳥うめー)


「お前はなんで呑気に焼き鳥食ってんだよ?」

「そうは言われましてもねぇ?」

「頼むからみんなの腹に攻撃をしないでくれ」

「そうは言われましてもねぇ?」

「え?時戻ってる?」


「きゃはははは!何その会話!ぷふっ…」

「ぶふっ…っ…え?2人で腹を攻撃し始めたっすよ?…くっ…」

「やめてちょうだい…くるしいわ…ふふ…」


「きつい…くくっ…」

「だよね?ははははは!」

「…っ…ふふ…」

「むり…いたい…くく…」


 皆が楽しそうに笑っているから食事がより美味しく感じられる。


(焼き鳥うめー。タレがいいね)


「なんなんだこいつら。楽しそうだな」

「ですよねぇ?皆の笑顔により焼き鳥の旨味が上昇中です」

「お?そうか?それなら俺も食うわ」


(焼き鳥うめー。塩もいいね)


「ねぇ、レイさん?」


 焼き鳥を飲み込んだタイミングでかけられた声の方へ顔を向けた。

 視線の先にあったスミレ色の瞳には純粋なこちらへの興味が乗っている。


「はい。なんでしょうか?」

「いつかあの瓶の本当の理由を教えてくれるかしら?」


 私を知りたいと願う彼女の言葉を聞いて揺らいだ心を悟られないよう微笑みを保つ。

 今それを聞かないのはおそらく隠された何かがあると気がついたから?

 こちらの内側を無理に暴くつもりはないという彼女の優しさがそこにある気がした。


 何故ポーションを希望と呼ぶのか話さなければいけない。

 あの小鳥と森の意味を話さなければいけない。

 パテルさんとフェリさん、そして師匠のことを…

 連なって話すことも多いだろう。


 出逢ったばかりの頃であればすんなりと語れたはず。

 けれど、今はそれができなくなってしまった…

 それは喜ばしいことでもあるのだが…

 今私の心はたくさんのものが複雑に混ざり絡み合い、揺らぎを見せている。


「ふふ、ではカレンさんが口説いてその意味を吐き出させてみてください」

「あら?それはいい考えねぇ?私が言わせればいいのね?」

「ええ。どうかビンタで吐かせるなどは勘弁してください」

「それは私がやりそうだと言っているのかしら?」

「………焼き鳥美味しいですね」

「きゃはははは!レイさんごまかすの下手くそすぎかよ〜」

「お前…くくっ…串しか持ってねぇじゃねぇか…おもろすぎんだろ…」

「とっくに食い終わってんのに言うセリフじゃないっすね。くくっ…」


(それな?自分でも思ったわ)


「つまり!あの瓶の意味が他にあるってことは間違いないんだね〜?」


(マジかよおい…なるほどな)


 エマさんがドヤ顔をかましている。

 言わせたのはカレンさんなのに…つまり彼女は操り…もしくは2人がグルか!?


「策士か…やりおるな」

「くくっ、え?なんて?オレの聞き間違いっすか?」

「ふふふ。私はそんなつもりで言ったわけではないけれど…否定しないということはそういうことよねぇ?」

「………黙秘します」

「ははははは!今更かよ?呑気に焼き鳥食ってる場合じゃなかったな?くくっ…」

「そのようでしたねぇ」


(いつか話せる日が来るのかな?その日が来てほしいのかどうなのか…分からないね。ま、いっか)


 流れに身を任せて揺蕩たゆたうのも善きかな。


「俺らも口説き文句考えるか?」

「あたしたちが?できるかな?」

「ターセルに頑張ってもらう?」

「僕?無理じゃない?せめてみんなで考えようよ」

「そうだな!後で作戦会議だな」

「「「はい!」」」


(微笑ましいんだが?)


「雛鳥たちが母を口説こうとしてるぜ?」

「あたいもカレンと作戦会議だね〜」

「ええ、そうね。真剣に考えなければいけないわねぇ」

「はーい!オレもっす!」

「お前は他を考えろ。な?」

「無理っす」

「きゃはははは!まぁ、まずはこっちからでいいんじゃな〜い?」

「そうか。こいつのことはほっとくか。じゃあ、俺らも後で作戦会議だな」


(頑張れー)


 私を知りたい。その願いが込められた作戦会議がいつか開かれる。

 それを思うだけでとても心が暖かくなった。

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