40.本日の献立

 澄み渡る青空。流れる雲。さわめく木々。

 心が落ち着く空間のはずなのにそうならないのは、面白劇場が未だ繰り広げられているからだ。


「献立は何にしましょうかねぇ」


 以前、赤い牙レッドファングにはカツサンドを、午後の風にはコロッケサンドを出したので今回揚げ物は避けたいところだ。

 せっかくならば違う角度からの意見が欲しい。

 この機会を利用し、揚げ物以外の料理への感想を聞こうと思う。


(パン…米…肉……みんなは魚も食べられるのかな?)


「ねぇ!あたいレイさんが料理してるところ見てみた〜い!」

「それいいっすね!?オレも見たいっす!!」


 空へ向けていた顔を下げ2人を見ると、ぴょんぴょんと飛び跳ねるエマさんと、何故か片手を真っ直ぐ天へと伸ばすヴィンスさんが居た。

 共通点は期待の眼差しをこちらに向けているということ。


(手を挙げて意見を述べるのは世界が違えど変わらないのか…)


「ダメっすか?」

「嫌かなぁ?」

「無理を言うつもりはないわ?」

「そうだな。旨い飯食えるだけで充分だ」


(増えてる)


 私が返事をしないものだから、肩を落とす人が出てきてしまった。

 何故か数は2ではなく8だ。


「いえ、お作りするのはかまいませんが、それだとお時間がかかるのでお待たせすることになります」

「そんなの大丈夫だよ!見たい見たい!!」

「そっすよ。マジでいくらでも待つっす!」

「飽きたらリーダーで遊ぶから気にしないで?ね?」

「………時間は気にしないでくれ」

「俺も見たいです!飽きたら遊んでます!」

「ディグルさんで遊んでます!」

「「うんうん」」

「お前らもか……」


(何が1番面白いって、力強く頷く真面目な2人組だよね)


「ではでは、お作りしますかぁ。皆さん食べられない物はございますか?」

「俺はキノコが嫌いだ」

「おや?それは、味、におい、食感…どれが苦手でしょうか?」

「なんか泥臭くねぇか?」

「なるほどなるほど」


(泥ねぇ…)


「あたいはないかな!」

「オレもなんでも食うっす!」

「あら?あなたブロッコリーを食べられるようになったのね?」

「…あいつはちょっと……」


「俺もなんでも食べます!」

「あたしはセロリが嫌いです!」

「あぁ…僕もそれは無理だ…あとは…ないかな?」

「うんうん」


(キノコ、ブロッコリー、セロリね…)


「なるほど…」


 また顔を上げ、くっきりとした青空を眺めながら献立を考える。


(パンは避けようか…となると米…白……雲…わたあめみたいだ…白?…うどんはどうだろうか!?え?猪と合いそうじゃない?…うん…肉も野菜も摂れる…いいね!)


 うどんが食べたくて小麦粉を捏ね麺を作った過去がある。

 そのときは、後から出汁がないことに気がつき諦めたのだ。

 味噌煮込みうどんにすればいいと思います!


(あとは…冒険者だから力がつくもの?筋肉?…ささみとか?お?バンバンジーはどうだろうか…タレの辛さをどうしようか…いや、後がけにして選んでもらうか?ピリ辛とマヨ…うん。そうしよう)


 果たして2品で足りるのだろうか…

 一緒に酒場へ行ったときは結構な量を食べていた気もするが…途中、フォーク作りやツッコミが挟まった為、正確には覚えていない。


(冒険者だから取り分けて食べるのに慣れてそうだよね?)


 1人につき1皿だと量をこちらが決めることになるが、自分がもしくは仲間が取り分ける分には問題ないだろう。


(…小鉢系……きんぴら…漬物……華がない……スパニッシュオムレツはどうだ!卵も取れるぜ!?カラフルだしいいねいいね!天才か!?…ま、あとは作ってるうちに考えよう。もう食べ合わせとかどうでもいいよね?)


 料理の始まりの合図は、ローブを脱ぎ、袖のボタンを外し腕まくり、そして自身に浄化をかけること。


 さて、収納から取り出すは大きな木製テーブルひとつだけ。

 これは作業台というより、物置としての意味合いが強い。

 自分は料理の際に包丁もまな板もコンロも使わない為、今取り出すのはこれだけだ。


 ではさっそく料理に取り掛かろう。

 まずは、クリムボアを少し削ぎ取り、火魔法で焼いて食べてみた。


(…うん…においが残っているけどそこは浄化でどうとでもなる……少し硬めだけどこれぐらいなら問題ないね)


 猪肉を宙に置いたまま風でスパッと切り分け、透明なボウル─魔力球を横半分に切ったようなやつ─に入れ、砂糖少々と酒を加え揉み込む。これは手作業だ。


 既に上では小麦粉、塩、水で麺作りを開始しており、ささみは魔力球の中で低音調理中。

 手でレタスをちぎりながら、背後ではトマトときゅうりが綺麗に切られ、タレとマヨネーズも全て浮いたまま完成。

 見えぬ球体の中をぐるぐると回るから見ていて面白かった。


 さて、続いて取り出すは大きな寸胴鍋。

 今回使用する唯一の調理道具かもしれない。


 最後の一押しとばかりに猪肉に再度浄化をかけ鍋へ投入。

 肉を炒めながら、人参、ごぼう、大根、キノコをスパパパパっと。

 野菜を加え炒め、水を入れ、あとは煮込む…のはすぐ終わらせることも可能だが、今回はそのまま煮込む。


(豆腐とこんにゃくがほしいなぁ…お?うどんは時短機能を使うぜ!?)


 用意するのは時間の流れが早い空間をひとつ。それだけだ。

 ひと塊のうどんの生地が一瞬姿を消し、また世に現れた。

 肌のしっとり感が増した生地の登場だ。

 これを魔法で圧をかけ伸ばす。

 あとは透明な綿棒をコロコロしたのち、スパパパパっとね。


(おっと、オムレツオムレツ)


 宙に卵を割り入れ、ミキシング♪

 その間にハム、人参、玉ねぎ、じゃがいも、ピーマンをみじん切り。

 ケチャップ代わりに甘めのトマトソースも製作中。

 卵にハムと野菜、調味料を加えぐるんぐるんと混ぜまして、透明なフライパンで焼きましょう。

 両面からじっくり熱を通せるのが魔法のいいところ!


(さてさて、お次は…)


「俺は今何を見ている?」

「さぁ…大道芸かしら?」

「だよな?料理するのに鍋ひとつだけなわけないもんな?」

「木の台も出てるっす」

「いやお前、それを数に入れなきゃいけねぇ時点でおかしいわ」

「でも可愛いよね〜」

「そっすね。あっちこっち見ながらくるくる回ってて、めちゃくちゃ可愛いっす」

「癒されるわねぇ。あの不思議な光景も含めて、楽しげな空間ねぇ」

「だよな?普通に作るのが好きっぽいよな?」

「だね〜。嫌がってる感じじゃなくて安心したよ〜」


「料理ってああやって作るっけ?俺の目がおかしいのか?」

「あたし料理しないから分かんな〜い」

「お母さん思い出してみなよ?少なくとも私のお母さんの周りに人参は浮いてなかったよ」

「うん。僕の母さんはまな板と包丁を使って料理をしていたね」

「そっか!そうだよね!見てて楽しいからこっちの方がいいね!」

「まぁな!何が出てくるのか楽しみだよな!?人参か!?」

「ふふ…人参は…っ…出てくると思うよ?ふふ」

「うん。間違いないね。くくっ…」



 きんぴらはレンコンと人参で、漬物は白菜ときゅうりで、スパニッシュオムレツはカラフルに。


(お?そろそろお味噌を入れましょう……うん。あとは煮るだけ〜。うどんは直前に茹でまして…あとは…さっぱり系がない?お肉足りないかな?)


 バンバンジーという名のささみサラダ用に玉ねぎドレッシングを追加だ。

 肉はシンプルに焼き鳥を追加しましょう。


 宙に現れるは玉ねぎとフラムバード肉、そして木だ。

 すりおろし、一口大に、細長い木の棒を大量に…

 ポワ、お砂糖、塩、油、すりおろしりんご・レモン果汁を少々、他…高速回転だ!

 串に肉をスッスッスッと差しまして、横に並べて焼きましょう。

 甘辛い焼き鳥タレも製作中だ。


(ちょっと待てよ…うどんは1人1鍋の方が楽しくない?嬉しくない?お?卵も入れようか!…でも土鍋がない……作るか………あら?お花柄になってしまった)


 焼き鳥くるくる。する意味ないけどついね?ふふ。

 サラダは木製の器に綺麗に盛り付け9つ分。

 うどんを茹でて、ドレッシング2種は各種2個ずつガラスの容器に。

 このドレッシング用の容器はディスペンサーの形だ。

 ほら、100円ショプでよく見かけるあれだね。

 マヨネーズだけはガラスではなく、透明で柔らかい素材。


(生成魔法便利!)


 スパニッシュオムレツはピザカットで一皿に。

 きんぴら、漬物は大きめの器にドンっといきましょう。

 勝手に取って食ってくれ。


(おっと?ミニトングを用意しておこうか。生成魔法便利!…あ!ネギを切らねば!)


 土鍋にうどん、ネギを加えた猪味噌煮込み、最後にパカっと卵を落とし蓋をする。

 このまま少々お待ちください。


 焼き鳥はタレと塩胡椒、2種の味付けをし完成だ。

 スパニッシュオムレツは収納へ。

 卵かぶりになってしまった為、今回はいらないと判断した。


(ちょ!どこで食べるの!?…あ、このテーブルをもうひとつ出せばいいか…椅子は…切り株でいける?…低すぎるな……作るか)


 2つのテーブルにお料理や鍋敷きをセッティングしたいが…席を決めてからの方がよさそうだ。

 椅子も9脚生成したはいいが、どこに置けばいいのか分からない為その場にまとめて置いておく。


「皆さ〜ん。そろそろ完成しますのでこちらにお越しくださいませ〜」


 さして遠くにいるわけでもないのに何故か手を振ってしまう不思議。


「可愛いわね」

「そうだね〜。にこにこしてるよ」

「花飛んでるっすね」

「黒いローブ着てねぇから余計にそう見えるのかもな」

「あら?それもそうねぇ。白いシャツが明るさを加えているように見えるわねぇ」

「関係ないっすね」

「きゃはははは!あんたはね?っていうかお腹すいた〜」

「そうだな。さっさと行こうぜ?お前らも行くぞ」

「「「「はい!」」」」


 元気な四重奏が森に木霊し、思わず笑みが増した。

 そして、既に賑やかな食卓になりそうだと心が弾むのは仕方がないことなのです。

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