39.解体講座のち面白劇場
「ど、どうしますか?」
悲壮感を背負いながら問うてきたのはハルト君だが、声を発していない他の3名からも同様の疑問が届く。
「すみません。失言でした。皆さんが喜ぶ姿を見て既に満たされたという意味で、解体を見たくないわけではないのですよ」
「そうですか!」
にぱっと太陽のような笑顔が現れたと同時に皆がほっと息を吐いた。
(可愛いなぁ)
「なので、解体の続きをお願い致します」
「「はい!」」
ターセル君とコリンちゃんに改めてお願いし、クリムボアの元へと向かった。
出しっぱなしだった他の3体をしまうのも忘れずにね。
突如消えた猪たちに驚かないのは、私の周囲で起こる不思議現象に慣れてきたからだろう。
「えっと、レイさんは既に水辺でやる理由がないので最初に言ったことは忘れてください」
ターセル君のそばに立ちクリムボアを眺めていると、柔らかい笑みを向けられた。
(律儀だ。きちんと訂正を入れるとはね…誠実というのかな?)
「はい。分かりました」
「四肢を使って歩く魔物は始めに顔とお尻の方を削ぎ落としますが、今回はお尻の方だけですね」
「ふむふむ」
「その後はお腹の方に1本の線を入れるように切っていくのですが、このとき肉を傷つけないよう注意する必要があります」
「うんうん」
どうやらターセル君が説明し、コリンちゃんが解体するというやり方に変えたようだ。
分かりやすく伝えようと考えくれた彼らはやはり誠実な人達だと思う。
今や自分は肉と皮の間を魔法で切り、中身をスポンと取り出せるまでになっている。
それが普通のやり方なのか知らない。何せ全て独学なのだから。
だから、普通のやり方を見てみたかった。
差異を知りたいが為なので工程を見るだけのつもりだったのだ。
それがまさか、ひとつひとつ丁寧な解説付きで教えてもらえるとは…
(ちゃんと聞かねば失礼だね)
「ただ、そこを気にしすぎると今度は皮の方が……」
そうしてしばらく、ターセル先生とコリン先生による解体講座が続いた。
─────
───
──
「最後にここを切って終わりです」
「終わりです!」
「丁寧な説明と素晴らしいナイフ捌きでした。お2人の連携により、とても分かりやすかったです。ありがとうございました」
「へへへ」
「ふふ、照れるね!」
(本当に分かりやすかったです!あと、照れる姿が可愛いかよ!)
「コリン!浄化かけていい?」
「お?さっそくだね!お願い!」
タタタタと楽しそうに駆け寄ったリサちゃんは、どこかわくわくしているようにも見える。
新しく覚えたことをさっそく使いたいのだろう。
それが更に仲間の為にもなるとなれば余計に嬉しいのかもしれない。
「……清らかなる水よ、全てを流せ」
「…わぁ…リサありがとう!なんか前よりあったかかったよ!?」
「ほんと!?そういう違いも出るんだね!」
リサちゃんが新たな発見に喜んでいる。
純粋に魔法が好きなのかな?
コリンちゃんはその姿をにこにこと見つめており、彼女は彼女で仲間が喜ぶ姿を見れて嬉しそうだ。
要は癒される光景だと言いたいのだよ。
「俺はすぐ汚れるからそんときは頼むな?」
「うん。知ってる」
「ははははは!だよな?」
ハルト君はやはりかっこいいリーダーだ。
ちゃんと3人全員をその瞳に映すことを忘れない。
ただ、もう少し自分に目を向けてもいいと思う。
(まぁ、頑張れ!)
「午後の風の皆さん、解体を見せてくださってありがとうございました。分かりやすく伝えようと考えてくれたことが嬉しかったです。素晴らしい先生方に出逢えました。ふふふ」
「だってよ!?よかったな!?先生!ははははは!」
「あたしレイさんの先生になれたの!?めっちゃ嬉しいね!?」
「うん。自慢できるね」
「だよね?よかったね?」
(あらまぁ、そんなことで喜んじゃうの?普通に嬉しいんだが?え?可愛いくない?この子たち)
「さて、少し休憩を挟んでから帰りますか?お昼にはまだ早いですよね?」
空を仰ぎ見ると太陽はまだ真上に昇っていない。
昼食には少し早い気もするが、若者は腹ペコかな?
「俺たちはどっちでもいいです!な?」
「うん!あたしは特に疲れたりはしてないね!」
「そうですか…皆さんは……あら?」
「何か話合ってますね?俺たちには言えないことかな?」
「帰り道のことかもしれないよ?」
「うん。そうかもね」
「私たちは口を挟まない方がいいかもしれないね?」
「では、少し待ちましょうか」
顔を向けた先では
「リーダー。レイさんが作った昼飯食いたいっす」
「いやお前、それは頼みすぎじゃねぇか?熊倒して、浄化のこと教えてもらって…あれ?」
「あたいたち邪魔しかしてないね〜」
「やばくねぇか?なんか礼しねぇとな」
「そうよねぇ?何がお礼になるのかしら?」
「金はいらねぇよな?ポーションや魔草花で稼いでるだろうし」
「だね〜。カツサンドのときですら受け取るの躊躇ってたし〜?」
「となると…魔物は…いらんな。熊瞬殺できるぐらいだしな」
「自分で狩れそうだものねぇ?」
「もう本人に聞いた方がよくないっすか?いらないもん渡されても受け取りそうっすよ?」
「それもそうだな。聞いてみるか」
(聞こえてました)
とは言わず、真剣な表情でこちらに歩み寄ってきた4人と向き合う。
「レイさん、熊や浄化の件の対価を渡したいんだが、何か欲しい物はないか?ちなみに魔物はいるか?」
「魔物はいらないですねぇ」
「そうか…だと思ったぜ」
「欲しい物ですかぁ…」
魔物は収納に文字通り山のように入っているので必要ない。
素材として欲しいものは世界を巡りがてら自分で手に入れるつもりだ。
他に欲しい物となると…
「あぁ、珍しい食材や調味料の情報が欲しいですねぇ」
「え?…なるほどな。物じゃなくて情報か。レイさんらしいと思っちまうな」
「だね〜?誰か情報持ってる〜?っていうかカレンかな?」
「そうねぇ…普段お料理をしないからパッと思い浮かばないわねぇ?」
「今でなくてもかまいませんよ?思い出したときにでも教えてくださればと思います」
「そうか…すまんな。助かるぜ。次に会ったときに渡せるようにはするつもりだ」
「はい。噂話程度でもかまいませんのでよろしくお願い致します」
「ああ、分かった」
(やったね!きっと他の街にも行っているだろうし、色々と目にしてきただろう。楽しみだ…ん?)
また、
「なぁ、街中の冒険者から情報を集めるのに加えて、外に出たときも情報を集めるっつぅのを対価に飯くれねぇかな?」
「それいいかもね?聞いてみてよ」
「そっすね。オレも賛成っす」
短い話し合いを終えた彼らが神妙な面持ちで顔を上げた。
その顔をこちらに向けたのはディグルさんのみで、他の3人は彼に鋭い眼差しを突き刺している。
「レイさん…」
「はい。なんでしょうか?」
「…できたらでいいんだが…」
「はぁ!?できたらってなんすか!?」
「そうだそうだ!もっと本気で頼んでよ!」
「そうよ。誠意が足りないわ」
「カレンお前もかよ!?」
(え?コント始まった?)
急に横から割り込んできたかと思えば、すぐさまリーダーに詰め寄り言葉を投げつける3人からは焦りと怒りが伝わってくる。
「ハルト、あれ無しにしてもらったら?」
「え?」
「ほら、解体を見せる対価にってやつ。私たちが渡せる物ってねぇ?」
「そうだな!レイさんそれでもいいですか!?」
「あと、僕たちも食材とかの情報集めます」
「そうだね!作らないから詳しくはないけど、あたしたち聞くことなら得意です!」
(この子たちは何故あれを気にする素振りも見せないのかな?)
「それはそれは助かりますねぇ。皆さんは多くの知り合いがいるようですしねぇ。もちろんそれでかまいません」
「ありがとうございます!」
「頑張って聞こうね!?」
「「うん!」」
「ふふふ、対価を2つも貰えるとはお得ですねぇ」
いらないと振り払ってしまえば彼らは今後こちらに気を遣ってしまうだろう。
それに、彼らにとって価値のあることを知れたから、対価を払いたいのだ。
そんなことに…なんて言ってしまえば、それは彼らを無碍に扱うということ。
(それは言ってはいけない言葉だね。うんうん。つい言ってしまわないよう気をつけないと)
「レイさん…」
神妙な面持ちの4名の顔は先も見た記憶がある。
立ち位置も同じだ。
(あれ?時を戻す魔法ってあったけ?)
「はい。なんでしょうか?」
「食材や調味料に関する情報をかき集めることを対価に昼飯を用意してくれないだろうか?」
「いいですよ」
「…え?いいの?」
「はい。かまいませんよ」
あまりにも重い空気を背負うから、笑いを堪えるのが大変だった。
「え?まじ?」
「やったあぁぁ!レイさんあざっす!!」
「レイさんありがと〜!楽しみだなぁ!」
「いつも無理を言ってごめんなさいねぇ?」
全てを押し付け背負わせた相手を放置し喜ぶ彼らは、リーダーという肩書きをいいように利用していそうだ。
だけど、まぁ…わだかまりなど一切見られないということはそれが彼らの在り方なのだろう。
「ふふ、自分が作った物を食べたいとおっしゃってくれるだけで嬉しいですもの」
「あら?そうなのね?」
「はい。なのでそこはお気になさらず」
「ふふ、ありがとう。楽しみだわぁ」
(カレンさんと話してると時間の流れが穏やかになるから不思議よねぇ)
「あぁ、ひとつだけ条件がありました」
「なんだ?聞かせてくれ」
「ツッコミは捨ててください。おそらくそれに全て受け答えしていては明日になっても完成しません」
「そうか…主に俺だな?頑張るわ」
「ふふ。ええ、頑張ってください」
(お口チャックだね!頑張れー)
「午後の風の皆には遠慮を捨ててもらいましたから、随分と賑やかな食事会になりそうですねぇ」
「え!?でも…」
「ふふふ、遠慮を拾ってきてもいいですよ?」
「ははははは!あたしどこに捨てたっけ!?ハルト代わりに探して来て!」
「は?いつの間に捨てたんだよ!?あれはリサとターセルが…」
「え?捨てたから猪が出てきても黙ってたんじゃないの?あたしはそのとき捨てたね!」
「………」
「私たちは確実に捨てたもんね?」
「うん。捨てた場所わかんないから拾うのは諦めた方が良さそうだ」
いつも元気なハルト君が眉を下げ戸惑っている。
(ハルト君が押し負けるとは珍しい?いや、まだそれほど彼らと交流がないから知らないだけかな?)
「ぷふ、ハルト諦めな〜」
「そっすね。旨い飯食えるんだからよくないっすか?あ!ハルトの分はオレがもらうっす」
「食わないって言ってる奴の分作らんだろ」
「え?…それもそうっすね。ハルト一旦食うと言え。その後、遠慮を拾ってくるっす」
「きゃはははは!ハルトかわいそすぎるでしょ〜」
(ハルト君頑張れ〜)
と言いたいところだが…このままでは確かに可哀想だ。
「ふふふ。では、ハルト君。何人分作ればよろしいでしょうか?」
「えっと…9人分です!俺も食べます!遠慮は風に飛ばされました!!」
「はい。かしこまりました」
「くくっ、ヴィンス残念だったな?諦めろ」
「はぁ?…チッ、仕方ないっすね。リーダーのもらうっす」
「なんでだよ!?俺は普通に食うわ!」
「俺の遠慮あげるんでその辺で草でも食ってればいいんすよ」
「お前、鼻から遠慮なんて持ってねぇだろ?」
「きゃはははは!リーダーは草でも食ってろ!」
「エマ!お前も俺を裏切るつもりか!?」
「せめてお花を添えてもらいましょう?お花も食べられるようだし?」
「いいねいいね!彩り大事だもんね!」
「くっそ!ざけんな!花で腹は膨れねぇ!レイさんと一緒にすんな!」
「はぁ!?なに一緒になった気でいるんすか!?」
「そうね。あなたには花すらもったいないわ。草でも食べてなさい」
「きゃはははは!結局草かよ〜!」
「泣くわ…」
また始まったコントを尻目に空を仰ぎ、本日の昼食に思いを馳せた。
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