33.白に添えるは桜色

 桜の丘を後にし、1本目の道に戻ってきた。


(水辺が欲しい)


 泳ぐのが好きな子や落ち着いた空間を好む子もいるのだ。


(魔草花畑も道で分断しようかな…)


 今はT字路になっているこの場を十字路にし、桜の丘の反対側に水辺を作る。


(いいね)


 さっそく更地作り開始だ!

 農園を作ったときと同様に森へと足を踏み入れた。

 植物を掘り起こし、邪魔する魔物を斬り捨て、蹴散らし、ぶん殴る。

 今日は剣を使用する日…のはずだった…

 最後は土で軽く整え更地の完成!


 そして更地を木で囲う。

 こちらの木々は少し内側に傾くようにした。

 この地を皆で見下ろしているように。

 陽は充分に射すが、桜の丘よりは影が多く、静かな雰囲気を出せるのではなかろうか…


 石を切り出し、道を作り、こちらにも木のトンネルを。

 抜けた先には池…いや、湖と呼びたい。


(池と湖の違いはなんだろうか?)


 土をくり抜き圧をかけ固める。

 パテルさんが佇む湖よりはかなり小さいが、それでも学校のグラウンドよりは大きいだろう。

 そこに水を出し浄化をかけ、周囲には緑と落ち着いた色をもつお花を少し。


 陽を受け煌めくのは湖面が揺れ動いているから。

 小さな風を吹かせる子。

 優雅に泳ぎ回る子。

 バシャバシャと水を叩く子。

 少し大きな葉っぱの下で内緒話をしている子たち。


 既にたくさんの彩りが添えられている。


(どうしよう…パテルさんに見てほしいな…また行っちゃう?うざいかな?…あれ?仕事中?……行ってみるか!)


 悩みながらも既に身体は宙に浮かんでいるからつい自分で笑ってしまった。

 まだ夕焼けは顔を出していない。

 青空が広がるうちに見てほしいと、風を吹かせ、音を置き去りにしながら駆け抜けた。




***




 空を駆け辿り着いた先には湖のそばでこちらを見上げる精霊が居た。

 相変わらずの無表情なのに喜んでいるように感じるのは自分がそう思いたいだけかな?


(あれ?時が戻った?)


「パテルさ〜ん!」

「ふっ…また来たか」

「あ、セリフが少し違う。ふふっ」


 手を振りながら声をかけ、静かにこの地に降り立つのも本日2度目。


「今日はお見せしたいものがあるのです!」


 タタタタと駆け寄る私はきっとにこにこしていることだろう。

 早く早く伝えたいことがあるのだ。


「ふっ、そうか」

「あ!パテルさん今お時間はありますか?なければ別の日でも…」

「ちょうど暇をしておったところだ」

「それはよかったです。パテルさんはこの場を離れられますか?」

「無論だ」

「やった!」


 1番心配していたのがそれだ。

 時間は後からでもとれるが、この場を離れられないとなるともうどうしようもない。

 その心配が払われ安堵の息をつく。


「では、2人で初めての空の旅へ」

「ああ、それだけで楽しそうだ」

「ふふ」


 私がふわりと宙に浮けば同じように浮かび上がった。

 わずかに衣が揺れただけなのに、それだけで美しさが変わるからすごいよね。


 並んで空を飛んでいるだけで心が躍る。

 ちらりと視線を横に動かすのはもう何度目か…

 そしてその後は必ず口元が緩むのだ。


 青色を頭上にしながら流れる白と黒。

 傍から見られないのが残念で仕方がない。

 己の姿が瞳に映らないことに肩を落とすのは初めてだ。


 いつもよりゆっくりと空を飛んでいるのはバレないからいいよね?




***




「少し見えてしまっていますが、まずはあそこに降りましょう」

「うむ」


 そうして自分が指差した十字路に2人並んで降り立った。


「ほぉ、角度が違うだけで随分と様変わりするなぁ」

「そうですよね?あの子たちのかくれんぼは下からでないと見られないです。ふふ」

「ふっ、皆楽しそうにしておるわ」

「私にもそう見えます」


 広がる光景を眺めながらゆっくりと歩みを進める。


「こっちは何もせんのか?」


 パテルさんが顔を向けたのは向かって左側。


「こちらは世界を巡るうちに新たに見つけた花々を植えようと思っているのですよ」

「なるほどなぁ…知らんのでは生み出せ……ん?…」


 パテルさんが足を動かしながら目を閉じ顎に手を添えて何やら考え始めた。

 言いたいことは既に分かるが…


(植物成長促進魔法は“植成”…じゃぁ、生み出すのは?植物生成魔法?略して“植生”?…同じじゃねぇか!いや、そもそも魔法名は自分が勝手に決めたやつだ…)


 なんてどうでもいいことを考えながらパテルさんの言葉を待つ。


「…そうか……生み出せることを知らぬかったのだな?」

「ふふ、ええ。なんでこいつ苗買ってきてんだ?って思ってました?」

「くくっ…ああ、思うたが、レイのことだ。何か理由があるのかと考えたが…そうか…知らんかったとはな…くくっ」

「ふふふ。仕方がないことなのです」


(1行しか書いてないからね?魔法の使用方法については…ふふ)


「無から有を生み出せるということに思考が向かないのですよ」

「…ふむ…あちらには魔法がないのだったか…」


(お?それもご存じで?)


「ええ。何も無いところから生み出されたら何か仕掛けがあると考えるのが向こうの常識ですね。娯楽の一種です」

「なるほどな…己に危険がないと知っていれば、不思議な事象も利用し娯楽にするのが人間か…」

「そうですねぇ」


(不思議な事象も利用し娯楽…ふふ…私も不思議な己を利用して娯楽にしようっと!)


「…ほんに苦労するな」

「まぁ、後から少しずつ知るのも楽しいですよ?先に全てを知ってしまえば、つまらぬ人生になりますからね」

「そうか…なるほどなぁ…」

「知るは楽しい…それが私です。生涯楽しんで生きていける性質です」

「…確かにな。レイが我に何か問うときは楽しそうにしておるわ」

「ふふ、そうなのですか?自分からは見えませんが…まぁ…納得はできますねぇ」


(パテルさんの瞳にはどんな風に映っているのかなぁ)


「そうは言ってもあれだぞ?レイは師匠にもっと怒うてもいいと思うぞ?」

「ふふ…文字だけで幼子と分かる子を怒れませんねぇ」

「…そういえば大きな子供だったか…くくっ…」

「ええ。フェリさんには同意しかありませんねぇ」

「そうか…まさかこんな形でフェリの苦労を知るとはな…」


(それな)


 そんな風に雑談をしながら足を進めていると木のトンネルが近づいてきた。


「ここを通るだけでも素敵なのですよ!」

「ふむ。既に緑が香るな」


 石畳が終わりを迎え今度は土を踏み締めた。


「ほぉ…これも素晴らしいな…」


 パテルさんがキョロっと首を横に振ったあと天を仰ぎ感嘆の声を漏らした。


 道を挟み向かい合う2本が内側に伸ばした枝でアーチを描けるよう木を生成した。

 それらを道の両脇に並べ緑のトンネルを作り上げている。


 充分な間隔をとり、柔らかな陽が差し込むよう考えた。

 木漏れ日が降り注ぎトンネル内を淡く照らす。


 歩みを邪魔するものはないと知っているので目を閉じ緑を感じながら足を進める。


「あまり手を加えるのは可哀想ですが、これくらいならば大丈夫かなと思いまして…」

「ふっ、気にするとこはそこか…我には自然体に見えるぞ?」

「そうですか…パテルさんがおっしゃるのなら間違いないですね。安心しました」


 アーチ状になるよう生成した木ではあるものの心配は残っていたのだ。

 緑と共に生きる上位精霊がそう言うのであればと肩の力が抜けた。


「精霊らがほんに楽しそうにしておるわ」

「ふふ…見慣れぬ遊具に出会った子供がたくさんおりますねぇ。とてもかわいらしいです」

「くくく、正しくな」


 競うように地を宙を駆け抜けては戻りはしゃいでいる子たちがたくさんいる。

 自然にできるものではないので珍しいのだろう。


(喜んでもらえてよかったなぁ…あ…)


「あの…今更なのですが、この島にこれほど手を加えてしまって大丈夫でしたか?」

「くくく…ほんに今更だな?…いくつの更地を作ったのだ?」

「…2…いえ…3個でしょうか」

「それを更に広げおってからに…くくっ…誰も気にせん。好きにしろ」

「…そうですか…いやぁ、よかったよかった…」


(本当に今更だよね?ごめんなさい)


 おそらくパテルさんは私が大地を汚し傷める行為はしないと踏んで、先の言葉をかけてくれたのだろう。

 信頼を裏切らぬよう気をつけねば。


 もうそろそろ緑のトンネルが終わる。

 ほんのりと香る花の匂いを感じながら歩みを進めた先には…


「ほぉ…見事だ……」

「ええ」


 艶の乗った声を漏らし見上げるパテルさんは嘘偽りなくあの花を称えてくれた。


(それだけで嬉しいなぁ)


 自分が美しいと思うものを、自分が大切にしたいと思うものを褒めてもらえたことに喜びが湧き、心が暖まった。


「この花の名はなんと言う?」

「桜…です。故郷の国花…国の花ですね」

「さくら…これを国の花に定めるとは見る目がある国だのぉ」

「ふふ…パテルさんからその言葉をもらえた母国は今まさに世界最高峰の国となりましたねぇ」

「だろ?くくっ」

「ええ。大変名誉などと軽い言葉では言い表せません」

「そうか…」


(本当だよ?最高峰とか名誉とかそんなレベルじゃないよねぇ…後で他の言葉を考えてみようかな)


「まだ私もこの丘を登っていないのですよ」

「何故登らぬかったのだ?」

「嬉しい言葉をもらい喜びを噛み締めているうちに、他にやりたいことが思い浮かんでしまいましてねぇ」

「くくく…先は納得できるが…後半がなぁ…レイらしいわ」


(謎の誓い放ってたしね…いや、ほんと。今気がついたよ。丘を登っていないことに…アホだな)


「ふふ…そんな可哀想な私のために一緒に登りませんか?くくっ…」

「くくくっ…そうか…可哀想なのか…っ…では、登ってやるか」

「ふふ、ありがとうございます」


 そう言いながらも楽しそうに足を踏み出すから、また口元が緩んでしまう。


 緩やかな曲線を描く茶色い道を2人並んでゆっくりと歩く。

 舞う花びらや元気に飛び回る子を瞳に映しゆっくりと…


「ここを歩くだけでも洗われるな」

「ええ。ですよね?動くことで変わる景色があるのだと実感しますねぇ」

「そうだな…1歩進むごとに色が変わるのぉ」


 似たような道だとて違いはあるのだと、ここを歩いて気がついた。

 わずかにずれるだけで見える景色が違う。

 この先もずっとそう思えるといいなぁと、なんとなく思った。


「ほぉ…下から見るも善いな」

「ええ、本当に…」


 長い言葉を紡げぬ程に圧倒された。

 折り重なりさわめく花びらの数々を真下から眺める。


 悠然と佇むこの桜の美しさをまたひとつ知れた。


 舞う花びらは陽を受け、透けているようにも見える。

 それほどに繊細な花なのに大きいと感じるから不思議だ。


 優しく美しく清廉な存在。

 圧倒的なはずなのに恐怖も恐れも無く、反対にそれを払う存在。

 それが見上げた先の他に隣にも1輪。


 風が吹き、また多くの花びらが舞い踊った。


「これはまた…言葉が出ぬなぁ」


 首を動かし宙に舞い出た者たちを眺め、またパテルさんが感嘆の声を漏らした。


(気持ちは分かる)


 この光景を現す言葉も、この感情を現す言葉も思い浮かばない。

 けれど、ひとつ言えるとしたら…


「パテルさんと見れて良かったです」

「…そうか……我も今そう思うとったところだ」


 斜め上を見ていたはずが、急にふいと真横に変えたのはそちらに舞う花びらを見たいからじゃないと知っている。

 一瞬見えたのは白にわずかに桜色を添えた姿。


 風に揺れる髪も衣も、風に撫でられる肌も真っ白なのに、煌めく金色の他にも色が見えたのが不思議だなぁ…ふふ。




***




 桜の丘を下り、2度木のトンネルを通ると、今度は澄み切った空気と共に煌めく湖。


「ほぉ…こちらはまた違う空間だのぉ」

「ええ。あちらが華。こちらは水。空間そのものが…というかなんというか…」

「分かるぞ?意味はな……確かにこの場がな…ふむ…」


 華と水、動と静、明と暗、暖と寒。

 言葉では上手く伝えられないが…悪い意味は欠片もなく、どちらも心洗われるのは同じだ。


 影を落とす木の根元だって陰湿さはなく、澄み切った空気が漂っている。

 ちらちらと煌めく湖面は賑やかに感じるのに何故か身も心も落ち着く。


「我ながらいい空間を作れたと思っています」


(あれ?瓶のときも同じことを言ったな?己を褒めすぎ?)


「ほんにな…まさか景色や空間まで作れるとはなぁ…人か?」

「ふふっ…え?パテルさんに問われると疑問が湧いてしまうのですが…おそらく人です。くくっ…」

「だよな?くくくっ…」


 嫌味でもなんでもなく、人だと確信つつも本当に疑問に思ったのだろう。


(え?言ってることおかしい?でもそういうことだよね?ん?)


「むしろ作れんものを探してくれ。気になる」

「ははは!なるほどね…そっちですか…ふふふ」

「そっちを数えた方が楽かもしれんぞ?」

「ふふっ…では、これから数えてみましょうか」

「ああ、ひとつ見つけ次第教えろ」

「…ふふ…分かりました。いやぁ、楽しみですねぇ…どれほどの間隔で見つかるのか…」

「だな?それも想像できんなぁ…」


 揺れる湖面を並んで眺めながら、またそうして話に花を咲かせた。

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