32.舞うは精神美

 楽しい癒しの時間を終え、家に戻ってきたのは陽がわずかに西に傾いた頃。

 そして今は家の上空から眼下を眺めている。

 ついに農園を作るときがきた!


 だが、どこに何を植えようか決めていない。

 家の玄関をくぐり抜けると庭があり、その先にはまっすぐに敷かれた石畳の道。


 この世に落ちた初期の頃に生まれたでこぼこ道を整え、石を切り出し並べた過去がある。

 道の先は手付かずでプチクレーターが残ったままだ。

 底に水が溜まっているのは雨のせい。

 時々、水魔法をぶっ放すのが原因ではないだろう。


 作りたいのは、果樹園、野菜畑、魔草花畑、花畑、その他の5つ。

 その他は調味料に使用する実が成る木や、コーヒーなどを植えるエリアだ。


 家───庭───道(左側・花畑、右側・魔草花畑)───農園(野菜畑・果樹園・その他)


(うん。いいんじゃないかな?)


 では早速と、地に降り立ち、道の脇に広がる森へ足を踏み入れた。

 まずは木を掘り起こし、植物を掘り起こし(これも植える予定)、邪魔する魔物を斬り捨てる。

 今日は剣を使用する日に決めた!

 最後は土で軽く整え更地の完成だ。


 次に向かうのは農園を作るエリアで、こちらも土地を広げた。

 そしてまた宙へと浮かび上がり、眼下に広がる光景を眺めながら思考を巡らせる。


 野菜畑  果

      樹

 その他  園


(うん。いいね)


 植える場所が決まり下に降りようとしたところで動きを止めた。

 わざわざ土を掘りひとつひとつ植える必要はない。

 プチクレーターを埋めた意味がなくなるがこちらの方が簡単だ。


 まずは土をごっそりと浮かべ収納にしまう。

 そしてそこに植物の苗や、掘り起こした木を宙に浮かせた状態で並べる。

 最後に土をかけ根元に少し圧をかければ…ほらね?もう苗と木の植え替え作業は終了だ。


(天才か!?)


 魔草花や花畑、野菜畑の未完成部分も同じように作ったが、種植えが難しかった。

 種ひとつひとつを魔力で覆い、小さな小さなものを動かし大量に並べる必要があり、主に集中力を保つのに苦労したのだ。

 その後は浄化をかけた水で雨を降らせた。

 見ただけでは土に潤いがあるか判断がつかなかったからだ。


 続いて行うのは浄化を纏わせた結界の設置だ。

 家の周囲には師匠が張った結界があるが、それより広く張る分には問題ないだろう。

 農園や畑の他に家も収まるよう、道の真ん中を中心に球状に結界を張った。

 

(思ったより広めに結界を張ってしまったな)


 今後、畑や農園が広がること可能性は高いと判断した結果だ。

 広げてから結界を張り直せばいいと気がついたのは今。


 そんなこんなで最後の仕上げだ。

 未だ上空に浮いたまま植物成長促進魔法を発動する。


(元気になれー!綺麗に美しく世を彩っておくれ!)


 魔力を放った途端にぶわりと暖かいものが降り注いだのが分かった。

 そして…


(うん。なんとなくこうなるって思ってた)


 眼下に広がるは色とりどりの植物たち。

 そしてそれらに集まるたくさんの精霊たち。

 残る水滴が陽を受けちらちらと煌めく。

 美しく鮮やかで楽しい光景だ。


 そっと道の中央に降り立った。

 たわわに実る果実や野菜を抱きしめる子。

 つやつやの葉っぱでかくれんぼをする子。

 枝に並び何やら楽しい旋律を可愛らしい声で奏でる子たち。

 宙を飛び回る子。地を駆ける子。


 揺れる果実、風に吹かれ揃って揺らぐ花々。


 見ているだけで心が躍る。


(さて、こっちはどうしようかな)


 左に身体を向け考える。

 実は道がもうひとつ。

 家から農園へと向かい歩くと中央を少し通り過ぎたところで横道が現れる。

 垂直に伸びる道も1本目と同日にできたもので、こちらも石畳が敷かれた先はプチクレーター。

 これのせいで花畑が分断されているのだが、これ幸いとそれを利用している。

 花畑の農園側は彩りで埋め尽くされているが、家側は土が剥き出しで何も植えられていない。

 こちらは世界を巡り新たに知った花々用だ。

 魔法草畑は分断する道がないが、同じだけ広さをとってある。


 花々や精霊たちを見ながら、2本目の道をゆっくりと歩き進む。


(あの花をもう一度見たい…)


 無から有を生み出すことは可能だ。

 水も土も出せるのだから。

 それならば他にも生み出せるのではないだろうか…

 道の端に辿りつき足を止め、眼前に広がる光景を眺めることなく目を閉じた。


(あの花を…大地に根付く茶色…力強く支える幹……横へ上へ広がる枝……優しくも美しい花……強く儚い花びら…薄く柔らかい花弁…白…ピンク……少しの赤……そしてピンク…………全てを包み…笑顔の花を咲かせるあの花を今ここに)


 己からたくさんの暖かな魔力が世に放たれるのを感じながら顔を上げた。

 目を閉じていても分かる…そこにあると。

 風が運ぶほのかな香りを知っている。


 ゆっくりと瞼を持ち上げるとそこには確かに存在していた。

 強く儚く、優しく美しい。

 清廉された空気を纏いながらも威厳を保ち、それでいて全てを包み込むように柔らかい。

 風に吹かれ舞う花びら…揺れる枝に従う花弁…

 ひらひら…ゆらゆら…ふわりふわり…


 頬を静かに伝う雫の意味は…


(帰りたい…)


 見たかったのはこれではないと気づいてしまった。

 大切な人と見たあの花でなければ意味がない。

 笑顔の花を咲かせたあの花だから見たかった。

 香る匂いも、舞う花びらも、綺麗な色も…ここには無い。


 顔を両手で覆いうずくまった。

 汚れを気にすることもなく、地に膝をつき身を縮める。

 両手はすぐさま水で溢れ、大地に雨を降らせ続けた…


─────


───


──


(あー、泣いた泣いた)


 己に浄化をかけながら立ち上がり見上げた先には未だ宙に浮いたままの大樹。


(でかすぎな?)


 木の詳細を思い浮かべ、なされるままに魔力を放ったものだから森から頭がはみ出してしまっている。

 大きさを考えなかった結果だ。

 以前にも似たようなことがあったような…何かを勢いよく放って道を…

 

(気のせい気のせい。さて…この花をどうするか…)


 悠然と佇み厳かな雰囲気すら纏う美しい花は宙に浮いたままでも神秘的で心惹かれるが、既に理想が頭に出来上がってしまっている。


(あれな?あれを作ろう)


 よく見かける…いや、見たことはないが何故か簡単に思い浮かぶ光景がある。

 緑の絨毯が敷かれた丘の上に咲く1本の桜。


(土は出せる…緑はどうしようか……いや、花が出せるなら可能か…)


 桜を今の位置より高く浮かび上がらせ、作業開始だ。

 まずはこの場所を木で囲う。

 おそらく家からでも桜が少し見えるが、ここへ足を運ばないと見えない景色にしたい。

 花畑を通り、木のトンネルを抜けた先に現れるは優しくも威厳のある大樹。


 桜を乗せた小山に緑の絨毯を敷き詰め、白、黄色、青の小花を散らす。

 緩く曲がりくねった道が1本、下から上へと続く。


(できた…)


 木のトンネルを抜けた先に立ち、自分が作った景色を眺める。

 澄み渡る青空を背に美しく咲き誇る桜。

 また、頬を優しく撫でる風を感じ口元が緩んだ。


『れい、このおはなきれいだね〜』


 ぽわぽわ元気な緑の綿毛くんだ。


「ええ、私の故郷のお花です」

『きれいだね〜。ぼくもこのおはなだいすき〜』

「ふふ、嬉しいですねぇ」

『だって、れいみたいなおはなだもん』

「え?」

『これなら、いつもれいといっしょってことでしょ〜?』

「………」


(何それ?この花が綺麗だから好きなんじゃないの?私に似ているから?私と一緒にいたいから…私のそばに居られることがそんなに嬉しいの?)


『れい、なかないで〜』

「これは嬉しくて流れるお水なので許してください」

『そっか〜、それじゃあ、いっぱいないてね〜?』

「ふふ、ええ」

『ぼくが、ふくから〜』

「私が風で乾かせばいいですね?」

『うん。それならたのしいね〜』

「そうですねぇ」

『うれしいとたのしいが、いっしょだよ〜?』

「それではこれは幸せの涙ですね」

『ほんとだね!?へへへ〜。ぼくあのおはな、ちかくでみてくる〜』

「はい。いってらっしゃい」


 ふわふわと飛んでいく綿毛の上に乗る葉っぱがぴこぴこ動いている。

 まるで感情を現しているかのように跳ねる様子にますます顔が緩む。


(やっぱり守りたい…)


 最近は考えがぐるぐると巡り、気持ちが落ちたり上がったりと忙しい。

 誓った決意をたがえるつもりは欠片もない。

 けれどそれでも懐かしみ憎み羨むことがある。


(いや、別にそれでよくね?)


「あー!もう!最近色々考えすぎ!感情が動きすぎ!もうめんどくさい!誓いは守る!だからあとは私の人生好き勝手に生きてやる!!!」


 結果、面倒になり、てきとうな決意を桜に放った。


「ふふ…え?雑すぎ…ふふっ」


 でもなんだかスッキリした。

 守りたいのは大地と精霊…そして優しく美しい白い花。

 あとは好きに生きてやる。


 もしまた心が揺れ動いたらここに来よう。

 その後は彼の後ろに隠れながらゆっくりと癒しの時間を取ればいい。


 己を通り抜けた風に乗り舞い躍る花びら…

 さわさわと揺れる桜色…

 空に地に花に彩りを添える可愛い子たち…


 この光景を一生忘れたくないから、心に焼きつけようと見つめ続けた。

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