31.最強の味方の住処は楽園
「あ!そういえばポーションの件でもうひとつお伝え…いえ、お見せしたい物があったのですよ!」
「ほぉ?」
「ふっふっふっ…これです!」
少しテーブルの上を整え取り出し並べるは、空の瓶がひとつと、色とりどりのポーションたち。
透明、赤、水色、緑、黄色、紫…陽を受け煌めく様は何度見ても美しい。
パテルさんがおもむろに手を伸ばし透明な瓶を手に取った。
「ほぉ…これは見事だな」
「ふふふ。こちらがフェリさんで、こちらが今居るこの場所です」
水色に浮かび上がる小鳥と、緑色に浮かび上がるこの空間をパテルさんの方へ向けながら説明をした。
「守り、癒し、安らぎを与える存在です。これを手に取る者へ癒しと安らぎを…ね?ピッタリじゃないですか!?」
「そうか…だからこの紋様をな…」
ポーションに向けていた視線を上げると喜びと慈しみを瞳に乗せ優しく微笑む白い花が咲いていた。
美しく凛とした強い花なのに、やはり優しさを纏う姿に思わず目が縫い止められる。
煌めく金色がいつもより見えにくいのは、わずかに目を細め目尻を下げているからだ。
(驚く顔は見れなかったけれど、充分だ。心がぽかぽかする)
「ポーションは希望…希望と共にあってほしいと思いました。ふふ、我ながらいい物を作れたと思っております」
「そうだな…これほど素晴らしい物は他にはないな…そうか…希望と癒し、そして安らぎ…レイの優しさも添えられておるな」
「………」
「それは想いを形にできる魔法の手だな」
パテルさんが視線を向けるのはテーブルの上に置かれた私の手。
傷ひとつない、綺麗でまっさらな白いもの。
この手には何も残らない。
努力も想いも傷も…荒れることがなく、まるで新品のようなこれ。
分かってる。それは喜ばしいことだと。
けれど、パテルさんの言葉に涙が込み上げてくるのは、苦痛と悲壮そして悔しさを心が持っているからだ。
見えぬ結晶に気づき、認めてくれる。
しかも届いたのは大切な人が紡ぐ言葉だ。
なんて嬉しいことなのだろう。
「ふふ、とてもとても嬉しいです。ありがとうございます」
「そうか…」
「パテルさんの言葉だから嬉しいのですよ?石ころが音を出したとて心に届きません」
「…そうか」
口元を手で覆いながらふいと顔を逸らす意味を既に知っている。
(そうか…瞳だけではなく行動にも感情は現れる…それもそうだよねぇ。ふふ)
ずっと見ていたい気持ちはあるが、あまり見つめると可哀想なのでクッキーを食べながら湖に顔を向けた。
けれど、またすぐに首を動かし視線を戻す。
「このポーションを受け取ってもらえませんか?使用することはないでしょうが、なんとなくパテルさんに持っていてほしいのです」
「いいのか?」
「はい!ぜひ!」
「そうか、ちょうど必要だったのでな」
(あ、またツンデレ……そうかそうか…必要だったのかぁ…心を暖める為だったら嬉しいなぁ)
「どうせならば何か素敵な箱でもご用意すればよかったですねぇ…せっかくの贈り物なのに…」
「いや、これはこのままが1番美しい。変な物で覆うな」
「ふふ、変な物ね…なるほど」
(そうかそうか…確かにね。陽を受ける様が1番綺麗だわぁ…え?自分で褒めすぎ?)
「そういえば贈り物で思い出したのですが、パテルさんは精霊王様が好む物をご存知ですか?」
「何故それを聞く」
「いえね?森でお会いした精霊の子が、精霊王様がいつも私を見ているとお話されていたので謝礼をと思いまして」
「謝礼?ずっと見られておるのにか?嫌がらんか?普通は」
眉間に皺を寄せ発した言葉は随分と人間寄りの考えに思える。
そういうことは気にしないと思っていたが、まだまだ彼を理解できていないようだ。
「ほら、私はこの世界の人間ではないので、何が大地や精霊に悪影響を与えるのか分からないのですよ」
「それもそうか?」
「もちろん自分のなかでこれをしてはいけないと思うことはありますが、それだってこの世の常識ではないでしょうから」
「まぁなぁ」
「私が大地や精霊にとって良くないことをすれば流石に精霊王様は止めてくださると思うのですよ」
「まぁ、教えることはするだろう」
「ですよね?それだけで充分助かる上に、私は好き勝手し放題ということです」
「くくっ、なるほどな。何も考えんでいいのか」
「はい。とても気楽ですよねぇ」
「だが、流石に人の善悪までは分からんぞ?先の言い方だと気にするは精霊と大地だけに聞こえるが?」
「それはもう常識があろうとなかろうと、人は簡単に毒にも薬にもなりますもの。全ての人にとっての薬は不可能ですからね」
「そうだな」
「私は大切なものにとっての薬となれるのであれば、世間にとっては毒であろうが喜んで撒き散らします」
「くくくっ、その考えには賛成だ」
「あら?まさか同意が得られるとは思いませんでした」
「我は人ではないからな。人の善悪など興味はない。レイが好きに生きる方が大切だ」
「えー?また泣いてしまいそうになりますねぇ」
「それは困るな」
眉を下げ本当に困った顔をするものだから涙が引っ込んだ。
「ふふ。パテルさんが同意してくださったので、益々世間がどうでもよくなってしまいました」
「ああ、それでいい。世間なぞ気にするな」
「そうですねぇ。好き勝手して怒られそうになったらパテルさんの背中に隠れます。ふふ」
「くくっ、まるで子供のようだな。まぁ、任せろ」
「ええ、よろしくお願い致します。私は庭を駆け回ってきます」
「庭な。くくっ、好きに遊んでこい」
「ふふふ、やったね!」
(随分と広い庭だからたくさん楽しめそうだ。いじめられても転んでもここに来ればいいよね?)
「そうそう。そういった訳で、もし精霊王様にお会いした際、すぐにお渡しできるよう準備しておきたいのですよ」
「そういえばそういう話だったな」
「ふふ、ええ。それで精霊王様は何を好むのでしょうか?」
「……菓子とカフェオレだな」
「あら?そうなのですね。精霊は嗜好が似るのですねぇ」
「そうだな」
(そっかそっか…まぁ、確かに小さな子たちも甘い物の方が好きかな?肉よりリンゴ、レモン水よりカフェオレだもんね)
「では、せめて素敵な包装にせねばなりませんねぇ」
「…どうだろうな…喜ぶかもしれぬな」
(ん?パテルさんが少し寂しそうだ)
視線を下げカフェオレを見つめる姿から、わずかに悲壮のような寂しさのようなものが伝わってきた。
精霊は何か贈り物をもらうことがほとんどないだろう。
もしかしてパテルさんも欲しいのかもしれない。
あまりそういった物を喜ばないタイプかと思っていたが、決めつけはよくないな。
「パテルさんは私が何か用意したら受け取ってくださいますか?」
「もちろんだ」
(あ、花が咲いた)
パッと視線を上げただけなのに何故か背後にぽわぽわのお花が見える。
「ふふ、では、今度何か贈らせてください。考えるだけでも楽しいですねぇ」
「そうか。我も楽しみだ」
笑っていないのにニコニコ笑顔に見えるという不思議。
やはり私の願望が強く出ているのかも知れない。
(ま、それでもいっか!嫌がってはいなさそうだしね)
「あ!そうだ!パテルさんは普段から植物成長促進魔法を使用しているのですか?」
「いや、この島に来たばかりの頃は使うておったが、それ以降は使うておらんな」
「それもそっか」
彼が植物を何かに使用するということはなさそうだ。
動物たちは勝手に育つ分だけで事足りるだろうし、わざわざ育てる理由がない。
「その魔法がどうした?」
「いえ、使い方が分からないのでパテルさんに聞こうと思いましてね?元気になれー!とかでいいですか?ぷふっ…」
「ああ、それでいい」
「え?」
(なんて?)
「成長を促す魔法だからな」
「そうか…それでいいのか…え?例えば茎から切り、再度その魔法を使用するとどうなりますか?」
「普通に生えるぞ?」
(マジっすか?)
「土の栄養と潤いがある限りな」
「それはそうですよね…では、大規模に使用してしまうと島が枯れてしまいそうですね」
「他の地ならばそうなることもあるだろうが、この島は余程のことがない限りそうはならん。強く濃い瘴気に耐えうる土地な上、多くの精霊が集うからな」
「なるほど」
純粋にこの島が強い。
だから瘴気に耐え、その後も豊かな土地に蘇った。
もちろんパテルさんの力が大きいのだろうけれど、そもそもの土台が強くなければそうはならなかったはずだ。
その上、精霊が実りと潤いを与え続けている。
だからこの島の植物は好き勝手に育ち力強い。
この島を私如きが枯らすなど不可能だろう。
「え?ということは…植物を育て放題ってことですよね!?え?すごくないですか!?レモン水飲み放題ですよ!?」
「くくっ、そうだな。くくっ」
パッと顔を上げながら言葉を発すると、パテルさんが口元に手を添えながら声を漏らし始めた。
だが、今はその楽しそうな顔を目に焼きつけられない!
(この島すごくない!?…パテルさんが居て、かわいらしい精霊がたくさん居て、実りは枯れることがなく、魔物が多いから訓練に事欠かない。家もある…本もある…海もある。空気は綺麗だ…騒音はない…邪魔する人もいない。自由に動き回れる!なんてこった……憎んでごめん!最高じゃないか!!!)
「え?え?やばいやばい!この島は楽園だった!?そゆこと!?ここが楽園か!?」
「くくくくっ、そうか…そう思うのか…いや、見れば分かる。溢れすぎだ。喜びを散らしすぎだ。くくっ…」
「そんな!世を震わす新事実が今正に生み出されたというのに!ええ…そうですね…そう…新発見だ!」
「震えてるのはお主だ。くくっ、まず落ち着け」
「そうですね…ええ。少し落ち着き…え?どうしましょう!?無理だ!!」
「くくく、そうか…顔を上げたり下げたりと忙しそうだな…っ…」
「そんなことより、落ち着くってなんですか!?どれ!?」
「知らん。くくく」
(…そうだな…おちつこう…ふぅ…落ち着こう…)
カフェオレを飲みたいが喜びが溢れて手を動かせない。
まさかそんな理由で身体が言うことを聞かなくなるだなんて知らなかった。
脳の声ではなく、心の声しか受け取ってくれないのだ。
「カフェオレ…のみたい…」
「飲め。くくっ、ちなみにレイには勝手に精霊が集う故、レイが通る道にも少しの栄養と潤いが戻るぞ?立ち止まれば尚の事な」
「…え?…なんですかそれ?自動空気清浄機みたいな……え?人ですかその存在は?」
「くくっ、ああ、人だ。そうか…空気清浄機な…なるほどのぉ」
「つまり……森で採取をした後に森を練り歩けば…採取し放題!?…いや、潤いと栄養が無くなってしまうのか…立ち止まらねば……それは非効率的だ…」
「くくくっ、魔法を使え魔法を」
「あ!それもそうですね!ふふ。え?歩いて植物育てようとしてました?私。くくっ」
「ああ、そう考えておったようだな。くくっ…」
「ふふふ…っ…アホにも程がある…っ…」
「そうか…我もそう思うておったところだ。くくく」
(パテルさんひどい!とは言えない。ただの事実だ)
そうしてその後もパテルさんに笑われ……パテルさんと笑い合いながら楽しい時間を過ごした。
精霊たちにお菓子やサンドイッチをお裾分けすることも忘れずにね。
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