30.多い選択肢は迷いの元

 本日も晴天なり!

 さっそくパテルさんに会いに行きたいが、その前に商業ギルドへ行かねばならぬ。

 高速でフォールの森を駆け抜けた。


「レイ様、おはようございます」

「おはようございます。すみません。朝一番に来てしまって」

「いえいえ、少しでも早くポーションを人々にお届けできるのであれば喜ばしいことですから」


 商業ギルドが動き出してすぐに扉をくぐり抜け、現在はギルドマスターの部屋でヴェルーノさんと対面している。

 こちらに気を遣いつつも嘘ではないと分かるその言葉に嬉しくなった。


「ふふ、ありがとうございます」

「では、こちらが査定の結果と代金が書かれた書類です。ご確認をお願い致します」

「はい」


 査定結果は全て最高品質だ。

 あとは見るところがない。金額を見てもピンとこないし。


「代金は薬師ギルドが威勢を張り始めた頃と同額となっております」


 罪悪感を抱えながら語るのは、品質Cと品質Sを同じ扱いにしていることへのものだろう。

 しかも瓶まで違うのだ。

 せめて少しでも多くと考え、“前”ではなく”頃”の金額。


「全てお任せできましたので、随分と楽をしてしまいましたねぇ。とても助かりました。ありがとうございます」

「…そうですか…ええ…こちらこそありがとうございます」


 罪悪感を減らし笑うのはこちらの言葉に嘘はないと理解してくれたからだろう。


「あら?製作者やコルクの説明というお仕事を追加した分の代金をお支払いしておりませんでしたねぇ…いかほどに?」

「…ふっ…そちらも既にこちらで勘定しておりますよ。そういうお約束でしたでしょう?」


 また素敵なニヤリ顔だ。


「ふふ、ええ、そうでしたね。失礼致しました。では、こちらの内容に不備はないようですね」

「分かりました。代金はギルドカードへ送金ということでお間違いないでしょうか?」

「ええ」

「ではこちら2枚に署名をお願い致します。1枚はレイ様のお手元に」

「はい、かしこまりました」


 さらさらとペンを走らせ1枚をヴェルーノさんの方に向け差し出した。


「はい……確かに…では、代金は早急にご用意致します。後ほどギルド1階にある魔道具で金額の確認をお願い致します。他のギルドでもかまいません」


 どうやらATMのようなものがあるようだ。

 都度、窓口を利用しなくてもいいのは大変助かる。


「分かりました。必ず確認しますね」

「はい。よろしくお願い致します。いくら趣味とはいえ、お身体を大切になさってくださいね…くくっ…」

「あら?お聞きしたのですね?趣味で薬屋を営んでいると」

「ええ、はい。クルト君がまさか何も兼ねていないとは思いませんでしたと珍しく笑いながら聞かせてくれましたよ」

「ふふふ。私のお仕事は茶を啜ることだとお伝えするのを忘れておりました」

「ははははは!クルト君と一緒ではありませんかっ…くくっ‥」

「あら?まさか同業者がおいでとは思いもよりませんでした。けれど私は自分のお茶がどれかぐらい判断できますよ?ふふ」

「くくっ、こないだ私のお茶が消えましたからねぇ」

「鮮やかなお手並でしたねぇ」

「気づいたときには既に彼の手中に収まっていることも多くてねぇ。困ったものですよ」

「ふふふ、お茶を2つ用意してしまえば彼の席を用意したことになってしまいますものねぇ」

「ええ。しかも相手を見てそれを行いますからね。そんなところで能力を発揮せず、魔草花の品質確認をしてほしいものです」

「人も見抜ける鑑定人と言えばかっこいいですが…」

「本業は茶を啜ること。くく…」

「ふふふ、商業ギルドは幅広く人材を揃えているようでおもしろいですねぇ」

「いやはや、彼に助けられることは多くありますが困ることも多いですからねぇ……おっと、忘れるところでした。木箱はそちらにお持ち致しました」

「ええ、ありがとうございます」

「…え?」


 ヴェルーノさんが手で指し示した先に顔を向けると、前回ポーションと共に持ち込んだ木箱が積まれていた。

 それらをこの場から動かぬまま収納すると予想通りの声が返ってくる。

 

(頑張って慣れてくれ)


 驚き固まる姿に笑いが漏れそうになるのを必死に抑え込む。

 手を伸ばしたまま目を見開き時を止めているのだ。

 申し訳ないとは思う…けれど、ま、頑張れ!


「ふふ、すみません。驚くとは理解していたのですが、慣れる手助けをしたつもりです…ふふ」

「…いえ…はい……え?…手助け…これが?……ふっ…くくっ…」

「あら?そのつもりでしたが?今後長い付き合いになりそうですもの。そう思ってクルトさんの筋肉増強もお手伝いしたのですよ?」

「くくくっ、言っておりました…レイ様とお話するには…っ…並大抵の腹筋ではもたぬ…とっ…くくっ…」

「そうでしたか…まぁ、彼は木製の鍋の蓋をお腹に抱えていたようでしたねぇ。あれでは何も守れません」

「ははははは!…なべの…ねっ……木の…くくっ……す…みませんっ…」


(楽しそうで何よりだ)


 高らかに笑い声を上げた後、必死にそれを押し殺そうとしているのはあくまでお客様の前だから。

 だが、数多の人と対面してきたであろう商業ギルドマスターでさえ腹筋を守ることは叶わぬらしい。


 この様子ではクルトさんが私に同行することは話したようだ。

 ギルドマスターに仕事を長期で休むと伝えるのは当然のことだが、他の内容も話すのは親しい間柄ということでもある。


(リスさんにとっては喜ばしいことだろうなぁ)


「ふふ、商業ギルドですもの。是非アダマンタイト製の物をご用意くださいませ」

「くくっ、道のりは遠いですねぇ…」

「それまではちんけな鍋の蓋を1,000枚ご用意して耐えるしかありませんね?」

「ははは!…ちんけな……っ…そ、その数でも…数秒でっ…粉々に…くくっ…」

「これ以上は蓋が足りなくなりそうですので、そろそろここを去りましょうかねぇ。あ、ヴェルーノさんはそのままで。どうぞ身体を労ってあげてください」

「…す、すみません…っ…お言葉に…甘えさせていただきます…くくっ…」

「では、失礼致します」


 お腹を両手で抱え前屈みの姿勢で全身を震わせる彼を目に収め、商業ギルドを後にした。

 そして、爆速で島へと戻ったのは当然のことだろう。




***




 空を駆け辿り着いた先には湖のそばでこちらを見上げる精霊が居た。

 相変わらずの無表情なのに喜んでいるように感じるのは自分がそう思いたいだけかな?


「パテルさ〜ん!」

「ふっ、来たか」


 手を振りながら声をかけ、そして静かに地に降り立った。


「今日はお話したいことがたくさんあるのです!」


 タタタタと駆け寄りながら話す私はきっとにこにこしていることだろう。

 早く早く伝えたいことが、たくさんたくさんあるのだ。


「ふっ、そうか」

「あ!その前に!パテルさんは収納が使えるのですよね?」

「ああ」

「あの池に入れたレモン水をまるっとしまうことは可能でしょうか?」

「できるぞ?」

「では、5回ほど収納してほしいのですが、お願いできますか?」

「なるほどな。いいぞ」

「ふふ、ありがとうございます」


 ずっと気になっていたことが解決に向かいほっと息を吐き出した。

 そして足を踏み出し、2人並んで池へと歩みを進めながら話を続ける。


「もしかしたら長期で来れないときがあるかもしれませんからね」

「そうだなぁ」

「パテルさんに補給を頼むことになりますが、精霊たちの笑顔がしおれては悲しいですから…」

「ふっ、そうだな」

「…でも、それに慌てるパテルさんを見てみたいですね」

「勘弁してくれ…想像するだけで疲れるわ」

「ふふ」


 げんなりとした様子から過去に何かあったと推測できる。

 その内容を聞きたいが、今日は他に話したいことがたくさんあるのでまた別の日に尋ねることにした。

 時間はたっぷりとあるのだ。

 楽しみをとっておくのも長い人生を楽しむコツでしょう?


─────


───


──

 

 パテルさんに大量のレモン水と果実水を収納してもらい先ほどの場所へ戻ってきた。


「今テーブルと飲み物をご用意しますね!」


 意気揚々とテーブルを取り出し、向かい合うように椅子を設置する。

 するりと2人が腰掛け当然のようにカップに注ぐはカフェオレだ。


「こちらにお砂糖とミルクを置いておきますね」

「ああ」

「お菓子は…そうそう!今日は色々作って持ってきたのですよ!」

「ん?そうなのか?」

「はい!精霊たちが手で持って食べられる物を考えたのです。せっかくならばパテルさんにも食べてほしくてお持ちしました」

「手で持ってか?フォークで食う菓子ではいかんのか?」

「それがですねぇ。私が魔法で温めたお肉を食べようとしたら、精霊たちがそのお肉が乗ったお皿を取り囲んで見つめていましてね?」

「くくっ、レイの魔力が目的だな。それは」

「やはりそうですよね?それで、皆さんも食べますか?と尋ねたら皆が頷くので切り分けたのですが、手で持って食べるのが嫌だと泣く子がいましてね?急いでフォークを作ったのですよ」

「ふっ、見事だな」

「へへ、ありがとうございます。その翌日から街中でも精霊たちに声をかけられるようになったのですが、なかには食べ物を要求してくる子がおりまして…そのときはリンゴをお渡ししたのですが、これから先もそういうことがありそうだなと…」

「なるほどな。また手で持ち食べるのを嫌がる者が出てくるか…」

「はい。それならば初めからご用意しておこうと思いました。それに毎回毎回その場で食べ物を切り分けていたのでは、より視線が集まりますからねぇ」

「確かにな。詠唱も動きもなく突如果実が割れれば驚くのも当然か」

「あ!それ!詠唱ってなんですか!?いえ…意味は分かりますが、師匠の本にはその単語すら記載されていないのですよ」

「なに?」


 パテルさんはカップを口に運ぼうと持ち上げた手を止め、驚きが乗った瞳をこちらに向けてきた。


「……知っていて使わぬと思うておったが、そもそも知らんのか」

「はい」

「そうか…それがなくとも使えたから詠唱まで考えが行き着くこともせぬかったのだな?」

「そうなのですよ…あ、だからわざわざ書かなかったのかもしれませんね?」

「ふむ…あ奴も詠唱はしておらんかったな…そもそもいらんしな」

「ですよねぇ…」

「だが、技名は書かれておらんのか?この技を放つにはこう思い描け…とかな」


(それがなぁ……)


「魔法は起こしたい事象を思い浮かべながら魔力を放出することで発動する」

「ん?そうだな。それがどうした?」

「魔法の使い方に関する全文です」

「…は?」


(あ、今日もカフェオレは美味しいなぁ)


「…そうか…そうか……それで使えてしまったのか…なるほどなぁ…」

「使えてしまいましたねぇ」

「ということはレイの魔法は全て自分で考えたものなのだな?」

「はい。いえ…あちらの世界で…」


(ちょっ……と待てよ?私が別の世界から来たと話した覚えはないぞ…え!?パテルさんはどうして私を普通に受け入れているの!?)


「どうした?」

「…いえ、説明が難しいなと考えておりました。えっと、あちらの世界には動く絵がありまして…それらや書物を参考にした魔法もありますね。と言っても氷の刃ぐらいかな…?どうだろう?無意識に思い描くものがなんらかの影響を受けている可能性はありますが…」

「そうか…なるほどなぁ…確かルークスが昔言うておったような…なんだったかな…」


(え?普通に受け入れている!?何故!?……あ、精霊王様か?お前の島に変な奴が来たから履歴書送っとくわ…みたいな?でも情報を遮断…いや、向こうから来る分には断れないか…上位の存在だしね。精霊通信は随分と細かく設定ができるようだ…ま、不思議世界だからなんでもありか)


「パテルさんは精霊王様から連絡が来ることはあるのですか?」

「ん?なんだ急に。あるぞ?」

「やはりそうでしたか」

「なんだ?」

「いえ、私の素性をご存じのようでしたから、精霊王様からお知らせが届いたのかなと…」

「……まぁな」

「あれ?すっごい今更ですよね?」

「何がだ?」

「だって私って、友人の家に勝手に居座る怪しい奴ですよね?」

「くくっ、そうだな」

「それなのにパテルさんは普通にパウンドケーキを受け取って食べた…ふふっ」

「そうだな。くくくっ」

「私はそこに疑問も持たず、今一緒にカフェオレ飲んでますっ…ふふふっ」

「確かに今更だな…っ…遅いわな?気づくのが…くくっ」

「というかパテルさんもその話題が出ていないことにっ…っ…」

「…き、気づいておらんな…くくっ…じゃあ何か?我は怪しい奴から平気で菓子を受け取って食う阿呆か?くくっ…」

「ぶふっ…そう…なっちゃいます?…くくく…っ…ははははは!」

「だよな?…くくっ…ははははは!」


 珍しく弾けた笑い声が2つ重なり空に響き渡った。

 まさかの2重奏にまた喜びが湧き、空へと声を届けたのは仕方がないことだ。


「はぁ…お腹痛い…」

「だな?我もだ…」


 優雅なティータイムのはずが疲労が溜まるという不思議。

 落ち着きを取り戻し、カフェオレを飲もうと視線を下げて気がついた…


「そういえば何も食べ物を出しておりませんでしたね…」

「ん?そういえばそうだったな…」

「他の話に入る前に出してしまいましょうか」

「くくっ、ああ、それがいいな」


 そうして収納から取り出すは色とりどりの食べ物たち。

 クッキー5種、パウンドケーキ3種、ドライフルーツがたくさん、サンドイッチ4種。

 テーブルの上が埋め尽くされ、幸せいっぱいになってしまった。


「こうして並べると多すぎましたね」

「すごい種類だな」

「あ、パテルさんは塩気のあるものも食べられますか?」

「ああ、なんでも食うぞ?」

「それはよかったです。こちらのサンドイッチはしょっぱい物が好きな子もいるかと思いお作りしたのですよ」


 数枚の取り皿をそれぞれの前に置きながら話を続けた。

 あとは手なりフォークなりで取って食べてほしい。

 好みが分からない上に、だからと言って全て取り分けていては皿から溢れてしまう。


「ふむ…どれから食べるか迷うな…これはなんだ?」

「こちらはハム、トマト、きゅうりを挟んだ物で、味は少し酸味がありますね。甘味はほんのりかな?」


 聞きながらも手を伸ばすから面白い。


「お?これは確かに少し酸味があるが、食べやすいな。それに色々な食感を楽しめる」

「ふふ…ですよね?お口に合ってよかったです」


(…食レポうますぎな?……うん。やっぱり美味しい。生卵が使えるっていいよねぇ)


「これはカツとやらか?」

「はい。よくご存知で。いつもと違いカツをソースにくぐらせ挟んでいます」

「ふむ」


 カツサンドを作る際は別でソースを用意するのだが、今回はくぐらせた。

 そうした方が精霊たちには食べやすく、零す心配も減ると考えてのことだ。

 ソースはリュワ(味噌)とムッカ(中濃ソース)を混ぜ、少し甘みを足している。

 どうしても精霊たちが幼子に見え、少し塩気を抑えてしまうのだ。


「うむ。これはキャベツと共でないといかんな。ソースが染みたパンも美味うまい」

「そうなのですよぉ。一緒でなければなりません」


(え?この世界は食レポが必須科目なの?ハルト君たちも上手だったよね?)


「小さいのもいいな。これなら食べやすい上に他も選べる」

「ふふ、ですよね?」


 目をキラキラさせテーブルの上を見回す姿に思わずほっこり。

 するりとした綺麗な手に掴まえられただけで、玉子サンドが高級品に見えるから不思議だ。


(…炭酸が欲しいなぁ…なんとなく揚げ物には炭酸なんだよなぁ…)


 カツサンドを頬張りながら想いを寄せるシュワシュワのことを考える。


「パテルさんはエールのシュワシュワが何で作られているかご存知ですか?」

「ん?シュワシュワ?…あぁ、青いのがよく使つこうておったわ。ビレンの実を入れるのだ」

「え!?実を入れるだけですか!?」


 突然声を張られ、玉子サンドにわずかに指が埋まったのは目に入ったが、今はそれどころではない!


「ああ、そうだ」


(なんだって!?欲しい!!!)


「それはこの島にも生えていますか!?」

「ああ、その辺にたくさんな。ほれ、そこのオレンジがそうだ」


 パテルさんが指差す先には森。

 手前にある木の根元には石垣になりそうな低木が生い茂っている。

 そこにはオレンジ色の木の実がたくさん実っており、大きさはピンポン玉ほどだ。


(でかくね?コップに入らないよね?)


────────────

【ビレンの実】

 食用可

 品質:S


 実の中に小粒の実が複数入っており、そちらも同名で呼ばれる。

 中の実を液体に入れると多くの気泡を発生させる。

────────────


(欲しい!)


「ぱ、パテルさん!あれ少し採ってもいいですか!?」

「くくっ、ああ、好きなだけ持って行け」

「ありがとうございます!」

「…くく…っ…」


(やった!パテルさん大好き!)


 いそいそと椅子から立ち上がりオレンジ色へ向かって駆け出した。

 背後から含み笑いが聞こえてきたがそんなの関係ない!

 少しと聞きつつ返された言葉を信じ、遠慮なく大量に採取した。


「ふぅ…たくさん採ってしまいました」

「喜びが溢れすぎだ。くくっ」


 未だ緩む顔を放置しながら椅子に腰掛けると、お向かいさんは相変わらず笑いを含んでいた。


「いえ、だってこれは嬉しいですよ!?あ!今飲み物を作ってもよろしいですか!?」

「くくっ、ああ、好きにしろ」

「やった!ありがとうございます!」


 取り出すはガラスの水差し。

 水を入れ浄化をかけ、レモンを搾り、ガムシロを加えかき混ぜる。

 最後にビレンの実をいくつかポトリポトリと落とすと、途端にシュワシュワと優しい音を立てながら気泡が踊りだした。


「おぉ…」

「くくっ…」

「パテルさんも飲みますか?甘さは控えめにしたつもりですがどうだろ?」

「ああ、くれ」


 口元に手の甲を当てながら笑う彼も、このレモンソーダに興味を示していることには気がついているのだ!

 2つのガラスのコップに注ぎそれぞれの前に置いた。

 ビーカーの形をした小さなガラスの容器にガムシロップを入れることも忘れずに。


「甘みが少ないようでしたらこちらを加えてください」

「ふむ……お?これは…美味うまいいな…レモン水とはまた違った味わいだ」

「…うん。これなら食事にちょうどいいですね」

「そうか…甘みを変えられるのか…それなら菓子を食うときは甘くすれば…いや、それだと菓子の味が分からんくなる…ふむ…」


 テーブルの上に置いたレモンソーダを眺め、コロッケサンドを頬張りながら何やら真剣に考え始めた。


(コロッケパンよりコロッケサンドの方がしっくりくるな…)


「お手持ちのレモン水や果実水に入れて好きな甘さを探してみてください」

「なに!?そうか…あれに入れるだけで…そうか…何故気づかぬかったのだ…」


 笑ってはいけないと理解しているが頬が緩むのは許して欲しい。

 しょんぼりしているのだ。

 綺麗な白い花が肩を落とす姿がかわいいと思ってしまった。


 おそらく料理に限らず自分で何かを作るという発想がないのだろう。


「どの食べ物にどの甘さが合うか探すのも楽しそうですね。ガムシロップや今日お持ちした食べ物はたくさんお渡ししますね?」

「そうか!それはいいな!うむ。いつもすまんな」

「ふふ、作るのも一緒に食べるのも楽しいですからお気になさらず」

「そうか…うむ…」


 自分の為に作るのは面倒だと感じることが多いが、パテルさんと食べると思えば楽しく作れる。

 世の不思議だ。


「そういえば、他にも話があったのではないか?」

「あ!そうでした!えっと!もう外では精霊が大切にされている……のはもうご存知ですか?もしかして…」

「…ああ」


(それもそうか…私の履歴書を送るくらいだ…精霊が大切にされていると知らせないわけがない。パテルさんになら尚更だ…そうか…知っていたのか…)


 嬉しいけれど、喜ぶ顔を見れなかったのは少し残念だ。

 けれど、彼が少し罰の悪そうな顔をしているのは、私がパテルさんを喜ばせたいと考えていることに気がついているからだと思う。


(それならいいね!)


「えっと…それじゃぁ…あ、パテルさんに確認も取らず決めてしまったことが2点ありまして…」

「なんだ?」

「薬師ギルドはご存知ですか?」

「ああ、魔法薬を作る奴らの集まりだな」

「はい。その方々はどうやらお金を数えるのがお仕事のようで、威厳を得る為に薬を作らないというお馬鹿さんのようでしてね?」

「くくっ、それだけで誰もが理解できるな?そ奴らの性格を。くくっ…」

「ふふふ。私は昨日、魔法薬をたくさん卸してきたのですが、そうなると薬師ギルドの方々がこちらに敵意を向けてくる可能性があるのです」

「まぁ、街の皆は助かるが、ギルドの者たちにとってはそうだろうなぁ」

「…あら?そういえば今日既に瓶を投げられましたね…忘れていました」

「忘れることか?」

「ほら、いらぬ情報は排除せねば、記憶の本棚がすぐに埋まってしまいます」

「なるほどな?ちなみに本棚に一度入れたのか?くくっ…」

「あら?司書さんが床に捨て置いたかもしれません。ふふっ」

「だよな?くくっ…」


(司書さんはいい仕事をしてくれたようだ)


「ふふ。それで私を追いかけこの島に辿り着く可能性が0.0000001%ほどあるかと…」

「それはゼロだな」

「いえね?まぁ、その可能性は限りなくゼロに近いですが、ああいった方々は諦めが悪い上に執念深いでしょうから…」

「心配するな。この世が滅びるよりも可能性は低いが、もしそ奴らが来ても虫より簡単に払える」

「あら?私はパテルさんにとっては石ころ以下だろうと考えましたが、どちらが強いでしょうか?」

「石ころと虫がか?…そうだなぁ……虫は石を壊せぬか?」

「けれど、石は虫を払えませんよ?」

「まぁなぁ…石ころは動けぬか…となると……我らはなんの話をしておるのだ?…くくくっ…」

「ふふふ、いらぬ情報をわざわざ得ようとしていましたね?ふふ」

「だな?くくっ…」


(アホだ。どうでもいいことを真剣に考えてしまった…おもしろっ)


「まぁ、レイが魔法薬を卸すのは好きにすればいいが、そこまでするのは民を救うためか?」

「…いえ、特に多くの人を助けたいとは思っておりません。むしろ勝手に助かっててくれって感じなのですが…」

「くくっ、そうか…では何故だ?」

「…この手で成し遂げた…自分の努力が実ることが嬉しいというのがひとつ…」

「そうか…」

「もうひとつは…普通にむかついたから…ですね」

「むかついたとな?」

「ええ。薬を作ってくれと頭を下げ、自ら森へ入り戦う領主…街を守る人の為に己が我慢をする民…それらを鼻で笑う薬師ギルドに腹が立ったのです」

「なるほどな」

「この怒りが何故生まれたのかは分かりません。私が傷ついてほしくないと願う方は少ししかおりませんし…」

「だが、その怒りは我慢する必要のないものだな」

「ふふ、ですよね?私もそう思いました。だけど…」


 1回目はすぐにポーションを用意できたため問題ないが、今後も継続して卸すことにはまだ迷いがある。


「もう1点あると言うたな?そのことか?」

「はい…」

「なんだ?」

「師匠の友人に腕輪を届けるのが遅くなってしまいます」


 1,000年を超える寿命を持つ者にとってわずかな遅れは気にならぬだろう。

 そもそも配達人は来ることを知らない。

 そう思っても心の引っかかりは残ったままだ。


 早く届けたいという思いもある。

 もしかしたら己を責めているかもしれないのだ。

 大切な友人に全てを託すことしかできなかったと嘆いているかもしれない。

 だからこそ腕輪を届け少しでも心を晴らしいたと思う。

 離れていても友を思い、贈り物を用意していたのだと伝えたい。

 烏滸がましいかもしれない…よく分からない奴に心配されても鬱陶しいだけかもしれない…

 でも…だって…と思考がぐるぐると巡るのだ。


 けれどいつも結局、最後に行き着くのは自分の感情を置き去りにしたくないということ。

 疲れたのだ。前だけを見て走り続けた島での生活に。

 今はもうゆっくりと歩き、時には立ち止まり、己の心の思うがままに生きたいと願ってしまう。

 そう願うのは悪いことではないはずなのに、心にもやがかかる。


「レイの人生なのだぞ?好きに生きて何が悪い?」

「ですが…」

「それにあ奴らは人の想いを大切にする者たちだ。レイの心を置いてきたと知れば悲しむ奴らだ」


 そうか…心を抑えつけて届けられた物なんて素直に喜べないではないか。

 せっかく師匠が作った物に泥を塗ってはいけないよね…

 師匠の友人に失礼だったかもしれない。

 きっとこの贈り物を届ければ喜んでくれる。

 だけど、遅れたからといってそれを責めるような人たちではないだろう。

 精霊を大地を思い戦った師匠の戦友なのだから。


「そうですね…師匠の友人に失礼でした。それに、師匠の想いに泥を塗ってしまうところでした…」

「安心しろ。レイの人生に口出す奴がおれば我が払う。指1本で充分だろうて」


 ─それにな、我は離れんぞ?何があろうとも我はレイの味方だ。いつでも頼れ─


 以前パテルさんが紡いだ言葉を思い出した。

 あのときと同じ姿で同じ瞳でまた語るのだ。

 私の味方だと…それが当然であるかのように、優しい金色が語った。


 押し上げてくる涙を必死に抑え込み微笑みを返す。


「…ふふ…それは最強の味方ですねぇ」

「だろ?」

「では、何かあればパテルさんの背中に隠れ、その後一緒に食べるお菓子を考えましょうかねぇ」

「すぐ終わる故、茶を用意して待っておれ」

「ふふ。それもそうですよねぇ…その日が楽しみです」

「くくっ、己の生き方に口出しする者が現れるのを楽しみに待つのか?」

「ええ、人生の楽しみのひとつとして加えられました。司書さんが特別な本棚に保管してしまいましたから」

「そうか…くくっ、では我も楽しみに待つとするか」


(好き勝手に生きてみようか…嫌なものは振り払おう。そして疲れたときは、ここへ来よう…)


 向けた視線の先で肩を揺らしながら笑うパテルさんを見て思った。

 純粋にこの人の味方でありたいと…

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